Ice doll --- sc.005
「名前は?」
「……………」
「お前の念は特質系か?」
「……………」
「………団長。もういい加減に諦めたら?」
背中で腕を縛られた状態のまま座らされているコウと、その前のソファーに浅く腰掛ける団長、クロロ。
そんな二人の、会話と呼ぶにはあまりに一方的な遣り取りを見ていた団員、マチが呆れた風に問う。
沈黙しているのは彼女の方で、質問を重ねているのはクロロだ。
彼女が目を覚ましてからと言うもの、何度この遣り取りを見たか分からない。
「記憶を見ようか?」
二度目の遣り取りの時に、パクノダがそう問うた。
しかし、クロロはそれに対して首を横に振る。
「本人の口から直接聞きだす」
そう言って、彼女の念能力を使う事を拒んだのだ。
始めこそ面白そうに見ていた団員達も、状況が動かない事に飽きてきたようだ。
まずフィンクスとフェイタンが飽きた。
すでにアジトに彼らの姿はない。
二人で揃って出て行ったことから、町に出て意味もない盗りでも繰り返しているのだろう。
次にウボォーギンが部屋を出て行った。
自分が使っている部屋の方に向かっていった事から、恐らく睡眠でも貪っているのだろう。
残ったメンバーは、二人の遣り取りが気になるのか今もこの場を離れる気配はない。
「この調子だと、もう一度緋の眼を見せろ、と言っても聞かないだろうな」
「……………」
ふい、と顔を背ける。
腕を縛られているので耳を塞ぐ事は出来ない。
せめてもの抵抗のつもりなのだろう。
声すらも発しないのは、それが念の発動条件となりうる可能性もあるのだと教えられたからだ。
「ねぇ、団長。この子、殺すつもりはないんでしょ?」
「あぁ」
「なら、仕方ないね。この人形みたいな顔を傷つけるのも勿体無いし…他の奴を使えば?」
ピクリと肩を揺らすのを、彼らは見逃さなかっただろう。
シャルナークの言葉に、クロロは少しばかり悩むような素振りを見せ、それから徐に携帯を取り出す。
「―――俺だ。今どこに居る?…………あぁ、そこか。丁度いいな」
どこかに電話をかけ出した彼は、その相手に向かって話を続ける。
と、不意にコウの方を向いて口角を持ち上げた。
「4~5人、適当に見繕って持ち帰れ。…いや、どんな奴でも構わない。女の口を割らせるのに使う」
「!?」
信じられないものでも見たかのように、コウの視線がクロロへと向けられる。
通話を終えた彼は、彼女へと視線を向けながら携帯を揺らす。
「さて…質問を戻そうか。別に答えなくても構わない。
だが、あいつらが帰るまでにお前が口を噤み続ければ…余計な犠牲が増えるだけだ」
人でなし、と声を上げることができれば、どんなに楽だったのだろうか。
無関係な人間だから、そう切り離す事ができたならば、それはコウではない。
三枚目の爪を剥がされ、椅子に縛り付けられた男がうめき声を上げた。
その声が、あの日の同胞の声と重なり、その状況を脳内へと呼び起こす。
顔を逸らしたくても、後ろから髪を強く掴まれて元の位置へと戻されてしまう。
「まだ喋る気にはならないらしいな。フェイタン、次だ」
ソファーに凭れかかる様に向きを変えられたコウの背後には、クロロが居る。
耳元に掛かる低い声に、ザワリと背筋が粟立った。
恐怖や嫌悪感と言った負の感情よるそれだ。
「四枚目ね」
嫌な音が瓦礫の多いこの部屋の中に響き、絶叫が木霊する。
やめてくれ、と繰り返す男の声に、コウは目を閉じた。
「…っ!もうやめて!私を殺せばいいでしょう!?」
クロロにとっては一週間ぶりの、彼女の声が室内に響く。
常人にしてはよく耐えたほうだろう。
自分が原因で、見ず知らずとは言え同じ人間を、一日かけて拷問されるのを見せられる。
0時の鐘の音と共に無残に散る命に、彼女が一夜中声を殺して泣いた事を知っていた。
それでも口を割ろうとしなかったのは、彼女の意地かそれとも同胞への弔いか。
拷問三日目にして、彼女は漸く制止の声を上げた。
「質問に答えろ」
「――――っ!」
「フェイタン」
「やめて!!私を殺してよっ!!」
「お前を殺す気はない。次だ」
冷静すぎる声が振ってきて、躊躇いなく次の指に手をかけるフェイタン。
やめて、と言う声を再び発する前に、1センチ四方のそれが血飛沫と共に宙を舞った。
耳を劈く悲鳴が凶器となってコウを襲う。
「もう一度聞く。お前の名前は?」
「…………コウ」
脱力したように俯き、彼女は漸く己の名を口にした。
頬を伝う涙が顎を離れ、着衣の布地に染みこむ。
「念能力は特質系か?」
「そうよ。奪いたければ…奪いなさい。この能力はクルタの誇り。あなたのような盗賊には扱えない」
涙に濡れ、憎しみの篭る目がクロロを射抜く。
その眼差しに怯む筈もなく、彼はなるほど、と呟いた。
「緋の眼が条件か。道理で強い念になるわけだな。確かに、盗んでも俺には使えそうにない」
「っもういいでしょう!?その人を解放して!」
「まだだ。緋の眼を見せろ」
クロロの冷たい言葉にコウは再度俯いた。
出来るならば、こんな男に見せたくはない。
感情の昂ぶりによって現れる緋の眼は、クルタ族の象徴だ。
コウが躊躇っている事に気付いた彼は、わざとらしく溜め息を吐き出す。
そして、彼女から視線を外し、次の指示を待つフェイタンの方を見た。
「フェイタン」
「っ!」
冷ややかな声が飛び、コウは瞼をギュッと閉じた。
次の手の爪に手をかけたフェイタンだが、オーラの絶対量が増えていく彼女に、その動きを止める。
近づきすぎず、離れすぎず。
様子を見ていた団員達も、コウへと視線を集める。
ザワリと彼女の金髪が揺れ、頭皮の方から毛先へとその毛色が変化していく。
まるで色を失っていくように、アイスブルーへと変わった。
最後の抵抗として、閉じている瞼。
「眼を見せろ」
そう言われ、コウは諦めたようにゆっくりと瞼を開く。
深い緋色の眼。
彼女の仲間から取ったどの緋の眼よりも、美しい緋色を宿している。
「へぇ…だからクルタの氷宝って言うんだ」
その事実を調べ上げたシャルナークが感心したように呟いた。
予想以上の変化に、一同は言葉を失う。
殺すなと言った団長の言葉が、漸く理解できた。
―――彼女は生きているからこそ美しい。
07.09.30