Ice doll   --- sc.013

「コウが消えた?」

痛いほどの視線を向けられたフィンクスは、微妙な表情を見せている。
あそこで彼女を見失ったとは言え、見つけられなかったことが悔しいのだろう。
神経をすり減らす限界の所まで円を使ったものの、人の多い街中で彼女一人を見つける事は不可能だった。

「逃げたか?」
「いや、それはないよ。コウは自分の実力はよくわかってる。
団長から全部教わらないうちに、ここを出て行くとは考えられない」

自分自身の特異性はよくわかっている。
だからこそ、団長の教えを請うているのだ。
フェイタンも本気で言ったのではないだろう。
彼はシャルナークの返事に沈黙した。

「…そうか。失念していた」

クロロがポツリと零す。
何の事だ?と首を傾げる面子の視線を受け、彼は説明するように口を開いた。

「アイス・ドールは双子で生まれる。特異体質を分け合う以上、一卵性と考えて間違いは無いだろう。
そして、コウの片割れは裏世界に売られた―――つまり、コウと同じ顔の写真が出回っている可能性が高い」
「あ、そっか。そう多くはないし、安くも無いけど…写真は得ようと思えば得られる」

このメンバーの中では一番詳しいであろうシャルナークがそれに頷いた。
彼自身も、コウが来てからその手の写真を集めたのだ。
その中に彼女と同じ顔を持ったアイス・ドールのものはなかったけれど。
漸く他のメンバーも納得がいったようだ。
なるほど、と頷く彼らを一瞥してから、クロロはフィンクスに目を向ける。

「…身に覚えはあるのか?」
「………あぁ、ある。一瞬だが、殺気を感じたからな」
「殺しは厳禁。それがあだになったか…」

クロロは軽く眉間に皺を寄せてそう呟いた。
彼女が弱いとは言わない。
数週間ではあるが、自分が鍛えたのだ。
本来の素質も手伝い、今では自分達の仕事にもついてこられる程度には強くなっている。
つまり―――そんな彼女が、自分だけではどうしようもない状況であったと言う事だ。

「大した実力者だな。街中で手を出すとは…」
「明らかにアイス・ドールの存在を知ってる奴だね。その方面から調べてみるよ」

そう言うと、シャルナークは早々に席を立ってパソコンの傍に歩いていく。
カタカタとキーを叩く音が室内に響いた。
誰も何も喋ろうとしない。

「…有力候補は3人だね」

程なくして、シャルナークがそう告げる。
読み上げるよ、と前置きしてから、彼はディスプレイに表示されたそれを見た。

「イズノール家。表は大手貿易会社の社長だね。裏では人体収集家として結構有名。この街に来てるみたいだよ。
次がフランク家。表裏共に人体収集家として名高いね。あぁ、暗殺もちょっとだけ。目撃情報がある。
で、最後は―――」

そう言った彼は、一旦そこで言葉を途切れさせた。
不自然に途切れた声に、皆の視線が集る。

「最後は、ゾルディック家。説明は…要らないね。空港に、自家用飛行船の利用記録が残ってる」

この場でその名前を知らない者はいないだろう。
それほどに、裏世界に名を馳せている家だ。

「―――…決まりだな。動機が見えないが…弱い奴にコウが連れ去られるとは考えにくい」

クロロの言葉に反対の意見を出す者は居なかった。
一度はシャルナークに集った視線が、再びクロロへと向けられる。

「団長。どうするの?」

皆の言葉を代表し、パクノダが声を発する。
その問いに対し、たっぷりと時間を取った後、クロロは顔を上げた。

「当然―――奪い返す」

クロロの言葉にアジトが揺れた。












「団長にしては随分動きが早いな」

決行は明日―――そう伝えるなり、クロロは解散と言い渡した。
各々が好きに動き出す中、フランクリンがそんなことを呟く。

「そりゃ、そうだろ。団長はコウを気に入ってるからな」
「それにしてもよー…まさか、ゾルディックに手を出す事になるとはな」
「何、ノブナガ。怖いの?」

マチに問われ、彼は「まさか」と首を振る。
怖いわけではない。
ただ、ゾルディック家はあまりにも有名すぎた。
だからこそ、そう簡単に手を出すとは思わなかったのだ。
団長が即座に奪い返すと踏み切った事に対し、各々少なからず不思議に思っている。

「今まで生きてきた環境も大きいんだろうけど…コウは、守られる事に慣れてる。でも、それを良しとは考えてない」

その辺が関係しているんだと思うよ、とシャルナークが告げた。
彼女は周囲によって大事にされる事に慣れている。
しかし、彼女自身がそれを望んだ事は、一度だってないのだ。
出来るならば自分で―――そう考える彼女だからこそ、色々と手を焼きたくなってしまう。
そうして、まるで蜘蛛の糸に絡まるように、彼女から抜けられなくなる。

「…コウが笑ったんですって」

パクノダが静かに零した言葉に、そこに集っていた面子が驚きの表情を見せる。
彼女はクロロが去っていった扉の方を見つめ、溜め息を吐いた。

「コウが笑たところ、見たことないよ」
「ええ。でも、団長が許可したら、ありがとうって…笑ったらしいわ」
「なるほどねー…そりゃ、手放せなくなるよ」
「シャル、どう言う事?」

マチがそう問いかければ、彼は爽やかに微笑んで答える。

「ただでさえ大事にしてるのに、そんな風に打ち解けられたら…いくら団長だって情が湧くってこと」

無理もないね、と笑いながら、自分の助言は間違っていなかったと思う。
彼女に念を教える事を薦めた結果、ちゃんと気を許してもらっているではないか。

「いつの間にか、コウの魅力に雁字搦めだね。蜘蛛なのに」

さもおかしそうに笑う彼に、同意の視線はあれどそれを否定するものは無い。
本来は捕獲する側である蜘蛛が雁字搦めとは…まったく、世の中不思議なものだ。

「それにしても…本当にゾルディックなの?」
「あぁ、多分間違いはないよ。空港を出発したのが、昼過ぎだからね。
カーム=フランクの目撃情報は午前午後共に数件。ノイン=イズノールは午後1時から街一番のビルで会議」

アリバイと言うのは変かもしれないけれど、昼以降に街を離れているのはゾルディックだけなのだ。
人体収集家と名乗る者がアイス・ドールを捕らえたとして、以降もそんな風に街中をうろつく筈がない。
それを考えれば、唯一街を離れているゾルディックに絞られるのは当然のことだろう。

「それにしても…フィンクス。あんた、何してたわけ?」

一緒だったのに、コウを見失うなんて。
責めるような視線を受け、フィンクスは軽く舌を打つ。
自分だって油断していたとわかっている。

「フィンクスは詰めが甘いね。油断大敵よ」
「…あー…悪かったっての。確かに、油断してた」
「まぁ、過ぎちまったもんは仕方ねぇだろ。コウを奪還して解決だ。何の問題もない」

珍しくも、庇うような言葉を言ったはウボォーだった。
しかし、彼の表情を見て納得する。
要するに、大暴れできる機会を得たことが満足らしい。

「ゾルディックか…」
「今はまだ、蜘蛛よりは有名ね」
「そりゃ、仕方ないよ。何代も続いている上に、成績はトップクラス」

そっちの業界では、狙われれば生き残る事は不可能、と噂されているくらいだ。
そして、それは噂ではなく、事実。

「全面対決になれば…大仕事だな」

誰かの言葉に、各々が頷いた。

07.10.26