Ice doll --- sc.040
はい、どうぞ。
コウの半分ほどの背丈の男が丸いそれを手渡してきた。
ヒソカに続いてそれを受け取る。
丸いプレートに書かれているのは、45と言う数字。
これは受験番号だろう。
コウが45番と言うことは、ヒソカは44番。
数字の並びとしてはやや不吉なものが彼の元へと渡ったようだ。
「試験会場には到着したんだから、ここから先は自由よね」
彼との約束は会場まで一緒に、と言うことだったはず。
コウがそう言うと、前に歩き出していたヒソカが足を止めて振り向いた。
「駄目だよ。コウの事を団長に任されたからね」
「はい、嘘」
即座にすっぱりと切り捨てる彼女に、ヒソカは酷いなぁ、と笑みを深めた。
「用心しろって言う彼が、あなたに任せるはずがないでしょう」
シャルナークじゃあるまいし。
コウははっきりとそう言い切った。
「信用ないなぁ。同じ団員同士、仲良くしようよ」
「あなたね…ここはハンター試験の会場よ。旅団の存在を感じさせるようなことは言わないで」
ここ数年で、幻影旅団の存在は広く知れ渡っていた。
お蔭でその名を借りた馬鹿共が現れることもしばしば。
それらが捕まり、嘘だったと報道されるのもそう珍しくはなく、数ヶ月に一度は耳にする。
最早、誰も信じないような状況だが、それでもそう言った連中が後を絶たないのだ。
それだけ、旅団の存在が大きくなってきていると言うこと。
「恐いのかい?」
挑発するような言葉に、彼女は肩を竦めた。
ヒソカがどんな答えを求めているのかは知らないが、彼女の回答は一つ。
「ええ、恐いわよ。私は彼らの元に帰らなければならないから」
「帰らなければ自由になれるのに?」
「自由なんて…当の昔に諦めたわ」
コウに自由がないわけではない。
けれど、身体の一部は常に蜘蛛に囚われているのもまた、事実。
既にその状況を変えようと思うことはなくなった。
彼女にとって、彼らが新しい家族となりつつある。
「負けるとは思っていないけれど…団長を殺すなら、私があなたを殺す。例え刺し違えたとしても」
一年前とは違う。
無傷での勝利は望めないだろうけれど、一矢報いることも出来ないということはない。
彼がクロロを殺すと言うならば、コウは間違いなく彼を殺す。
それだけは、事実だった。
「君は随分と団長を好いてるね」
「好いて…?」
「まぁ、暫く団長に手を出すつもりはないよ。だから、試験の最中くらいは仲良くしてくれてもいいじゃないか」
同じ団員だろう?と問われ、訝しげな表情を浮かべつつ悩むコウ。
そこで、ふと思った。
そもそも、ヒソカをそこまで拒む理由があるだろうか。
あの頃は自分の方が遥かに弱くて、殺されるわけには行かないから近づけなかった。
しかし、今はあの時とは違う。
それならば…拒む理由は、クロロの関係以外にはないような気がした。
「……いいわよ」
「おや。今度はあっさり頷いたね」
「あなたに怯える必要がないって事を忘れていたわ」
そう告げるや否や、彼女の雰囲気がガラリと変わる。
先ほどまでの警戒していた空気など微塵も感じさせぬ彼女に、ヒソカは心中で口笛を吹いた。
なるほど、これが彼女の自然体か。
ぴりぴりと刺すように警戒されていた先ほどまでも良かったが、今の彼女も悪くない。
寧ろ、独特の自然なオーラが彼女を纏っていて、それがヒソカの感覚をザワリと騒がせていく。
彼の脳裏に、緋の眼を発現させた時の彼女が浮かんだ。
この世のものとは思えぬほど、欲望を駆り立てるあの姿。
手に入れたいと思わぬ事を許さないその存在感を、もう一度感じたいと思った。
そんな考えが身体を動かしたのだろう。
ヒソカは無意識のうちに彼女に手を伸ばしていた。
「!」
そんな時、ピクリと彼女が何かに反応したようにエレベーターの方を向く。
ヒソカの奇抜な姿のお蔭か、二人の周囲に受験生の姿はない。
しかし、遠巻きながらも、常に彼らを意識していることが分かる。
そんな視線をものともせず、コウはじっとエレベーターを見つめる。
下降を教えるように、ランプが右から左へと一つずつ移動していた。
そして、一番左端まで来たところで、ポーン、と到着の合図の音が鳴る。
他の受験生も、その音につられるようにそちらを見た。
「キルア…」
そこから出てきたのは、銀髪の少年。
コウの知る姿からはある程度成長していたけれど、それでも彼女が見間違うはずがない。
出てきたのが少年だと悟るや否や、既に到着していた受験生が「ガキかよ」と言う空気をにおわせる。
もちろん、それを声に出した者も居た。
そんな中、コウがふらりと動き出す。
だが、3歩目を進んだところで、自分よりも体温の低い手によって腕を掴まれ、それ以上進めなくなった。
「ヒソカ」
「相手は君がわかるのかい?」
咎めるように名を呼ぶと、そう返される。
コウはそこでハッと思い出した。
今の彼女の姿は、その念によりいくらか変化させてある。
基本的な顔立ちはさほど変えていないが、特徴的な目の色と、そして髪。
後は声を少し低くして、念のため度の入っていない眼鏡をつけていた。
本来の姿で出会っている以上、今の姿では相手は気づかない。
ヒソカはそのことを言っているのだ。
「……」
コウは沈黙と共に、ヒソカの手を振り解こうとするのをやめる。
それに気づくと、彼はすぐにその手を放した。
自由になった後も、彼女はそちらに行こうとはしない。
あの後、キルアはどうしたのだろうか。
きっと、酷く怒られたのだろう。
それが自分を逃がしたが為だと思うと、申し訳なさが先に立つ。
無事な姿を見ることが出来て、ほっとした。
コウは近づこうとはしなかったけれど、彼に視線を向けている。
それは周囲の好奇心のそれに溶け込むような、ごく自然なそれだ。
キルアの方は大人たちの視線をものともせず、受け取ったプレートをぴんっと指先で真上に弾いて遊んでいる。
パシッとそれを受け止めたところで、彼はぐるりと周囲を見回した。
視線を向けていた彼女と目が合う。
すると、彼が驚いたように目を見開いた。
「…コウ?」
一目見て、彼女が自分の知るコウであると見抜いた。
驚いて動けない彼女を他所に、タタタッと走り寄ってくるキルア。
いつの間にか、ヒソカは居なくなっていた。
「コウだろ?」
「………」
「隠したって無駄だからな!絶対人違いじゃない」
痛いくらいに腕を掴まれ、コウは沈黙を貫くことを諦めた。
「…お願いだから、騒がないで。あまり注目されたくないの。…分かるでしょう?」
確認するようにそう問いかければ、彼はその意味を思い出したらしい。
バツの悪そうな表情を見せ、頷いた。
「…久しぶりね、キルア」
「やっぱりコウだ」
「一目で見抜かれるとは思っていなかったわ。もう少し念を入れたほうが良かったかしら」
この分だと、誰にでも気づかれるのではないかと心配になってくる。
「や、多分大丈夫だろ」
「でも、キルアは気づいたでしょう?」
「俺はー…ほら、ターゲットが変装してる時もあったからさ」
変装を見破る訓練もある程度は受けているのだと説明した。
なるほど、と思う。
確かに、ゾルディックともなれば、その程度の訓練は日常的に行っているのだろう。
そこまで話した所で、キルアはあ、と思い出したように声を上げた。
「コウ!俺、家出したんだ!」
キルアの言葉に、コウは二・三度目を瞬かせた。
08.04.05