Ice doll   --- sc.024

針の筵のような殺気を浴び続ける事、数時間。
いい加減に待つことに飽きてきた頃、突然に変化が起こった。




だだっ広い空間は、あまり明るくはないので気付かなかったが、ホールのような広い建物だ。
大きさから考えればドームと言っても差し障りはない。
天井はやたらと高く、50メートルはありそうだ。
その面には、まるで迷路のような不思議な模様が浮かび上がっていた。
その不思議な模様を暫く見つめてから、コウは足元へと視線を向ける。
足元には、30センチ四方のタイルが敷き詰められているようだ。
ハンター試験の内容まで調べる事は出来なかった。
どんな試験が行なわれるのだろうか―――そう思った、矢先の事。
ピ、と言う電子音と共に、天井に数字が映し出された。
30から始まったそれは、29、28と一秒ごとに数字を減らしていく。
ドームの中は一気にざわめいた。

「試験開始までのカウントダウンだね」

呟いたシャルナークの言葉に頷く。
すでに20をきっており、着々と数が減っていく。
それに伴い、コウ達に殺気を送っていた面子も、自然とそちらに意識を向け始める。
いつしかその全てが数字へと向けられた頃―――真っ赤なデジタル数字が、0を浮かべた。

『あー…マイクテスト。マイクテスト。OK、問題なさそうね』

前触れもなく響き渡った音。
マイクから零れる声は女性のものだ。
シン、とドームの中が静まるのとほぼ同時に、コウは自分の前に腕時計が浮かぶのを見た。
何もないところから、突然出現したそれ。
即座に凝を行なえば、それが僅かなオーラを纏っている事に気づく。
隣のシャルナークの方を見れば、彼はすでにそれを手に取っていた。

「…このナンバーは受験番号みたいだね」
「あ、本当ね。私は222で…」
「俺が223」

時計の横楕円形のそこに浮かんでいるのは、222と言う数字。
それ以外には浮かんでいないことを考えれば、時計としての役割を果たすかどうかは微妙な所だ。

『全員、それを手首に嵌めて、しっかりと固定。―――出来たみたいね。
―――これから、ハンター試験1次試験を始めるわ。制限時間内にこのドームの外に出れば合格よ』

その試験の内容に、ドームの中がざわめく。
いくら広いとは言え、外に出るだけで合格ならば、難易度としては低すぎるくらいだ。
まだ何かある―――そう思ったのは、8割以上の受験者達。
ふと、足元に軽い振動が走った。
警戒したコウの足元から、何かがせり上がって来る。

「……………ん?」

そう、せり上がって来たような、そんな振動だった。
しかし、何も変わらない。
隣に居るシャルナークもまた、不思議そうに首を傾げた。
もちろん凝を行なっているのだが、隠されたオーラも何もない。
不思議に思いつつ、もう一度彼の方を向いた。
と、その口が何かを伝えるように動く。
しかし―――

「シャル?」

いくら彼が唇を動かしても、彼の声が届かない。
自分の声まで聞こえないと言う事はないのだから、聴覚に異常を来たしているわけではなさそうだ。
と言う事は、彼の声を遮断するような何かがあると言う事。
試しに、と彼に向かって手を伸ばす。
ヒヤリ、と冷たい何かに触れ、その手が止まった。

「…透明の壁…」

目には見えないけれど、確かに何かある。
シャルナークの方もそれに気づいたようだ。

『わかった人も多いみたいね。あなたたちは、透明の壁に区切られた迷路の中にいるの。
このドームからの出口は全部で10箇所。そして、制限時間は―――』

彼女がそう言うのと同時に、天井に数字が浮かんだ。

03:00:00―――3時間。

『トラップも仕掛けてあるから、気を抜いてると死ぬわよ。じゃあ…スタート!』

ピ、と電子音が耳に届き、数字が動き出した。
壁の位置も分からない状態で、1時間以内に透明の迷路を抜ける。
始まったか、そう考えた彼女は、その場で軽く屈伸をした。
そして、屈んだ状態からオーラを足に集め、真上へと一気に飛び上がる。
左手は冷たく透明な壁に触れたままの状態だ。
シャルナークを始めとする、数人の視線が彼女に集まる。
彼女の限界まで飛び上がるが、天井はおろか、透明の壁の切れ目まで到達する事はない。

「…飛び越えるのは無理、か」

そのまま重力に従って地面へと着地したコウは、天井の数字を見上げた。
あと3秒で1分経過する。
02:58:00を刻むのと同時に、上からズン、と低い音がした。
パラパラと何かが落ちてくる。

『あぁ、言い忘れたけど…ここの天井は54メートル。1分ごとに30センチ下がってくるわ。
制限時間最後まで残っていた場合…わかるわね?』

プツッと音声が途絶える。
受験者の中に、明らかな焦りの色を浮かべる者が増えた。
他の受験者の姿が見えるという事は、集団真理を揺さぶる。
焦りが水面の輪のように、感染を広げていった。
ふと、コウはポケットに入れていたケータイが振動しているのに気付く。
メールの受信を知らせるそれを開けば、文章が映し出された。

―――出口でね。

文面を読むなり彼の方を向けば、にこやかに手を振っている。
そして、彼はそのまま歩き出した。

「…ええ、出口で会いましょう」

この命、血の通わぬモノに奪わせて堪るものか。
よし、と意気込み、コウもその場から歩き出した。














何度か壁にぶち当たる男を見た。
真正面から走ってきた男が、コウのすぐ前で壁に激突した時には、流石の彼女も足を止めたものだ。
あれから30分ほど経過していた。
殆ど足を止める事無く歩いていたコウは、何かに悩んでいた。
壁に衝突、などと言う間抜けな事を避けるために、意識は常に前にある。
けれど、その一部を何かに向けているのだ。
その何かを、コウ自身もまた分からないでいる。

「…何か…引っかかるんだけど…」

3度ほど行き止まりもあった。
彼女の足は、自然と角から角までの歩幅を数えている。
ふと前に壁を感じ、手を伸ばす。
想像通りの距離に、透明の壁があった。
そこを右に曲がった所で、コウはハッと顔を上げる。
頭の片隅で引っかかっていた『何か』が、漸く理解できた。

「そうか…これは…」

07.12.12