Ice doll   --- sc.019

「念能力か?」
「いや、それはないよ。このサイトを開いているパソコンから半径5メートルは強制的に絶状態にされるんだ。
つまり、念を使って本物の画像を覚える事も不可能だし、200枚の中から探すのも無理」
「…と言う事は、コウの能力と言う事になるな」
「そう言う事だね。瞬間的に記憶して、更にそれを類似品の中から見つけ出す―――本物なら、いい能力だね」

幻影旅団屈指の頭脳は二人の会話を聞きながら、コウはパソコンの前に居た。
今のところ落札できなかったモノはない。
ベンズナイフに始まり、Sランクの宝石を8つ、SSランクの宝石を3つ。
今は再び出てきていたベンズナイフのNo.012を落としにかかっている所だ。

「今のところ百発百中だからね。まず、本物と見て間違いないと思うよ」
「…瞬間記憶能力だとすれば、完全な記憶が継続される時間を確かめる必要がある」
「意識的なのか、無意識なのか…その辺もね。それから…」

「ねぇ、落ちたんだけど」

二人の声を遮るようにして、コウがそう言った。
画面には本日13回目の「落札」と言う文字が浮かんでいる。
彼らに声を掛けてから音声で名前を登録し、年齢を打ち込んで送る。
登録が完了し、3時間後に届くと言う通知が消えると、漸くそのサイトを開いていたページを閉じた。
絶状態にされていたオーラが無事に戻ってきたのを感じる。
恐らく、同じ部屋の中に居る彼らもまた、それを感じ取っているだろう。
先程までの状況で誰かに襲われれば危険な状態だった。
けれど、そんな事を感じさせない彼らは…念無しでも十分にやりあうだけの自信があるということなのだろう。

「あぁ、おめでとう。それから、そろそろ最初の商品が届く頃だから、西向きの窓を開けておいた方がいいよ」

まるで朝の挨拶でもするかのようにあっさりとそう言ったシャルナークに、コウは首を傾げた。

西向きの窓を開ける?

そんな疑問と共に、彼女はこの部屋唯一の窓を見た。
方角的には西に面している…筈だ。
この部屋を用意したのはクロロなので、感覚的なものでしかないけれど。
そうしてそちらを向いた彼女の視界で、チラリと何か黒いものが動いた。
コウは窓に近づいてそれを見ようとする。

「?」

よくよく目を凝らしてみるが、分からない。
ただ、見る見るうちに大きくなってきている事だけは分かった。
次の瞬間、ガシャン、と派手な音がその場に響く。
音に気をとられて思わず閉じてしまった目を開くと、そこは闇。
と言う事は無く、ただ単に視界が黒に支配されているだけだった。
その『黒』に触れてみると、肌触りの良い質感が指の腹に伝わる。
どうやら、クロロによって腕を引かれ、背後に庇われたらしい。

「何だ、これは」
「商品」

その会話の原因が見えていなかった彼女は、クロロの背中から顔を覗かせる。
彼の手には、肩幅ほどの細長い箱があった。
今しがた受け止めたばかり、と言った風に、掌に食い込んでいる一番面積の小さい部分。
今も尚動こうとしているのか、クロロの手が僅かに押されている。

「あぁ、団長。本人に渡さないと、動きは止まらないよ」

そう言う念だから、そう言ってシャルナークはひょいとクロロの腕を動かす。
力の均衡が失われ、箱は彼の手を離れた。
そして、すぐ後ろに居たコウの手元へと飛んで行く。
クロロの力でもってしてもギリギリ止められた程度の速度のそれだ。
思わず身構えるコウだが、予想に反して箱はまるで子猫が擦り寄る程度の力で彼女の掌に落ち着く。
どうやら、本人には害は無いように出来ているようだ。

「開けた瞬間に爆発したりはしないから、開梱して大丈夫だよ」

じっと凝で箱を見下ろしていたコウを見て、シャルナークはクスクスと笑いながらそう言った。
彼女の考えが手に取るようにわかったのだろう。

「あと12個来るからね」

屈託無く笑う彼の足元に散らばっているガラスの破片を見下ろし、コウは溜め息を吐き出した。










それから、まるで取り調べのようにあれやこれやとその能力について調べられた。
連絡を受けたらしいパクノダがアジトにやって来たのは二日後の事。
記憶を読む、と言う彼女の申し出を快く受け入れ、コウは彼女の手を取った。
しかし、コウの中にその能力に関するような記憶は何一つ見つけられなかったのである。

「コウ自身も気付いていなかった能力みたいね」
「…よく考えれば、思い当たる節はあったな」

パクノダの言葉にクロロはそう呟いた。
コウは自分が渡した本を、翌日には返しに来る。
その量と言えば常人では一週間は掛かるであろう量。
試しにその本の片隅に書かれていた内容を問えば、彼女は詰まる事も無くさらりと答えを述べた。
自分も記憶力が悪いわけではないので、その時はそのまま流してしまっていたが…能力の一旦だったのだろう。
色々と試してわかった事だが、彼女の記憶は完全と言う事ではないらしい。
少なくとも、記憶を保管する脳内の引き出しは、一般人とあまり大差はない。
ただし、それはごく普通に生活をしている上で見たもの、感じたもの、などに限定される。
彼女が覚えようとして注視したものに関しては、その一瞬から完全な記憶として保管されるようだ。

「つまりは、意識的な瞬間記憶能力…ってこと?」

コウはまるで他人事のようにそう纏めた。
クロロが頷くのを見て、ふぅん、とどこか味気ない返事を返す。
理路整然と説明してくれたことはありがたいが、今一実感がないのだ。
そんな彼女に、傍らで話を聞いていたシャルナークが説明を付け足してやる。

「結構便利だよ。人を探す時なんかにも使えるんじゃないかな」
「人を探す時…」
「まぁ、それよりも…いい稼ぎになるよね。『裏通り』の品は全部落とせるし」

今のところ使い道として明確なのは、それくらいだ。
しかし、少なくとも便利な能力である…らしい。
彼に説明されてもまだしっかりと実感できたわけではない。
けれど、納得は出来そうだ。

「で、どうすればいいの?」

コウはそう言って首を傾げてみせる。
結局の所、この能力をさっさと伸ばすべく何らかの対策を講じなければならないのか。
それとも、自然と成長するのを待つべきなのか。
問いかける彼女に対し、クロロは軽く考え込む。

「…特に何かをする必要はないだろう。今はその能力よりも念の方が先だ」

いつまでも不完全なままでは問題がある。
そう言ったクロロに、コウは納得したように頷いた。
前の誘拐の一件以降、その必要性は肌で感じている。
自分を一人にしないようにと団員の誰かがいてくれる現状を何とかせねばならない。
頼る事を良しとしない彼女には、記憶能力云々よりもそちらの方が重要だった。

「明日から町に出て例の能力を極めていく」
「…でも、あれは…」

例の能力、と言うのは、コウが緋の眼を発現させている時だけ使える能力のこと。
彼女がつけた名前は『アイス・ドール』…氷の踊り子。
捻りも何もないけれど、かえってその方が分かり易い、と言うのが彼女の意見である。
コウが渋るのにはもちろん理由があった。
あの能力を使う時と言えば、緋の眼発現時に限られる。
つまり、見た目からして「アイス・ドールです」と公言して歩くようなものなのだ。
前の一件があった以上、コウがそれに対して二の足を踏むのは当然の事。
あの時には緋の眼を発現させていなかったにも拘らず、イルミに気付かれてしまったのだから。

「シャル。明日までにカラーコンタクトとウィッグを用意してくれ」
「OK。夜にでも届くように手配しておくよ。それが終わったら、今日は帰らせてもらうよ」

カチャカチャ、とパソコンを操作し、さっさと準備を済ませる。
そして、シャルナークはコウに「またね」と言い残してアジトを去った。

「団長」
「ん?」
「これ、置いていったんだけど…どうしよう」

コウが指した先には、大小13個の箱。
どれも例の『裏通り』で落とした品々だ。
彼女が自主的に落としたものもあるけれど、シャルナークの指示により落としたものもある。
コウが困っているのは、後者のことだ。

「…コウが落としたんだ。貰っておけばいい」
「え、こんなの要らない」

箱の一つを持ち上げ、コウは即答した。
中に置かれた瓶に詰められた良く分からないけれども気色の悪い生物が、ぎょろりとした目で彼女を見る。
とてつもなく高価なものだ。
分かっているけれど…生理的嫌悪と言う奴の所為で、思いっきり窓から放り投げたくなってしまう。
箱を指先で摘んで移動させるコウを見て、クロロは苦笑を浮かべつつそれを取り上げた。

「必要ないものはまた売ればいい。3倍の額を提示してオークションに流せ」
「…詐欺…」
「何を言ってるんだ?裏通りで落とした品は破格の値段なんだ、3倍でも安いくらいだぞ」

とりあえず、認識からして改める必要がありそうだ。

07.11.19