Ice doll --- sc.035
「クロロ!」
クロロが居るであろう部屋は、ビルの中の3階、南側に位置する場所だった。
バンッと勢いよくドアを開けば、持ち込んだと思しきソファーに座っているクロロが見えた。
彼はコウの声に反応して本から顔を上げる。
「お帰り、コウ」
ヒソカを連れて行くと伝えてあったからだろうか。
クロロは髪をオールバックのように上げ、いつものコートを身にまとっている。
急ぎ足で彼の元へと近づくと、クロロは満足げに微笑んだ。
彼女が手の届く範囲に来たところで、ドアのところに居るヒソカに目を向ける。
「お前がシャルナークの話していたヒソカか」
「君が幻影旅団の団長かい?思っていたよりも若いね」
「…シャルナークはピエロが来ると言っていたんだが…」
予想とは違うな。
そう呟いたクロロに、コウは思わず小さく笑ってしまった。
確かに、こうなってしまっては元の格好が道化師のようだったなど信じられないだろう。
実際、コウはその変化を見ているにも関わらず、本人なのかと疑ってしまったのだから。
「コウがその格好だと連れて行かないって言うもんだからね。仕方なく服を変えたんだよ」
「…そうか。コウ、賢明な判断だ」
目立つ行動を控えたことに対しての言葉だろう。
コウは彼の言葉に小さく頷いた。
「ハンター試験は残念だったな、コウ。まぁ、一年遅れたところで問題はないだろう」
来年また受ければいい。
コウにそう言ってから、改めてヒソカに向き直る。
手に持ったままだった本をソファーの脇に置いてあった机の上に乗せた。
「蜘蛛に入りたい…と言うことだったな」
「あぁ。その通りだ」
「…確かに、半年前に4番が死んで、その枠が埋まっていない」
そこに彼を入れたとしても、問題はないのだろう。
沈黙したクロロに対し、コウは不安げな表情を見せる。
彼を蜘蛛に入れることを良しと考えていないのは明白だ。
「………コウ。上の階に本を用意してある」
「…大丈夫?」
「俺がどうにかなるとでも?」
そういって笑うクロロの不敵な笑みに、彼女も少しばかり安堵したようだ。
入団する際の掟…のようなものがあるのかは知らないけれど、あるかもしれない。
躊躇うような素振りも見せたが、そう思うことにすると、彼の向こうにある階段へと移動した。
ぎしぎしと煩い階段を上ると、壁一面が本棚になっている部屋を見つけた。
彼が言っていたのはここのことだろう。
試しに一つの本の背表紙を読んでみる。
「…また読んだことのない本…」
いったい、どこから集めてきたのか…。
そんな事を考えつつ、一冊を手に取ってみる。
彼女の筋力からすれば軽いくらいだが、その分厚さと言えば指四本分はある。
クロロはここにある本の全てを読んでしまっているのだろうか。
「それが本当なら、本の虫レベルね…」
小難しい内容の中身を一瞥し、コウはそう苦笑した。
一定の距離から近づく事も遠ざかる事もなく、部屋の中心と入り口に位置する二人。
そこから動こうとしないのは、それ以上踏み込めば相手の間合いに入ってしまうからだ。
恐らく、彼らの実力からすればこの距離でも一瞬で詰める事は出来るのだけれど。
「アイス・ドールの実物を目にする日が来るとは思わなかったよ」
写真よりもずっとイイね。
不意に、何の前置きもなくヒソカがそう言った。
クロロの纏う空気がやや鋭くなった事に気付き、心中で笑みを零す。
「…ずっと欲しいと思ってたんだ。譲ってくれないか?」
「盗んだものを見す見す手放すと思っているのか?」
呆れたようにそう質問を返せば、ヒソカは表情を笑みへと変える。
彼の顔に笑みが浮かんでいない事などないのだから、笑みが深まったと言った方が正しいだろう。
「そう言うと思ったよ。それで?僕を旅団に入れてくれるのかい?」
話題を変えるようにそう問いかけると、クロロは膝に肘をつくのをやめ、ソファーの背凭れに深く凭れかかる。
そして、その長い足を組みなおした。
「…あぁ、いいだろう」
彼はそう答え、ポケットからケータイを取り出す。
いくつかのボタンを操作した後、それを耳元へと運んだ。
「―――…マチか?今どこに居る。――そうか。今からこっちに来れるか?
―――いや、コウが怪我をしたわけじゃない。新しい団員だ。いつものようにタトゥーを頼みたい」
それから暫く話すと、「悪いな」と言い残して通話を切る。
再びポケットにそれを戻しながら、クロロはヒソカの方を向いた。
「1時間後に団員がここに到着する。タトゥーを入れる場所でも決めておけ」
そう言ってソファーから立ち上がるクロロ。
机の上に置いていた本を片手に、彼女が使った階段の方へと歩いていく。
「一つだけ聞いてもいいかい?」
ヒソカの声がクロロの背中を呼び止めた。
彼は首だけで振り向き、その続きを待つ。
「クルタ族を滅ぼしたのは君達だろう?彼女がそれを知らない筈もない」
「…一つだけ言っておくが…コウには手を出すな」
ヒソカの質問には答えず、ただそれだけを言い残して階段へと消えるクロロ。
その答えは予想通りだったらしく、残念と言った表情は見せていない。
自分だけになった部屋の中で、ヒソカはククッと笑い声を漏らした。
「予想以上に効果がありそうだね」
弱点にはならずとも、彼を怒らせる理由にはなるようだ。
コウの存在を思い出し、彼は暫くその深い笑みを消せずに居た。
近づいてくる気配に、コウはふと顔を上げた。
それと同時に、座っていた椅子から立ち上がる。
素早い動きで右へと二歩移動すると、今まで彼女が座っていた椅子にナイフが突き刺さった。
「流石だな」
「…嫌味?」
この程度の攻撃が避けられたからと言ってそんな風に言われても、嫌味にしか聞こえない。
冷めた目を見せたコウに、クロロはクスクスと笑った。
「マチが来るぞ」
「そうなの?」
一瞬は嬉しそうに表情を明るくする彼女だが、マチがここに来る理由を思い出して表情を顰める。
結局、クロロはヒソカを迎え入れるつもりになったのだと、即座に理解した。
「随分と嫌っているな」
「別に嫌っているわけじゃないわ。信用できないだけ」
ツンとそう答え、読んでいた本を閉じる彼女。
付箋を挟んだりはせず、そのまま本棚へと戻してしまう。
「団長が決めた事なら、反対はしないわ。ただ、パートナーを組ませるのだけは勘弁して欲しいけれど」
「お前のパートナーはシャルナークだろ?何で組ませる必要があるんだ」
初めから彼女とヒソカを近づけるつもりはない。
寧ろ、遠ざける為に旅団に入る事を許したといっても、間違いではないのだ。
自分の目の届く範囲で行動してもらった方が、彼女を遠ざけ易くなる。
「シャルナークと言えば…ライセンスを獲得したようだな」
「え、そうなの?」
「メールはなかったのか?」
俺のところには届いていたが…。
そういったクロロに、コウは「あ」と思い出したような声を上げた。
そして、机の片隅に放置されていたケータイを取り上げる。
「音を消してそのままだったわ」
確認してみると、シャルナークからのメールが届いていた。
すぐに内容を読み、やや安堵したように表情を緩める。
落ちるとは思っていなかった。
彼女が安心したのは、「全然怪我もしてないよ」と言う一文に対してだ。
「良かった。シャルナークも帰って来るみたい。この場所は教えてあるの?」
「まだだな。送っておいてくれ。ついでに、他のメンバーも集めるか」
「…集まるかな…。確か、一週間くらい前にフィンクスが無人島に行くって言ってたような…」
果たしてメールが届くかどうか…そんな事を考えつつ、全員への文面を考える。
久しぶりにメンバーと顔を合わせられると思うと、自然と気分が高まってくる。
クロロは自身の目を細め、ご機嫌な彼女の様子を見守った。
08.02.22