Ice doll   --- sc.044

「それにしても、つまらないなぁ…」

ふと、ヒソカがそう呟いた。
聞き逃してしまいそうなほどに小さな呟きに、コウが視線をそちらに向ける。

「ヒソカ?」
「…少し、面白くしてみようか」

クッと口角を持ち上げた彼は、すでにその手にトランプを持っている。
子供のように、トランプを並べたりして遊ぶためではないことは明らかだ。
オーラで強化したトランプカードの威力を知るコウ。
思わず頬を引きつらせた彼女の隣で、彼は躊躇いなくトランプを投げた。

「…私、先に行くから」

トランプが自分に向かってきていないのをいいことに、コウは崩れ落ちた受験生の上をひょいと飛び越える。
そして、何人もの受験生とすれ違いつつ、瞬く間に走り去ってしまった。
霧の所為で、彼女は気付かなかった。
今まさにすれ違った受験生の中に、自分の知る…いや、探しているクラピカの姿があったことに。












意識を集中させ、人の気配を探る。
意図的に先頭集団から外れたであろうヒソカ。
そこから察するに、このあたり一体は置いていかれた受験生で溢れている。
足場の悪い中を軽々と走りつつ、目当ての気配を探る彼女。
磨かれていない、どこにでもあるオーラなど彼女には意味がない。
探しているのは、己を鍛えた者だけが持つ、研ぎ澄まされたそれだ。
ピン、と張り詰めた警戒網に、それが引っかかる。

「―――見つけた」

ずっとそれを前に感じて走ってきたのだ。
間違えるはずがない。
第一試験の試験官―――サトツの纏うオーラを見つけ、コウは口角を持ち上げた。
見つけるまでは迂闊に進めないと、緩めていた足取り。
目標を察知したからには、こんな亀のような速度で進む必要はない。
タンッと、地面にせり出していた木の根を強く蹴り、速度を上げる。
周囲の魔物やら植物やらに気をとられている受験生は、移動する彼女を捉えることすら出来なかった。
コウがサトツの気配を追うことが出来たのは、彼があえてそれを隠さなかったからだろう。
念を知る者は、それを頼りに彼を追うことが出来るように。
意識していたのか、それが普通なのかはわからないけれど、少なくともコウはそう考えていた。
そうしている間に、コウは先頭集団の中へと入り込んだ。
どんなメンバーになっているのだろうかと、ふと視線をめぐらせる。
殆どの者は、額や頬に汗を流し、彼女がそこにいることに気付く余裕すらない。
そんな中、飄々とした様子で足を動かしている少年がいた。

「…キルア」

小さくそう呼べば、異常と言っても過言ではない聴力を持っているのか、彼が振り向いた。
あ、と驚いたような表情を見せた彼に手を振ってみせる。

「コウ―――じゃなくて、ルシア!」
「んー…まぁ、許容範囲にしておきましょうか」

一度は本名で呼んでしまったが、その声は小さかった。
コウの言葉に、キルアは軽く頬を掻く。

「キルアはこんな前を走っていたのね」
「うん。だってさ、ただ走るだけなんだぜ?意識してなくても先頭まで来ちゃってさ」

飽き飽きしている、と言った様子を前面に出しているキルアに、コウはクスリと笑う。
ゾルディック家で育った彼にとっては、これほど詰まらない試験はないのだろう。
投げ出さないだけでもマシだな、と思いながら、キルアの隣に並んだ。

「ルシアは後ろにいたのか?」
「ええ。適当に走っていたから」
「ふぅん…余裕だろ、ルシアも」

彼女の表情を見たキルアは、ニッと口角を持ち上げてそう言う。
コウは小さく肩を竦めた。
汗ひとつ掻いていない彼女の様子からして、まったく疲れていないのだろう。

「ずっと一人で走ってるの?」
「…さっきまで、ゴンって奴が居たんだ」

やや表情に影を落としたキルアに、コウは心中で首を傾げた。
そのゴンと言う人は、脱落してしまったのだろうか。
彼の反応からすると、ちょっと違う気がするな、と思う。

「どんな人?」
「人って言うか…俺と同い年。こう…黒い髪が立ってて、釣竿を持ってる奴」
「―――――…さっき擦れ違った子とよく似てるわね」

コウがポツリと呟く。
先ほどヒソカの元を離れて走ってくる途中で、少年と擦れ違ったのを覚えていた。
キルア以外にもこんな年の子が居るのか、と驚いたので、よく覚えている。
彼女の呟きが聞こえたのか、僅かに肩を揺らすキルア。
何か事情があるらしいと察したコウは、それ以上追求しようとしなかった。
そうして、キルアと並んでサトツの背中を追うこと、数分。
森の中を抜け、少し開けた場所に立つ倉庫のような大きな建物。
その前の広場までたどり着くと、サトツが足を止めた。

「皆さん、お疲れ様です。無事湿原を抜けました。ここ、ビスカ森林公園が二次試験会場となります」

後ろについてきていた受験生に向けてそう告げる。
漸く足をとめることが出来た彼らは、肩で息をしながらその建物を見上げた。
本日正午、二次試験スタートと書かれたプレートを見て、まだ少し時間があると安堵する者も多い。
このまますぐに二次試験開始となっていれば、脱落者が溢れていただろう。
少しの時間に体力の回復を図ろうとする者も多く、各々がそう遠くはない場所で腰を落ち着けた。
一方、疲れた様子の見られないコウは、座る様子もなくキルアと共に建物を見上げていた。

「…何の音かしらね、これ」
「さぁ?」

先ほどから、建物の中から聞こえてきている音。
唸り声のようなそれは、中に猛獣でも飼っていることを示しているのだろうか。
特に怯えた様子もなく、それを見ていたコウは、ふと視線を動かす。
そして、少し離れた位置にヒソカの姿を見つけた。
まさか遊んでいて一次試験脱落と言う事はないだろうと思っていたが…彼もここに辿り着いていたようだ。

「…じゃあね、キルア」
「え~。またどっか行くのかよ」
「色々とあるの」

そう言うと、コウは人ごみの中にまぎれてしまう。
彼女の姿が見えなくなると、キルアはちぇっと肩を竦めた。
そして、何気なく走ってきた方を見つめ、気付く。
一足遅れるようにした辿り着いた二人の受験生に。





「どんな奇術を使ったの?」

ヒソカの居た所からでは、サトツの気配を辿ることは出来なかっただろう。
コウの言葉に、ヒソカは「ヒミツ」と目を弓なりにして答えた。
何かいいことでもあったのか、彼の機嫌は悪くない。
答えてくれるとは思っていなかったのだろう。
コウは、特に不満を抱くわけでもなく、ヒソカから意識をはずした。
そして、集まっている受験生を見る。
広くはないスペースに100人以上が集まっている所為で、半分ほどは見えない。
その中に、自分の覚えのある金髪がないだろうかと探してしまう。
けれど、見つけることは出来なかった。
少しばかり緊張していたのか、コウは人知れず息を吐き出す。

再会の時は、刻一刻と近づいていた。

08.05.01