Ice doll   --- sc.030

後ろからコウの骨を軋ませる様に動きを止めている。
ヒソカの眼前には、6匹の蜘蛛が隠されることもなく露になっている。
白く肌理細やかな肌の上を這うそれは、幻影旅団の象徴だ。
並びではない数字を背負った6匹が、まるで彼女を守るかのようにその肩甲骨の上にのっていた。

「幻影旅団のタトゥーは数字を背負った蜘蛛だと聞いたけど…複数匹もつものなのかい?」
「…………………」
「それとも…君が特別なのかな」

その肌を傷つけてしまわないように、すっとトランプで蜘蛛を撫でる。
彼女がびくりと肩を揺らせば、ヒソカは楽しげに笑った。
肌を震わせるその感覚から逃れようと身体を動かしても、腕の痛みが増すだけだ。
まるで愛撫でもするかのような優しすぎる動きに、コウは図らずもその頬を赤く染めた。
いつの間にか、背中を撫でる手はトランプを手放している。
指先がその肌の流れに沿って蜘蛛を挑発するように動く。
慣れない感覚に、彼女は耐え切れずにそう声を上げた。

「…やっ…放して!」

彼女の眼の色がぶれる。
ヒソカからはその変化が見えていなかった。
しかし、彼女の纏うオーラが揺らめいたことに気づく。
一瞬、まるで炎が燃え盛るかのように、オーラの絶対量が増えた。
そのことを理解すると、彼はその笑みを深める。
そして、より彼女を煽らせるであろう行動に出た。

「っ!!?」

ゾクリと何かが這う感覚。
振り向いた背中に彼の髪が見えれば、何をされているのかはすぐに理解できた。
感覚が途切れる。
次の瞬間には、彼女は彼の手を振り払って湖に沿うようにして距離を取っていた。

「…それが、君が隠していた姿か…」

僅かに息を乱しているのは、怒りからかそれとも別の感覚からか。
どちらとも取れないが、彼女は肩で息をしながらヒソカを睨んでいる。
その眼は緋色に染まり、髪は色素を失ったようなアイスブルー。
人とは思えない繊細な美しさに、ヒソカは一瞬でも声を失った。










コウは一瞬だけヒソカから視線をはずし、太陽の位置を確認した。
そろそろシャルナークとの約束の時間だ。
どこか落ち合う場所を決めているわけではない。
ただ、時間になったら迎えに行くと言っていた。

「(出来ればシャルを会わせたくないけど…)」

この場合は仕方ないだろう。
自分ひとりではヒソカをどうにか出来そうにない。
緋の眼発現という条件を満たした今、例の能力が使えるようにはなっている。
しかし、果たしてこの男にそれが有効か。
クロロの時を思い出し、彼女は舌を打った。
それと同時に、ヒソカが突然右へと飛んだ。
彼の姿が移動するのとほぼ時を同じくして、彼が居た場所に見覚えのあるものが刺さる。

「あー…失敗か」

残念、と場違いな声が聞こえた。
コウはどこか安心したようにそちらを見る。
シャルナークは地面に突き刺さったアンテナを拾い上げると、コウの方を向いた。

「コウ。それ、もう戻していいよ」
「…戻れないの。何だか、感覚が落ち着かなくて…」
「そっか。じゃあ、そのままでいいや」

そう言ってから彼はヒソカを見る。
第三者の登場すら彼の予測の範囲内だったのだろう。
特に驚くでもなく、その手がトランプを遊ばせていた。

「君もコウの仲間かい?」
「…仲間、ってのは?」
「蜘蛛」

その言葉に目を見開いたシャルナークだが、すぐに表情を戻した。
そして、彼女の隣へと並ぶと、再びヒソカに視線を戻す。

「コウは俺たちのお気に入りなんだ。それに、まだまだ発展途上。手を出すなら…俺も黙ってられないね」
「潰す気はないよ」
「そう。…で、そっちの条件は?」
「蜘蛛に推薦してくれないか。そうすれば、彼女を見逃してもいい」

漸く感覚が落ち着いてきたのだろう。
コウは精神を統一させるように瞼を伏せた。
彼女の髪色が戻り、開いた目もいつもの色に戻っている。

「推薦かー…まぁ、いいよ」
「シャル!?」
「こう言う面倒は団長にまわせばいいんだよ、コウ」

俺たちが苦労する必要はない、と彼は笑う。
信用できない男を推薦できない。
そう思った彼女の頑張りは、この時点で全て無駄な足掻きとなった。
思わず肩を落とす彼女に、彼が不思議そうに首を傾げる。
そんな彼女の様子を見て、ヒソカはクククッと喉で笑った。

「交渉成立。彼女には手を出さないよ」

ここでは、ね。
そんな声が聞こえたような気がしたけれど、二人ともあえて追求はしない。

「…コウ。今更だけど、着替えてきた方がいいよ」

透けてるから、そう言われ、コウは今更に自分の格好を思い出す。
カァッと頬を赤らめ、そこに放り出してあった自分の荷物を抱えて木の陰へと飛び込んでしまった。
それを見送り、ふぅ、とため息を吐き出すシャルナーク。
荷物からメモ用紙を取り出すと、そこに数字の羅列を書き記した。
そして、それを念で強化してヒソカに投げる。
刺さればそれも彼の実力。
そう思い、ナイフ投げと同じような速度で投げたのだが、彼は難なくそれを受け止めた。

「それ、団長の番号。後は当人同士で好きにしてよ。俺…シャルナークからの紹介って言えばいいから」

そう言うと、シャルナークはそのままコウの後を追うように歩き出した。

「アイス・ドール」

シャルナークが足を止めた。
ヒソカはそれを見て目を細める。

「まさか、この目で見るとは思わなかったよ。予想以上だね、あれは」

欲しくなったよ。
そう言ったヒソカに、シャルナークはため息を零す。
そして、彼を振り向いてこう言った。

「ひとつだけ、忠告。団長の前でそれを言わない方がいいよ。あれは、団長のだから」
「なるほど…奪い甲斐があるね、それは」

そう言って楽しげに笑う彼に、最早何も言うまいと思うシャルナーク。
それ以上話すことは何もないとばかりに、彼は足を進める。
ヒソカも今度はそれを引き止めたりはしなかった。
二人の気配が合流し、共に去っていく。
それが感じ取れなくなったところで、ヒソカは静かに笑う。

「イイね。熟すのが楽しみだ…」

目元を覆うように手を額に当て、そう呟く。
彼からは、禍々しいと形容できるような殺気が放たれていた。
まだいくらも離れていなかったコウとシャルナークは、その殺気に思わず足を止める。
そして、自分たちが歩いてきた方を振り向いた。

「…ヒソカよね」
「これはまた…随分と、厄介なものを抱えた奴だね」

やや硬い互いの声が、その凄さを物語っているのかもしれない。

08.01.16