Ice doll --- sc.041
どういう繋がりがあったのかはわからないけれど、何故かその人となりに惹かれてしまった。
船の上で意気投合した少年ゴンと、スーツの似合うレオリオと共に、クラピカは山を登る。
老婆の関門も無事に三人とも通過し、ナビゲーターの元へと歩く。
「―――ゴン、レオリオ」
不意に、山道を歩いていたクラピカがそう二人を呼んだ。
なぁに?と屈託のない表情で振り向くゴンと、そして突然呼ばれたことに首を傾げるレオリオ。
「一つだけ…二人に聞いておきたいことがある」
「いいよ」
「何だよ、改まって」
普通に聞けばいいじゃねぇか、と言うレオリオに対し、クラピカは緩く頭を振る。
それが、これから彼が口に出すであろう『聞きたいこと』が、クルタ関連の物だと裏付けているような気がした。
「―――…コウ、と言う女性を知らないだろうか?」
一旦息を飲み込み、それから決意したように問いかける。
クラピカの緊張が伝わったのか、二人は慎重に記憶を探った。
しかし、今までにコウという名前の女性に出会った覚えはない。
「どんな人?」
「………説明するのは難しいな…」
ゴンから発せられた、ある意味当然とも言える質問に、クラピカは苦笑いを返した。
彼女と言う人を説明するのは難しい。
優しくてあたたかくて…そんな風な説明を求めているわけではないのだ。
「私と同じ金の髪で、紺碧の眼を持つ美しい人だ。年は…私より、3歳ほど上だったな」
「…で?そのコウさんがどうしたんだよ?」
レオリオの言葉に彼は沈黙した。
どこまで彼らに話すべきなのだろうか。
全てを話す事は出来ない。
クルタの外の世界は、彼女にとってはとても危険な場所だ。
この場で口に出した事が、彼女を危険に晒す可能性もある。
「5年も前に、行方が分からなくなってしまった。私の…大切な人なんだ」
あの忌まわしい日、偶々村の外に出ていたクラピカ。
帰って来たクラピカを迎えたのは、闇の眼で自分を待っていたもの言わぬ同胞達。
信じられない光景に、彼は言葉を失った。
帰って来た姿を見られたのか、犯人と思しきメンバーの一人が村に戻ってきた時、彼は殆ど放心状態だった。
それが、ごく自然な絶へと繋がり、結果としてクラピカを生かしたのだ。
両親や隣の若夫婦、共に遊んだ友人。
全て、眼を失い、言葉を紡がぬ亡骸となってそこにあった。
絶望の縁に立たされながら、フラリフラリと村の中を歩く。
半ば本能的に探した姿だけが、どこにもない。
コウの両親、兄の亡骸を見つけ、その付近を捜したけれど、彼女の姿はどこにもなかった。
ただ、彼女の家の前に不自然に落ちた彼女の本だけが、その存在を教えてくれていた。
「行方が分からなくなってから、色々な人に尋ねたが…未だに、見つかっていない。
それも、私がハンターになりたい理由のひとつなのだよ」
クラピカは真剣な表情でそう言った。
頂上の一本杉まではあと少し。
うんざりしていたあの家から飛び出してきた。
キルアは、嬉々としてその時のことを語ってくれた。
出て行ってはいけないと、身体を張って進路を断った母親の顔を刺した。
次に、母親の声を聞きつけてやってきた兄を刺し、他に邪魔が入る前に屋敷を出てきたのだと言う。
自由になれたことが嬉しいのか、彼はその様子を笑顔で話した。
コウは静かに頷きながら、彼の邪魔をしないように時折相槌の声を上げる。
そうしながらも、心の中は静かにその波を大きくしていた。
キルアが家を出た時の光景を想像してしまうと、それに重なるようにあの日の記憶が甦るのだ。
そして、それが彼女の心をざわめかせる。
表情に出さない事に慣れてしまっている彼女の心の中がキルアに伝わる事はない。
「コウはあれからどうしてたんだ?」
「んー…あの時みたいにならないように、必死で訓練していたわ」
当たり障りなく、事実を述べる。
コウの答えに、キルアはふぅん、と頷いた。
「さっき言い忘れていたけれど、私の事はルシアって呼んでくれる?」
「ルシア?あぁ、そっか…折角姿を変えてても、本名じゃ意味ないもんな」
「そういうこと。頼んだからね」
そう言うと、コウはチラリと他の受験生を一瞥した。
先ほどから突き刺さるように視線を向けられている。
子供と女性と言う組み合わせが珍しいらしく、それが人目を集めている事は明らかだった。
「そろそろ離れましょうか。あまり受験生を刺激するのは良くないし…」
「えー」
「文句言わないの。…面倒は嫌いなのよ」
キルアは、コウがやや声を潜めた後半の言葉に納得せざるを得ない。
彼女の生い立ちを考えれば、確かに面倒ごとは避けたいだろう。
こんな所で再会できるとは思っていなかったのだから、もっと色々と話したいことがある。
どんな修行をしたのか、今までどこに居たのか…。
よく考えれば、先ほどから自分ばかりが話してしまって、彼女の事は殆ど聞いていないのだ。
納得しなければならないけれど、納得したくない。
むむむ…と唸る彼の隣で、コウはその心中を悟ってクスクスと笑い出す。
「ハンター試験は長いわ。もちろん、キルアが1次試験で落ちたりしなければ…だけど」
「落ちる訳ないって」
「そう?なら…また、時間があれば話しましょう。―――じゃあ、頑張ってね」
そう言って、コウはキルアの頭を撫でてから、引き止められる前に歩き出してしまう。
彼の方も、彼女を追って来ようとはしなかった。
また、そう言った彼女の言葉を信じよう。
「…もう話は済んだのかい?」
「…絶で近づかないで」
突然背後から声を掛けられ、コウは溜め息と共に振り向いた。
弓なりに目を細めたヒソカがそこに居て、いつものように楽しげに笑みを浮かべている。
「あなたにも言っておく事があるわ。私の事はルシアと呼んで。それから…今年は受かるから」
邪魔はしないで。
強い眼差しでそう言うコウ。
彼女のその眼に、ヒソカは自分の本能がざわざわと騒ぎ出すのを感じた。
「…いいよ。邪魔はしない。もう一度落とすと団長に文句を言われそうだしね」
クロロとしては、そう何度も自分の眼の届かないハンター試験に参加させたくはない。
今回もヒソカに邪魔されて落ちたとなれば、彼への風当たりが悪くなる事は必至だ。
あっさりと承諾した彼に拍子抜けしつつも、本当だろうかと少しばかり疑っているコウ。
その疑いを押しのけようと溜め息を吐き出し、彼から離れるように歩き出す。
「ルシア」
彼女の背中にヒソカの声が掛かった。
「…何」
「怪我しちゃ駄目だよ」
予期せぬ言葉に、コウはきょとんと目を見開く。
それを見て、彼はにこりと笑った。
「……わ…わかってるわよ」
そう答えた彼女は、足早に歩いていってしまう。
そして、ヒソカからそう離れていない壁の所まで歩くと、そこに凭れて腕を組み、目を伏せてしまった。
時間まで無駄な体力を使わないようにするつもりなのだろう。
彼女の姿を視界の端に捉えつつ、ヒソカは他に目ぼしい人間が居ないだろうかと周囲を見回した。
08.04.14