Ice doll   --- sc.026

一次試験が終了し、残っているのは約100人。
200人を越える数の受験生が居たのだから…単純に考えても、半数以上が一次試験で落ちた。
そして、その人数は、同時に一次試験で命を落とした者の数でもある。
刻一刻と刻まれる時と共に、ゆっくりと落ちてくる天井。
最後の方は、見ていられなかった。

「今回の試験は…結構残酷だね」

まるでそうは思っていない口調で、シャルナークがそう言った。
ここは二次試験会場へと移動する船の上だ。
例のドームのような大きな建物を抜けた場所から1時間ほど歩いた所にある港から出た船。

「そうなの?」
「俺も今回が初めてだから、経験で言ってるわけじゃないけど…。
落ちたら死ぬ、なんて試験はそうそうあるものじゃないよ」

そうでなければ、翌年の参加人数が激減してしまう。
未来ある受験生に死を与えるほどに、ハンター協会は残酷な集いではないらしい。

「本来はライセンスを所持するに値する人間を見極める為のものだからね」
「あ…それもそうよね。来年には『値する人間』なるかもしれないわけだし…」
「そう。だから、今回の一次試験は…俺も意外だよ」

そう言うと、シャルナークはふと考え込むように口を噤んだ。
そして、音を立てずにソファーから立ち上がる。

「ちょっと電話してくるね。ここを動かないように」
「あ、うん」

分かった、と返せば、彼はにこりと微笑んでコウの元を去る。
それを見送った彼女は、彼の姿が見えなくなった所で背もたれに沈んだ。












「あ、そこのあんた!」

ぼんやりとソファーで一次試験のことを考えていたコウは、男物の声を聞いた。
あんた、と言われて自分だと即座に認識できるほどに、自意識は過剰ではない。
誰か別のことなのだろうと思い込み、反応を示さなかった。

「あんただよ、あんた」

無視とは酷いじゃないか。
そう言った男は、コウの向かいに腰を下ろす。
小太りで四角い鼻が印象的な、言ってしまえば不細工な部類に入るであろう男。
視界に入り込むのは仕方がないにしても、承諾なしに向かいに座るのは不愉快だ。
ましてや、クロロやシャルナークのような顔立ちの綺麗な者を見慣れている彼女にとっては。
若干眉を顰め、その男を見る。

「あんた、今回がハンター試験初めてだろ?」

肯定も否定もしない。
無視することに決めたのか、彼女は瞼を伏せた。
しかし、男は話すことをやめようとはしない。

「俺はトンパ。ハンター試験は10歳の頃から受けてるからな。言わば、試験のエキスパートってわけだ。
試験に関しては何でも聞いてくれよ。何なら…」

男の声を遮るように、コウがクスリと笑う。
その笑みには嘲りも含まれており、彼は否応無しに口を噤む事となった。

「受け続けてる、って事は落ち続けてるって事かしら。そうなら、試験と言うよりは落ちるエキスパートと言う感じね。
私の記憶が確かなら、あなたはこの一次試験に相当時間をかけていたと思うけれど…。
そんなあなたが、私に何を教えてくれようって言うの?」

一次試験終了後、何を考えているのか試験官は合格者の番号を順に読み上げた。
所要時間も共に告げていたのだから、この男が知らないはずはないだろう。
コウが、一次試験最初の合格者であり、信じられないような早さでクリアしたことを。
後ろから数えた方が早いトンパとはレベルが違う。

「そ、そうだな…。なら、目ぼしい受験生の事を教えてやるよ!初めてなら、知らない奴ばっかりだろ?」
「目ぼしい、ねぇ。新人じゃないって事は、結局試験を落としているわけでしょう。
悪いけれど、中途半端な人を警戒するほど弱くはないのよ」

わかったら、さっさと立ち去ってくれる?
声には出さなかったけれど、言外にそんな言葉が含まれていた。
ついでににこりと微笑んだ彼女の笑みは、綺麗だけれどもどこか寒気を覚えるものでもある。

「…あ、あいつ!ここ2年の試験では、最終試験まで到達して落ちてるのは、あいつ一人だ」

頼んでもいないのに説明を始める彼の額には、薄く汗が滲んでいる。
冷や汗をかくくらいならばさっさと立ち去ればいいものを。
呆れたようにため息を吐くと、コウは好きにさせることにした。
シャルナークが戻ってくれば、この男も引き上げるだろう。
その時、ぽん、と肩を叩かれた。

「シャル、遅かっ―――」

彼であると疑わなかった。
絶状態で近づいてくることは珍しくはないし、この状況で自分の肩を叩く男など、一人しかいない。
そう思っていたからだ。
しかし、見上げた先に居たのは、彼ではなかった。

「やぁ、君が222番かい?」

そう言って目を弓なりにして微笑む、不思議な男。
変な男によく絡まれる日だ、と思いながら男を観察する。
奇抜な服装と、顔に施されたペイントが印象的だ。
トンパとは別の意味で、一度見たら忘れないような人だと思う。
少なくとも、彼よりは好意的に受け入れられそうな部類だけれど。

「…ええ」
「……なるほど。君か…随分と、美味しそうだ」

食人種か?思わずそんなことを考える。
肉の柔らかさで言うならば確かに自分は美味いだろうと思う。
だが、量で言えば、機を逸して口を挟むに挟めない様子のトンパの方が勝るだろう。
食べた後に胸焼けを起こしたとしても、コウの知るところではないが。

「少し話をしたいんだ。前、座っていいかな?」
「空いたらどうぞ?」

彼は彼女の意思を正しく理解してくれたようだ。
彼女の脇を通ってトンパの元へと歩いていく。
ふわりと、動いた風が鼻腔へと臭いを運んだ。

「……」

コウは軽く眉間に皺を寄せつつ、彼を見た。
笑みを崩さないままにトンパに向かって何かを話している。
声が小さすぎて、彼女にはその内容は聞こえなかった。
ただ、トンパが青褪めた後、勢いよく去って行ったところを見ると、軽く脅しが入っていたのだろう。
『空いた』席に、彼が座った。

「一次試験のトップは君だったよね。一度話をしてみたいと思ってたんだ」
「別に、あなたにとって面白いことなんて、何もないと思うけど…」

そう答えながら、彼の一挙一動に意識を集中させる。
その気になれば、一瞬でこの場を離れられるように警戒していた。
コウにそうさせているのは、彼の残り香だ。

「随分と早くに合格していたようだけど…」

それは君の念能力かい?
そう問われた。
声に出したわけではない。
小さく動かした指先に、その文字が浮かんだのだ。
オーラによる文字を使いこなしていると言うことは、彼も念能力を使える。
コウは、ただ一言だけ「Yes」と文字を作った。

「うん。君のそれは、一朝一夕で出来るような滑らかさじゃないね。いい師に恵まれたようだ」

師、と言われて、彼女の脳裏にはクロロが浮かぶ。
一番に浮かぶのが兄ではなくなったと言う事実に、彼女は少し悲しげに微笑んだ。
これが、思い出になると言うことなのだろうか。
その表情を見た彼が軽く目を見開いた。
それから、すぐに愉快そうにそれを細める。

「なるほど…。ありがとう、貴重な時間だったよ」

何に納得したのか。
彼女の疑問を置き去りに、彼は立ち上がった。
そして、彼女の脇を通る際、腰を折ってその耳元に口を近づける。

「――――――――――――――」
「っ!!」

息を呑んだコウは、即座に彼を振り向く。
急ぐでもなくのんびりと去っていく彼は、背中を向けたまま手を振った。
睨むようにその背中を見つめる彼女の視界に、こちらに向かってくるシャルナークが入る。

「お待たせ、コウ。……どうしたの?」
「………何でもないわ」

様子が変だとは思ったけれど、シャルナークはそれ以上追求しなかった。
今まで男が座っていた場所へと腰を下ろし、別の話題を振る。
彼との会話を進めながらも、彼女の頭の片隅では先ほどの言葉がぐるぐると回っていた。
別の意味に取るには、あまりに深い意味を持ちすぎている言葉。

「是非、それを緋く染めてみたいよ」

無関係、と切り捨てることはできなかった。

07.12.23