Ice doll --- sc.039
突飛な服装に、目を引くペイント。
元は悪くないのに、何故あのようにピエロのような格好をするのだろうか。
尤も、ヒソカの性格に似合っていないかと問われると、それは肯定できない。
彼には似合っていると言えるのだろう。
その奇術的なパフォーマンスも、常識から片足をはみ出させている言動も。
全てが彼のためにあるように、よく似合っている。
けれど、それを連れて歩くのとはまた話が別で…コウは冷めた表情で溜め息を落とした。
「失礼だなぁ。人の顔を見て溜め息をつくなんて」
溜め息くらい許して欲しいものだが、目の前の男はこともなげにそう言った。
本心からそう思って言っているのかはわからない。
この男の心の中は、まったくと言っていいほど見えなかった。
「その格好をやめるつもりはないのよね?」
「やめる理由はないね」
「…私と試験会場に到着するまでに別行動を取るつもりもないのよね…?」
その二つ目の問いかけに対しては、ヒソカは何も言わなかった。
ただ、にっこりと笑みを深めただけ。
しかし、それは十分な答えだった。
はぁ、と再度溜め息を零し、一秒でも早く会場に到着できるようにと足を進めた。
「そう言えば…この間、緋の眼2点が裏オークションに流れていたよ」
コウの表情が凍った。
落ち着かせるように深呼吸をして、それから彼を振り向くコウ。
その目は、どこか鋭さを帯びている。
「裏オークション?」
「人体収集家の集まりさ。顔も知らないような連中が、珍しいものを交換し合う」
それは時として物々交換であったり、お金による売買であったり。
一言に物々交換と言っても、より価値の高い品を提供した者と契約すると言う内容だ。
そんな汚らしい場所に同胞の目が流れているのだと思うと、どうしようもない憤りを感じる。
「それでも…君の眼ほどに興味を惹かれる緋の眼はなかったよ」
ヒソカが足を止め、コウへと手を伸ばす。
彼女はその手から逃げる事はなかった。
やや低い体温の彼の手が、頬に添えられる。
指先から熱を奪われるのに比例して、コウの心は冷めていった。
「ヒソカは…私の眼が欲しいの?」
自然と口をついて出ていた問いかけ。
彼はよもやそのような質問を投げかけられるとは思っていなかったのだろう。
少しばかり驚いたように目を見開き、それから弓なりに細めた。
「君の価値は、生きている事にある」
アイス・ドールの緋の眼は美しい。
けれど、その価値は緋色に染まったその眼だけではない。
真の価値は、彼女の身体全てにある。
アイスブルーに染まるその髪一筋にすら、高額な値がつくのだろう。
ヒソカの答えに、コウは目線を下げた。
その心境を理解しているのだろう。
彼はそっと目を細め、それから頬に寄せていた手を首筋へと伝わせた。
肌を這う指の感覚に、驚いたように肩を揺らして離れるコウ。
彼女の眼が一瞬だけ緋色にぶれる。
そんな反応に、ヒソカはクククッと声を出して笑った。
「君の弱点はそこだ」
「…?」
「感情を抑えるのは上手くなっているけど…まだ甘い。性感に弱いだろう?」
一瞬何を言われているのか理解できなかった。
だが、次の瞬間にはカァッと頬を染め上げる。
異性にそう言われてあっさりと流せるほどに、コウはそっちの方面の話に慣れていない。
「ちょっと煽れば、すぐ緋の眼が顔を出す」
「…煩いわ」
「気をつけた方がいいよ」
そう言うと、ヒソカは再び足を動かし始めた。
それに続くように歩き出しながら、コウは先ほどの彼の忠告を頭の中で繰り返す。
「…気をつけるって…どうやって?」
とりあえず、それが弱点である事は分かっていたが…そもそも、弱点ではない人間などいるのだろうか。
性感はある意味では人間の本能だ。
抑え込める人は居るだろうけれど…完全に、となれば並大抵ではない精神力と忍耐力が必要となる。
まず、鍛え方が分からない。
触れさせなければいいのだろうけれど、果たしてそれだけでいいものか…。
念によっては内面的な部分に作用する力もある―――と聞いた。
それを考えると、一概に触れていなければ大丈夫とは言えないだろう。
そんな風にあれこれと考えていると、いつの間にかヒソカと随分距離が開いていたらしい。
突然グイッと強い力で引き寄せられ、コウは目を見開いた。
そこで初めて凝を思い出す。
いつの間にか、ヒソカからコウの手首へとオーラが伸びているではないか。
「離れちゃ駄目だよ」
「…勝手にオーラを引っ付けないでくれる?」
すぐ隣まで引き寄せられた所で、プツリと途切れるそれ。
先ほどまでの思考を切られ、やや不機嫌な様子のコウ。
「大体、鍛えてどうなるものでもないわよ、こればっかりは…」
思わずそんな言葉が零れ落ちてしまう。
我に返っても紡いだ言葉を吸い込むことなど出来はしない。
しっかりと聞こえたらしいヒソカは、コウの悩んでいる様を楽しげに見ていた。
「手伝ってあげようか?」
「…は?」
「要は慣れればいいんだよ。慣れさえすれば感情をコントロールするのと、同じだ」
怪訝そうに見上げる彼女に、事も無げにそう返す。
コウはその言葉に長く深い溜め息を吐き出した。
「…結構よ」
「残念。君とそっちの方で仲良くなったら、本気の団長とやれそうな気がするんだけどなぁ」
結局はそれか、と思いつつも口に出さない。
真面目に反応している事が馬鹿らしくなってきた。
もう一度溜めた息を吐き出し、ヒソカよりも数歩前へと歩き出す。
そこが弱点だと言う事を自分が認識していればいい。
後は、クロロに教えられた全てを実践するだけ。
誰に気を許さず、油断せず。
己を過信せず、しかし疑う事もなく。
自分のままに動けばいい。
そうすれば、自分の身は守れる。
この数ヶ月の修行を思い出したコウの心は、徐々に落ち着きを取り戻していた。
まだ若いコウは、世界を知らない。
彼女の知る世界は狭く、その範囲から出てしまう事が不安要素となっているのだ。
しかし、ここがスタート地点。
まずはハンター試験を通過し、漸く少し自信を持つ事ができるだろう。
そうなれば、少しずつ…自分のペースで、クロロたちに追いつけばいい。
それが、蜘蛛として生きる事を決めた自分の進む道だ。
「まずはハンター試験」
とある定食屋の前で足を止め、コウはそう呟いた。
08.03.26