Ice doll   --- sc.031

ピクリ、とコウが何かに反応した。
その様子を見て、シャルナークが首を傾げる。

「ヒソカが動いた」
「こっちには来てないよ」
「ええ。狙いは…双子の試験官」

そう呟くと、彼女はその場から走り出す。
彼女の反応に驚くシャルナーク。
出来るだけ一人にしないようにと考えると、付いていくしか道はない。
仕方なく、彼も彼女を追う。

「コウ!どうするつもり?」
「殺されるわ!」
「…そりゃそうだろうね。あの様子じゃ、誰かを殺さないと落ち着かない」

こともなげにそう答えた彼に、彼女はより焦る。
シャルナークはそんな彼女を追いながら、ため息を吐き出した。

「いいじゃん。贄が必要だよ。今のヒソカに見つかったら、コウじゃ生き残れない」
「でも…あの人たちも生き残れない」
「うん。あの試験官たちは俺たちよりも弱いからね」
「それなら、尚更…!」

コウの声は言葉半ばで途切れる。
シャルナークの手が彼女の手首を掴み、それ以上の進行を妨げたからだ。
苛立ちを露に振り向いた彼女は、その真剣な表情に文句を飲み込む。

「死にたいの?」

普段の彼からは想像も付かないような低い声。
まるで喉元に鋭く研ぎ澄まされたナイフを突きつけられているようだ。
コウの頬を汗が伝う。

「今のヒソカは、目の前の獲物を逃がすほど理性が残ってないよ。どんなに上手く気配を絶っていても、気づかれる」

ビンビンと感じる殺気から考えて、彼の言っていることに間違いはない。
彼女とて、あんな全身の恐怖心を煽られる殺気を感じたのは初めてだ。
しかし、殺されるかもしれない人が居て、それを見過ごしていいのか。

「シャル…ッ」
「一次試験の時、助けに行こうなんて考えてなかったよね。今回は話したことがある相手だから?それとも、女だから?」
「そう言う問題じゃないでしょ!?」
「甘いんだよ、コウは」

シャルナークの言葉に、彼女は息を呑んだ。
わかっているつもりでわかっていなかったのだろうか。

「助けにいったって、助けられないよ。コウはヒソカより弱い。無駄死にするだけだ」
「―――」

何か言いたいのに、言葉が出てこない。
ヒソカに劣る自覚があるからこそ、否定の声を身体が勝手に飲み込んでしまう。

「義賊じゃないよ、蜘蛛は」

その一員として、必要な強さもあれば、捨てなければならない甘さもある。
蜘蛛を背負えば、その意味を知っている相手は油断も手加減もしてくれないのだ。
自分の身を守るのは自分。
俯くコウに、シャルナークはそこで漸くいつもの空気を戻した。

「…それに、受験生には見張りが付いてる。止める必要があれば協会側が止める筈だよ。知ってただろ?」
「………ええ」

彼女が顔を上げた。
完全に納得できたわけではないらしいが、あと一歩だ。

「生きて、必ず再会するんでしょ?こんな所で捨てていい命じゃないはずだよ」

そう言って彼女の手を解放する。
コウはゆっくり瞼を伏せた。
頭の中を整理するように深呼吸をして、それから目を開く。
迷いは消えた。










カチン、と腕にそれを嵌める。
その色が黒に変わるのを見届け、二人は顔を見合わせた。

「これで15点分確保」
「…だね。後はどうする?」
「時間つぶし…かな」

そう呟いてから、コウは東の方を向いた。
あれからほんの十数分しか経っておらず、殺気は未だ放たれたままだ。
コウは暫く考えてからふとある事を思いつく。
同時に、彼女は緋の眼を発現させた。
突然の変化に驚くシャルナークを他所に、彼女は己の分身を生み出す。
他人だけではなく自分のコピーも作ることが出来るのだ。

「どうするつもり?」
「修行」

名目はそれだが、要は気になっているヒソカの様子見だ。
即座にそう悟ったシャルナークは、やれやれと肩を竦める。
オリジナル自ら乗り込むつもりがなくなっただけでもよしとしておくべきなのだろう。

「コピーがやられても影響ないんだよね?」
「ええ。ただ、消滅するとオーラの絶対量が半分まで減るのよね」

溜め息と共にそう言うと、コウはコピーに向き直る。
同じ容姿の人間が向き合う姿と言うのは、これが中々不思議なものだ。
目の保養ではあるな、と頷くシャルナーク。

「危険なら逃げなさい」

彼女の命令を聞くと、コピーはそのまま林の中へと消えていく。
それを見送った彼女は瞼を閉じた。

「コウ?」
「自分自身のコピーを作っている間は、目を閉じるとコピーと同じ視界になるの」
「へぇ。便利だね、それ」

偵察などにはとても役に立ちそうだ。
目を閉じるのが一種の切り替えスイッチになっており、コピーの視覚と聴覚を感じ取ることが出来る。
言い換えれば、オリジナルのその二つの感覚が使えなくなると言うことだ。
視覚と聴覚がなくても他の感覚が残っていれば大抵のことは問題ない。
だが、それは安心できる者の傍に居て、初めて言えること。

「どんな感じ?」
「……一応、粘ってるみたい」

そう答え、コウはコピーが見せる光景に集中した。

08.01.18