Ice doll   --- sc.012

「…すごい人」
「この程度、普通だろ?……あぁ、そっか。お前、村から出してもらえなかったんだったな」
「ええ。街中って、こんなに人が溢れているものなのね」

知識として知っていたことではあるが、実際に見ると圧巻されてしまう。
多少周囲に意識を取られつつも、目立つような行動を取らないコウに、フィンクスはほっと安堵する。
子供のようにきょろきょろと興味深く行動されたのでは、堪ったものではない。
尤も、彼女に限ってそんな行動はありえないだろうけれど。

「何を買いに行く?」
「本」
「……団長に持ってきてもらった奴で満足できないのか?」

また嵩張る物を…と思いつつ、そう言う。
すると、彼女は少しばかり悩むように口を閉じた。

「とりあえず、見るだけ。色々と知らない分野もあるって聞いたから」
「分かった。本屋は…向こうだな」

一瞬で案内板と現在位置を把握し、その方向を指差す。
コウ自身もやや遅れるも自分で確認できていたようだ。
そちらに向けて歩き出す彼に置いていかれないようにと、少しだけ足早に歩き出す。

「本なんか読んで楽しいか?」
「それ、団長にも聞いてみればいいと思うわ」
「…遠慮しとく」

わかるまで読んでみろ、とでも言われて山のような本を渡されるのが落ちだ。
肩を竦めるようにしてそう答えた彼に、コウは表情を柔らかくする。

「つまらないなら別行動する?私、暫く本を見ているから」
「そうだな―――いや、やめとく」

一度は頷きかけ、はっと思い出したように首を振る。
荷物持ち、と言うことになっているけれど、コウの護衛も兼ねているのだ。
離れるのはまずい。
ただでさえ休日に被ってしまって人が多いのだから、逸れれば見つけるのは面倒だ。
円を使えばすぐに見つけることが出来るだろうけれど。

「そう?ごめんね。出来るだけ早く済ませるから」

ああ、そうしてくれ。
フィンクスはそんな思いを込めて頷いた。















本屋に入ること数分。
新たな本との出会いを求めているわけではないフィンクスは、暇を持て余して人間観察をしていた。
別にこれと言った発見があるわけではない。
ただ、どいつもこいつも一撃で潰れそうだな、なんて物騒なことを考えていたくらい。

「?」

そんな中、彼はふと視線を感じた。
だが、即座に自分の視線を打ち消すように気配までもが消える。
気のせい―――ではない。
自分に向けられたものではなかったが、それに近いものであったことは確かだ。
彼はやや警戒を深め、本の背表紙を追うコウを見た。
すでにあの視線を感じることは出来ない。
相手は完全に気配が消えた位置も把握させないほどの実力者、と言うことだ。

「フィンクス。行こうか」
「…ああ。もういいのか?」

そちらに意識を集中させていたからだろうか。
コウが声を掛けてきたことに、少しだけ肩を揺らしてしまった。
彼女はそれを気にすることなく本屋から出て行く。
何かを買った様子はない。

「気に入ったのはなかったのか?」
「んー…あったけど、今日はやめとくわ」

何だかはっきりしない答えだ。
今日はやめておく理由が分からず、彼は心中で首を傾げる。
そんな彼に気づいた彼女は、まるで雑談するのと変わらない表情で口を開いた。

「変な気配、気になるんでしょう?」

何を言われたのかわからなかった。
間抜けにも呆気に取られた表情を浮かべたフィンクスに、彼女は続ける。

「結構な実力者のものだと思ったんだけど…違った?」
「いや…。気づいたのか?」

あれほど自然にしていた彼女が、あのほんの一瞬の視線に気づいたとは。
その事実に驚きを隠せない彼。

「こう言う風に生まれたから。対抗する術はなくても、早くに気づけば対処する事は出来るでしょ?」

逃げるにしても戦うにしても。
事も無げにそう答えたコウに、彼女なりに苦労してきたのだと悟る。
恐らく、村が襲われたのはあれが初めてではないのだろう。
頻度が高くないにしても、数えられる程度には狙われているのであれば、彼女の言葉も頷ける。

「もう帰った方がいい?」
「…いや、問題はないだろ」

暫し考えるように沈黙してから、彼はそう答えた。
そう言うならば、とコウも頷き、次なる目的地を探すべく案内板を見上げる。















アジトを出たのが朝の10時くらい。
それを考えれば、大体2時間くらいのらりくらりと街中を歩いたことになるだろう。
昼頃と言うこともあり、レストラン街は活気に溢れていた。
油断すればすぐに逸れそうなほどに。
そんな中、コウは人波の合間に見えたそれに、目だけではなく意識を丸ごと奪われた。

「コウ?あ、おい!一人で行くな!」

そんな声が背中を追ってくるのが聞こえていた。
けれど、立ち止まることは出来なかったのだ。
コウの脳裏にあるのは、波の合間に見えた横顔を追うことだけ。

「…兄さんっ!」

あるはずが無い。
兄は、あの日クロロの手によって命を落とした。
頭では分かっているはずなのに、感情はそれに追いつかない。
いつの間にか、その姿を見たと思った場所に来てしまっていた。
もちろん、そこに彼の姿は無い。

「…ある筈…ないのにね」

そう呟き、苦く笑う。
やや肩を落とし、来た道を戻ろうとくるりと身体を反転させる。
そこで、彼女は見てしまった。

「――――っ!」

ゾクリ、と全身の血が騒ぐ。
逃げろと訴える本能のままに足を動かそうとしたが、相手の方が早かった。
後遺症を残さない程度に、けれども強い手刀を受け、彼女の意識は落ちる。
いや、咄嗟に念でガードしたため、完全に意識を失うことは無かった。

「まさかこんな所で見つけるとは思わなかったなぁ」

彼女を受け止めた男は、明るい口調でそう呟く。
意識は失っていないものの、視界は揺れ、身体は力を失っている。
それから、人ごみの向こうに彼女の連れの姿を見つけ、人の波に紛れるように身を引いた。
気配の名残すらも残さず、一瞬でその場から消える。

07.10.23