Ice doll   --- sc.023

最後の週、シャルナークは笑顔でコウを呼んだ。

「今日中にハンター試験の会場を調べてね」

前触れもなく、彼はそう言った。
ある程度は予測していたコウだが、今更それを告げられるとは思わなかったのか、少しばかり驚く。
そんな彼女に、彼は笑みを崩さずにこうも続けた。

「見つけられなかったら、連れて行かないから」

最低限だし、仕方ないよね。
まるでそうは思っていない口調で彼はそう言う。
最近になって気付いたのだが、シャルナークと言う人は、どうも優しいばかりの人ではない。
初めの頃こそ甲斐甲斐しく自分にあれやこれやと教えてくれていたが、修行に付き合ってもらうようになってわかった。
彼は、どちらかと言えば放任主義だ。
更に言うと、人の苦労は蜜の味…とまでは行かずとも、それに近しい考えの持ち主である。
彼が地を出し始めていることに他ならないのだから、喜ばしい事なのだろう。
そう思い込むようにして、コウは彼の命令に近しい言葉に頷いた。
















シャルナークの前に差し出したのは、一枚の紙切れ。
彼はそれを受け取るなり、上から下まで目を通す。
その間、コウはドキドキと静かに逸る心臓と共に、彼の前に佇んだ。

「三日か…。まぁ、初めてにしては上出来かな」

そう呟いてから、彼はコウを見上げる。
そして、にっこりと微笑んだ。

「合格」

その言葉を聞き、漸く肩の力を抜いた。
調べてみて気づいた事だが、ハンター試験の会場は、数十箇所も見つかった。
もちろん、その内の一つだけが正解。
ただで試験を受けさせてやるか、と言うハンター協会の思惑が聞こえてきそうだ。

「今回のは結構難しかったし…うん。コウは情報収集能力も高いみたいだね」

団長に報告しないと、と彼はまるで自分の事のように喜んだ。
自分が教えた部分も多く、それが多いに生かされていると言う事が嬉しいのだろう。
ご機嫌な様子で立ち上がった彼は、コウに紙を返してから自分の部屋へと戻る。
コウの部屋を出て行く直前、ドアを開いたままの状態で、彼は振り向いた。

「すぐに出発するよ」
「え?」
「その場所。今日出発しないと間に合わないでしょ?」

クスクスと笑い声だけを残し、彼は去った。
残されたコウは自分の手元に残る紙を見下ろす。
記憶の引き出しから地図を探してきて、彼の言葉に納得した。

「一人で受けなくて良かった…かも」

とりあえず、遅刻せずにはすみそうだ。

















「こんにちは、ポートタウンの採用面接に伺いました」

第一印象を大切に。
そんなキャッチフレーズすら聞こえそうなほどににこやかな笑顔で、コウはそう言った。
しかし、それを告げられた男性もまた、営業スマイルで答える。

「担当者の指名はございますか?」
「ハギノさんをお願いします」

淀みなくそう答えると、彼は身を屈めてカウンターから何かを取り出した。
そして、それをガラスのカウンターの上に差し出す。

「2205号室になります」
「…1505号室とお聞きしているのですが?」
「会場は2205号室に変更されました。あちらの一番奥から2番目のエレベーターをご利用ください」

にこり、と最後とばかりに笑顔を向けられる。
コウはそこで漸く彼の差し出したカードキーを受け取った。

「ありがとう」

そう言い残し、指示されたエレベーターの前に立つ。
ボタンの下の差込口にカードキーを差し込めば、エレベーターはすぐに扉を開いた。
その中に乗り込み、扉から見て右の壁に凭れる。
独特の振動を感じつつ、降下しているのだと言う事を知った。

「…あー…長かった」

漸く肩の力を抜いた彼女は、思わずそう呟いた。
先に行っておいで、と背中を押されたのは10分前。
あの遣り取り全てに意味があり、一つでも漏らせば試験会場には辿り着けないのだ。
何とも気を張り詰めた10分間だった。

「シャルは…心配しなくても大丈夫よね。きっと」

彼はこんな風に気疲れしたりもしないのだろう。
そんな事を考えていると、エレベーターが動きを止めた。
音を立ててドアが開かれるのと同時に、無数の目がコウへと向けられる。
殺気を纏わせた視線もあり、半ば条件反射のようにして彼女の警戒心が膨れた。
しかし、それを顔には出さないようにしながら、彼女は人の少ない場所へと移動していく。
エレベーターから離れるのは賢い選択ではないだろう。
適当な場所へと落ち着いた彼女は、シャルナークを迎えに行ったエレベーターが戻ってくるのを待つ。
程なくして、チン、と言う独特の到着音が聞こえた。
その音の届く範囲に居た人間の9割がエレベーターへと視線を動かす。
なるほど、先ほどの視線は、この音が原因でもあったのか。
そう納得したコウの視線の先で、ドアは開かれた。
彼女の予想通り、姿を見せたのはシャルナークだ。
彼は周辺を一瞥してから、彼女の方を向いた。
そして、迷いない足取りで彼女の元へと歩いてくる。

「ちゃんと辿りついたみたいだね」
「ええ。シャルも」

会話を交わす二人に、周囲は彼らが顔なじみであることを悟った。
同時に、その受験者の顔に浮かぶのは、大半が嘲りだ。
どう脚色したとしても強面とは言いがたい二人が揃えば、そうなるのも無理はない。
「遊び場じゃない」そんな声がどこからともなく聞こえる。
だが、コウもシャルナークも全く機にした様子はなかった。

「この中で、負けそうな奴は居る?」
「……………」

明らかに、他の参加者に聞かせるようにそう言った。
答えて良いものかと、その判断に困っている彼女に向けて、彼はにこりと一言。

「本音で答えてよ」
「………居ないわね」

こうなった彼は引かない。
それを分かっているからこそ、コウは溜め息と共にそう答えた。
途端に、殺気が膨れ上がる。
女だからって容赦しねぇ!そんな声が聞こえそうな殺気だ。

「…そう言う事。コウは自信を持ってていいんだよ」

普段、彼女が行動を共にしている蜘蛛は、それこそトップレベルの実力者達だ。
中でも、一番行動を共にすることが多いクロロは、世界でも上から数えられるほどの実力者。
だからこそ、彼女はいつまで経っても自信を持てないでいる。
比べる対象があまりに大きすぎるが故に。
シャルナークは、いや…クロロもまた、それに気づいていたのだろう。
彼女の視野を広げる為に、世界を知るべきだと判断した。
そして、それが今と言うタイミングであるという事も、感じていたのだ。

「油断は禁物。でも、緊張する必要もないよ」

自信を持って、その蜘蛛を背負えばいい。
声には出していなかったけれど、そんな声が聞こえた。
漸く、自分は彼らと同じ位置に立てたような気がする。
コウは場違いなほど穏やかに微笑んだ。

07.12.03