Free act.59
「これはまた…豪快にやっちゃってくれましたね……」
仰ぐような姿をその場に佇ませていた筈のそれは、見る影無く崩れ落ちている。
自分の前にある瓦礫の山を見つめ、コウはポツリと呟いた。
彼女の背後には数十と言う人間がそれぞれ地面を舐めているのだが、そんな事はどうでもいい。
「悪かった」
「や、別にいいけどさ…」
相変わらず隣に立つ男の能力は底が見えない。
コウがその強度を保つようにと、まさしく念には念を入れた門が、今は見る影もなかった。
自分の努力を一瞬のうちに無に返されたような軽い焦燥感。
それと同時に、彼の完全復活を間近で認める事が出来た事に対して少しばかりの歓喜。
隣で申し訳なさそうに頭を下げられては、元々優しい彼女が咎める事など出来る筈もない。
「馬鹿力ね」
「…久しぶりだと加減は難しいな」
「じゃあ、今度はクロロが加減しなくていいような門を作ってもらう事にするわ」
笑ってそう言うと、コウは手に持ったままだったケータイで屋敷に電話をかける。
後ろで這い蹲っている連中の始末を任せる為だった。
「それにしても…結構な大所帯だったみたいね」
折りたたみ式のそれをパカンと閉じ、彼女は背後を振り向きつつそう呟いた。
一応全員息はあるようで、時折苦しげなうめき声が会話の後ろに重なる。
尤も、大半が意識を失っているので、声を上げるのはごくごく少数のみだが。
どこで揃えたのか、一様に少し間の抜けた柄のプリントされた服を着ている事から同じ団体である事は明白。
「お前の首を取りに来て、ついでに俺の存在を知ったらしい」
「ふぅん…どこから漏れたんだかね」
「三日前の大富豪の依頼主からだ。懸賞金に目が眩んだんだろう」
事も無げにあっさりとそう答えたクロロに、何故知っているのだと言う視線が彼に向けられる。
彼は口元に笑みを浮かべ、団体さんから離れた位置で瓦礫に背中を預ける一人を指差した。
「聞き出した」
「なるほど。何かあの人だけやたら怪我が酷いと思ったけど…」
そう言うわけだったのか、と納得する。
まるで死んだように眠って…否、意識を飛ばしている男を見れば、ご愁傷様という言葉が脳裏に浮かぶ。
クロロの目に付いた彼の運が悪かったと言えよう。
どこから調達したのか、4tトラックで門まで連中を迎えに来た使用人二名。
てきぱきと一人ずつをワイヤーで縛り上げ、半時間と掛からずに彼らを連れて屋敷へと戻っていった。
それを見送り、コウとクロロはとりあえず門の現状把握のために動き出す。
再利用不可能と判断された門は、専用の業者に回収してもらった。
暫くは馬鹿でかい口を開いたままと言う事になってしまうが、門の先にある森もそれなりに危険なので問題はないだろう。
「そう言えばさ…」
ベッドの上にうつ伏せたまま、肘を立てるようにしてカタログを覗き込んでいたコウ。
足元の方向に置かれているソファーで読書をしていたクロロが顔を持ち上げた。
何だと問いかければ、彼女は振り向かないまま続きを告げる。
「皆に連絡しなくていいの?」
「何を?」
「何をって…除念が完了したって事」
惚けているなら、大したものだ。
しかし、彼の声は本心からそう言っているように聞こえ、見えない事をいい事にコウは呆れたような表情を浮かべる。
「あぁ、それか…」
「(それ扱い…。心配してくれてる皆が気の毒ね。)」
コウのケータイには、一日おきくらいにメンバーからのメールが入る。
いつ除念出来るのだやら、信用出来る除念師なのか。
そんな風に、過保護すぎる親のような心配ぶりを発揮しているのだ。
“いつ”と言う事に対してははっきりと答えられていないのだが、それからもメールは途切れていない。
愛されているなぁと思わず笑みが零れる。
クロロにそう言えば、きっと複雑そうな顔をするのだろう。
「コウ?」
「何でもない」
クスクスと笑っていたコウは、耐え切れなくなったのか額をシーツの上に乗せたカタログに押し付ける。
その様子は彼女を足元のクロロにも見えたらしく、訝しげな視線と声が彼女に向けられた。
何とか笑いの発作を抑えると、コウは再びカタログの一ページを捲る。
「心配してるから連絡した方がいいよ」
「…そうだな。一ヶ月くらい後には連絡を入れておくか」
「何で一ヶ月?」
今すぐにでも連絡してしまえと思うコウにとって彼の『一ヶ月』の基準がわからない。
ここに来て漸く彼の方に頭を向ける彼女に、彼は優しい微笑を返した。
「コウとゆっくりしたいからな。一ヶ月でも足りないくらいだ」
「………………………………………」
彼の言葉に、その黒曜石の目と視線を合わせたまま沈黙する事数秒。
突然ふいと顔を元の方向に戻した彼女に、クロロはクスクスと笑った。
「照れたのか?」
からかい半分で問いかけてみれば、案の定答えはない。
カタログに集中しているように見せていて、実は内容など全く見えていないだろう。
今の彼女の表情をありありと想像出来る彼は、笑いを堪えきれない様子だった。
彼がその腰を上げれば、ソファーのスプリングがキシリと軋む。
その音に、彼女の肩がピクリと揺れたのを見逃すようなクロロではない。
いつもの癖で足音を消してベッドの横に回りこみ、改めてそこに腰を下ろす。
座った状態から彼女を覗き込めば、意図的に視線が逸らされる。
だが、完全に隠す事のできない頬の赤みが彼女の現状を如実に語っていた。
最後とばかりにクスリと笑い、彼の少し骨ばった手がコウの銀色の髪を撫でる。
漸く戻された、拗ねたような視線は、すぐに柔らかいそれへと変化した。
「何を見てるんだ?」
「誰かさんが完膚なきまでに破壊の限りを尽くしてくれた門の代わり」
「………悪かった」
先程のお返しのつもりなのか、若干棘のある言葉。
それが誰を指すのかわからないはずもなく、クロロは今日何度目かわからない謝罪を口にした。
別にそれが聞きたかったわけではない彼女は、それ以上謝るなと言ってまた視線を戻す。
チェックのために使っているのか、カタログのすぐ脇にはボールペンが置かれていた。
「ついでに倉庫の壁も修理してもらわないと…」
「壊れたのか?」
「うん。ルシアとスノウがじゃれあってて壊したの」
コウがそう答えれば、意外そうな声を上げるクロロ。
倉庫と言ってもプレハブのようなそれではなく、屋敷の三部屋ほどの大きさのもの。
彼女の趣味の品が保管されていると言う事もあり、造りはかなり頑丈だ。
それを知っている彼は、ルシアとスノウが壊したと言う事に驚きを隠せない様子だった。
「珍しく我を忘れるほどに楽しんだみたいでね…侵入者用の罠を作動させちゃったのよ。
しかも、一番面倒な自動追尾機能付きのロケットランチャー(念補強済み)。
執事が一目惚れで買ってきたけど危ないから辺鄙なところに仕掛けてあったのよ。今回、運悪くそれが作動」
持ち前の運動能力を生かし、彼らに怪我はなかった。
その代わりに被害を受けたのが倉庫の壁だ。
ぽっかりと開いた穴を前に耳やら尾やら頭やらを垂れる二匹の姿は、まだ記憶に新しい。
彼らの為にも早く直した方がいいだろうと考えていた矢先、今度はクロロが門を破壊した。
「一気に工事を頼めるから楽といえば楽だけど」
「金が掛かるな」
「それも問題ない。敢えて言うなら、赤の他人を敷地内に入れなきゃいけないって言うのが嫌」
「………それは避けられないだろ」
「やっぱり?あ、これなんてどう?」
例えようも無く奇抜なデザインのそれを指差すコウに、クロロは文字通り固まった。
彼の反応を見て即座に冗談よ、と答えが返ってくる。
ペラペラとページを戻し、三つほど赤いラインで印のつけられたそれの載るページを彼の方に押し付けた。
「その中から選ぼうと思うの。どう?」
「好きにしたらいいんじゃないか?」
「同居人の意見くらいは欲しいんだけど」
くれないの?とでも言うかのような、見上げる視線。
きょとんとしたクロロだが、言葉を理解して笑みを刻んだ。
彼女の髪を梳く手は止めずに、渡されたカタログを持ち上げて内容を拾い上げる。
いつに無く真剣だな、と考えていたという事は、彼女だけの秘密だ。
06.06.21