Ice doll   --- sc.037

ヒソカに4を背負った蜘蛛が刻まれ、数ヶ月が過ぎた。
年明けの頃になり、別に示し合わせたわけでもなくメンバーがアジトに集まる。
何人かは自由気ままに過ごしているようだが、多くは久しぶりの再会を楽しんだ。
そんな中、この数ヶ月もクロロと共に行動していたコウは目を見張る成長を見せていた。
下手をすれば年の単位で会っていなかったフィンクスなどは、彼女を見るなり絶句したほどだ。





半ば崩れたアジトの中、集まったメンバーが好きなように過ごしている。
そんな中、どこからか拾ってきた目覚まし時計がジリリリリ、とけたたましく鳴り響いた。
脇にあった手頃な瓦礫を手で拾い、そちらを見る事もなく放り投げるクロロ。
弧を描くと言うよりは線を描き、寸分狂う事無く破壊される目覚まし時計。
どうやら読書の時間を邪魔された事が不愉快だったようだ。

「勝ち!」

4階まで完全に吹き抜け状態になっているそこから、一つの影が降って来た。
軽やかな足取りで音も無く着地したそれは、嬉しそうに頬を持ち上げている。
やや着衣が乱れているようにも見えるが、気になるほどではない。
彼女に続くようにして、フィンクス、シズクが降りてきて、次にマチが戻ってきた。

「あー…やられた。捕まえられなかったのは初めてだな」

ガシガシと頭を掻き、フィンクスがそう呟く。
それから、その辺に転がっていた椅子を起こしてどかっと乱暴に腰を下ろした。

「強くなったね、コウ。見違えるほどだよ」

マチの言葉にコウは嬉しそうに微笑み、ありがとう、と答える。
そんな彼女達の言葉の遣り取りを聞いていたクロロは、その時になって漸く顔を上げた。

「鬼ごっこはどうなった?」

彼の問いに、一同が顔を見合わせる。
参加していたのはフィンクスにシズク、マチとフェイタンと…それからシャルナーク。
不参加はクロロを筆頭にパクノダとフランクリン。
後のメンバーはどこかへ行っていたり、或いは集まっていなかったりと様々だ。

「鬼ごっこって…私以外全員が鬼なんて、鬼ごっこじゃないと思うわ」

況してや念能力ありなのだから、最早鬼ごっこなどと言う和やかな状況ではない。
制限時間である1時間、コウはこの狭い建物の中を5人から逃げる羽目になったのだ。
狭いと言っても、2フロアで10階建てのこの廃屋は、一般から言えば狭いと言う範囲ではない。
しかし、あの5人から逃げるには狭すぎる。
そんな中を、コウは見事に制限時間の間逃げ切った。

「コウ、よくやった」

状況を聞いた彼のシンプルながらも満足げな言葉に、コウもまた満足した様子だ。
彼と二人だと、どうしても縮まらない実力差の所為で成長が見えなくなってくる。
しかし、こうして他の者が入ると、やはり結果が分かり易い。

「それにしても…アイス・ドールの使い分けが上手くなったわね」
「あぁ、それは俺も思ったよ。追いかけてたと思ったら、コピーの方だったからね」

パクノダの感心したような声に同意のそれを上げたのは、シャルナーク。
何度かコピーを追いかけてしまった覚えのある面子がそれに深く頷いて見せた。

「双方のオーラの量を調整してるから、オーラで本物を区別できない。結構厄介ね、この能力」
「でも、攻撃されて消えた場合はそのオーラがなくなるんじゃなかったっけ?」

この中ではクロロに次いで彼女との時間を長くとっているであろうシャルナークはそう問いかける。
記憶が正しければ、確かそうだったはずだ。
それに対し、コウがあぁ、と思い出したように頷いた。

「コピーの方にもちゃんと集中していたから。消される瞬間に自分で消したの」

自分で意図してコピーを消した場合、そのオーラは本体であるコウへと戻る。
それを繰り返していればオーラが減る筈はない。
理論上はそうなのだが、それを実行に移すにはコピーと自分の両方を常に警戒していなければならない。
どちらかが疎かになれば成り立たないものなのだから、難易度はとてつもなく高いと言えるだろう。

「修行の成果が出たようだな」
「そうみたい。ありがとう、クロロ」

コウは当たり前のようにクロロの座るソファーに凭れる様にして床に座る。
ごく自然にその位置に落ち着いた彼女を見て、誰からと言うわけでもなく各々も腰を下ろした。
そんな中、コウがスイッと指先を動かす。
そこから冷気の帯びのようなものが流れ、やがて形を形成した。
先ほどまで幾度となく本物と見間違えた彼女のコピーがそこに居る。
命令されるまでもなく、それはコウの意思通りに動き出した。
部屋の隅に置かれた冷蔵庫から持てるだけのペットボトルを抱えて本体の元へと戻る。

「…コピーを雑用に使うなよ…」

渡されたそれを受け取りつつ、フィンクスが呆れたように言う。
そう言うと、コウは肩を竦めてクロロを見た。
一同の視線が彼に集中する。

「…常日頃からコピーを出しておく事に慣れる様に言ってあるが…それがどうかしたか?」

事も無げにそう答える彼に、原因はお前か、とでも言いたげな視線がいくつか向けられている。
常日頃からコピーを出しておく = コピーは雑用
と言う方程式は成り立たないと思われるが、折角出しているものをどう使おうが本人の自由だ。
そう思い込むことにしたらしいメンバーの視線が逸らされた。

「念の話で思い出したけど…コウ、今年のハンター試験は申し込んである?」

思い出したように手を叩いたシャルナークは、少し遠い位置からコウに問いかけた。
あ、とばかりに目を見開く彼女を見れば、答えは聞くまでもない。

「また受けるの?」
「うん。あった方が便利だし」

色々とね、と答えつつ、脇に置きっぱなしだったパソコンを膝の上に引っ張ってくる。
そして手早く起動させ、目当てのページへと進んでいった。

「でも、今年はヒソカも出るって言ってたけど」

ポツリと呟かれたマチの言葉に、その場の空気が一瞬止まる。
キーを打ち込んでいたコウですらその指の動きを止めていた。
だが、3秒後には動きを再開させる。

「…受けるの?」
「また一年なんて、待っていられないわ」
「でも…コウ、あいつの事苦手なんでしょ?」

マチの言葉にコウは苦笑を浮かべた。
苦手だからと避けていられるものでもない。
それに、この数ヶ月で成長したと言う自覚もある。
乗り越えるにはいい機会なのかもしれない。
意見を仰ぐようにクロロを見上げる。
彼の目に、反対と思しきそれは映っていなかった。

「団長の許可も下りたことだし―――送信っと。ねぇ、シャルナーク」
「ん?」
「ハンター試験参加者の名簿を見ようと思って協会のデータベースにアクセスしようとしたんだけど、弾かれるの。
何かいい方法はない?」
「あー…流石に協会はガードがキツイと思うよ」

ひょいと転がっていた椅子を飛び越え、コウの隣に陣取るシャルナーク。
コウが彼に質問して、彼がそれに答える。
いつもの光景が始まってしまえば、集中力の高い彼女は数十分はそのままだ。
それを理解しているメンバーは、それぞれが自由に動き出した。

「こっちから侵入できそうなんだけど、何だか嫌な予感がして…」
「相変わらずいい勘してるね。こっちは釣り。使うと受験資格を剥奪されかねないよ」
「ふぅん…」
「俺も流石に協会に侵入した事はないんだよなー…面倒だし」
「じゃあ、やめておくわ。手近な所から根を広げようと思っていただけだから」

パタンとノート型のそれを閉じ、腕を上に伸ばす。
それから、ぐるりと室内を見回した。


クロロ以外がこの場所にいる風景。
どこか懐かしくて、どこか嬉しい。
コウは少しだけ口角を持ち上げた。

08.03.11