Ice doll   --- sc.045

コウは木の幹に身体を預けたまま、片目を閉じていた。
ウインクすることが目的というわけではなく、片目でコピーの見ている風景を“観ている”からだ。
鼻が随分と発達したらしい豚がコピーへと迫ってくる。
砂煙をあげつつ真っ直ぐに突進してくるそれ。
コピーは壁を背にして立ち、押しつぶされるギリギリでひょいと宙を舞う。
当然、避けることの出来なかった豚が鼻から壁に激突する。
しかし、コウの予想に反して、豚は意識を失わなかった。
へぇ、と感心しつつ、その豚の頭上へと降りる。
その際に少し勢いをつければ、そこが弱点だったらしい豚はあえなく昇天した。
少し、と言っても、衝撃で言えばトレーラーとぶつかったくらいのものだ。
コピーはずるずると豚を引きずって歩く。
風景が見覚えのあるものになったところで、コウはぱっと目を開いた。
幹から身体を離して振り向けば、豚を引きずったコピーがこちらへと歩いてくるのが見える。
コピーを消すと、コウは集めておいた落ち葉に火をつけ、一気に焼き上げる。
これだけ巨大な豚が一気に焼き上げられる筈はないのだが…そこは、企業秘密としておこう。

「…これを持って行くのは嫌だけど…」

試験官がいるのに、コピーを連れて歩くわけにも行かない。
念を覚えているからどう、ということはないけれど、自分の手の内は明かさないのが基本だ。
況してや、コウの様に事情を抱えていると、尚更。
少しだけ悩んだ末、彼女は嫌そうに豚を担いだ。
味付けも何もしていないけれど…豚の丸焼きと言っていたのだから、問題はなかろう。
恐らくあの試験官は味など気にしない―――と思う。











「あら、一番は女の子ー?」

この課題がきて一番が女だとは思わなかったようだ。
二人組みの試験官の内、女性の方がそう声を上げた。
コウは特に答えるわけでもなく、もう一人の巨体を持つ試験官の前へと豚を置く。

「課題です」

ドンと置かれたそれに、試験官は目を輝かせた。
即座に丸焼きに食いつく様子を見ながら、コウは微妙な表情を見せる。
呆気に取られているというか、何と言うか…表現するのは難しい表情だ。

「で、どうなのよ?」
「うーん…美味しい!この微妙な焼き具合が最高!!」
「………って事で、あんた合格ね」

おめでと、と彼女の肩を叩く女性試験官。
彼女の行動により、コウはハッと我に返った。

「あ、あぁ…どうも」

要は、豚さえ捕獲できれば合格できる試験だ。
こんなに簡単でいいのだろうか…そんな事を考えるコウ。
その考えを読んだのか、試験官がニィと口角を持ち上げる。

「あたしの試験は厳しいわよ?今のうちに色んな料理を思い浮かべておきなさいね」

今更頭の中で思い浮かべられる料理と言っても、たかが知れている。
無意味だろう、と思いつつ、コウは何も言わなかった。
馴れ合うつもりのない彼女は、合格を言い渡されるとさっさと踵を返す。
そして、姿が見えなくなったところで、その気配が完全に消えた。

「…あの子、かなりやるわね」

女性試験官―――メンチが、そう呟いた。
あの隙のない身のこなし、研ぎ澄まされたオーラ。
どれひとつとっても、その辺に居るような連中とは違う。

「念を覚えてるよね、あの子」
「覚えてるどころか…使いこなしてるわよ。師がいいのか、素質が高いのか…その両方か」

恐らくは、両方が兼ね備えられていたのだろう。
自分にあった師を見つけられるかどうかは、その後の成長を左右する。
彼女は、これ以上ないと言うほどに彼女に適した師を持っているようだ。
見る者が見ればすぐにわかること。
そうしているうちに、ドドド…と地鳴りが近づいてくるのに気づいた。
他の受験生たちが揃って戻ってきたようだ。
メンチとブハラは一旦その話をやめ、やってきた受験生たちに意識を移した。
















「誰の視線を感じているのかと思えば…あなたですか」

不意に、そんな声が聞こえた。
木の上から二次試験の様子を窺っていたサトツは、突然の声に驚く。
気配を消し、息を潜めている状態で気づく者が居るとは思わなかった。
即座に見下ろす彼の視界に、先ほど見ていた彼女が居るではないか
足音も気配もなく、彼女はそこに居た。

「…気づいていましたか」
「ええ。あなたが消えていなかったことも、ずっと見ていた事も」

言外に、視線が鬱陶しかった、と含ませながら、彼女はサトツを見る。
サトツは溜め息をひとつ零し、ストンと彼女の脇に降り立った。

「流石ですね」

そう頷かれ、コウは訝しげな視線を向ける。

「一次試験の最中に、人ではない気配がついてきているのを感じました。…あなたの念でしょう」
「………………」

誰かにこの能力をしっかり見せたことはない。
それこそ、クロロと…不本意ながらも、ヒソカが知っている程度だ。
基本的にコピーに気配はない。
それは、人ではないからだ。
しかし…どうやら、ある程度できるものならば、その希薄な気配を悟ることが出来るらしい。
サトツの言葉から、コウはそれを理解した。
またひとつ、自分の能力の一部を知る。

「あなたは去年も受験していたようですね」
「試験官って一人ずつの情報を覚えているの?」

ご苦労なことね、と呟く。
彼は彼女の言葉に首を振った。

「まさか。興味があったので、少し調べただけですよ。あの44番と一緒に行動しているようでしたから」

あぁ、と納得してしまう。
確かに、見た目は人畜無害な彼女がヒソカのような人間と行動を共にしていれば、興味を引いてもおかしくはない。
寧ろ、それが自然な反応だろう。
こちらとしてはあまりありがたくはないのだが、こればかりは事実なのでどうしようもない。

「あれと行動していると、評価がマイナスから始まる…なんて事はないでしょう?」
「ええ。評価はあくまでも公平に行われます。どのような人間でも、合格が覆ることはありません」
「そう、それなら別に構わないわ」

今更、彼とのかかわりを隠そうとは思わない。
隠したところで無駄なのだから、関係さえ知られなければその程度は痛くも痒くもなかった。
あっさりとそれを認めた彼女に、サトツは心中で感心する。
諦めが早いわけではない。
状況判断が正確で、無駄を省いて最良の道を歩いているのだ。

「(いやはや…今年は本当に、面白くなりそうですね)」

心の声にこたえるように、向こうの広場から銅鑼の音が聞こえてきた。

08.05.27