Free  act.60

指笛に誘われるように、広大な森の木々を避けて走る狼の姿。
その背には、小さな二つの姿があった。
楽しげに笑い声を上げながら、それでも振り落とされないようにとしっかり銀色の毛並みを握り締めている。
やがて森を抜け、中庭に入ってそこから開けっ放しの扉を潜った。
足元に置かれているマットで大きく太い足を綺麗にしてから屋敷内に上がってくる辺り、躾が行き届いている。

「「ただいま!」」

ルシアが器用に鼻先でホールの扉を開いた。
二つの声に、中に居たコウが振り向く。
トンとルシアの背中から飛び降り、一目散に彼女に向けて駆けて行く二人。

「おかえり。クリス、カイ」

適度に力を調節してきたのか、さほど衝撃も無くポスンと足に飛びつく彼らにコウは微笑む。
ただいま、と声を揃える二人の髪は、走るルシアの背で風を浴びていた所為か酷く乱れていた。
それに気付いていない様子の双子の頭を撫でる。

「お父さんがお客様を迎えに行ったわ。一緒に迎えて、案内してきてくれる?」
「「うん!」」

満面の笑みで頷くと、クリスとカイはぱっとコウから離れて、開け放たれていた扉を飛び出していく。
弾丸の如く走り去る彼らの背中は、瞬く間に見えなくなった。
彼らの反応にクスリと笑い、コウはテーブルの上にお酒を移動させる。
宴会の準備は着々と進められていた。
















「きゃー」やら「高いー」と言った喜びに溢れる声が廊下の向こうから聞こえてきた。
覚えのありすぎる声に、コウはそっと口角を持ち上げて微笑む。
丁度準備も終わったことだし、と自分もドアのところで彼らを迎えることにした。
ホールに運び込まれたテーブルには所狭しと綺麗な料理やら酒やらが並んでいる。

「いらっしゃい。久しぶりね」

先頭を歩いてきたのは、クリスを肩に乗せたクロロ。
彼の後ろには数ヶ月ぶりに顔を合わせた旅団のメンバーが居た。
ちなみにカイはフィンクスの肩に乗って、彼の髪で遊んでいる。

「ご苦労様」
「ああ。準備は出来てるか?」
「出来てるわ。後は皆が揃えば完璧」

そう言ってコウはクロロの肩の上に乗るクリスを撫でた。
クリスと言う少女は自身によく似ていて、髪の色だけが父親譲りの黒。
幼いながらも整った顔立ちは、彼女の成長を楽しみに思わせるには十分だ。
クロロはコウに向かって手を伸ばすクリスを肩から下ろすと、そのまま彼女の手へと預ける。
そして準備の整っているホールの中に入っていった。

「久しぶり、コウ。何か、日々成長してるね」
「本当。クリスはコウに似て美人になりそうだよね」
「久しぶりね、マチ、シズク。集まったのは4人?」

女性二人組みに声を掛ければ、そうだと言う返答が返って来る。
普段は世界中で適当に日々を過ごしている旅団メンバーだから無理は無いだろう。
辛うじて連絡の付き易いメンバーが集まった、と言ったところか。

「フィンクスにシャルナーク、マチにシズクか…ノブナガは?」
「ウボーの墓参りとか言ってたよ。実際はどうかわからないけどね。時間があれば遅れて来るんじゃないかな」

コウの質問に答えたのは、クロロに続いてホールに入ろうとしていたシャルナークだった。
恐らくノブナガと連絡を取ったのが彼だったのだろう。
旅団では一人に連絡を回し、その一人がまた一人誰かに連絡を回す事になっている。
学生時代の連絡網のような仕組みだが、違うところは気分によって連絡する相手が違うと言う事だろうか。
その所為で、連絡が被ると言う事も時々…いや、よくある事だった。

「シャル兄肩車!」
「いいよ。おいで」

いいお兄さん、と言った感じの彼はクリスの声に頷いた。
コウの腕に抱かれていた彼女は、その短い腕を精一杯伸ばす。
その微笑ましい様子に笑みを浮かべ、コウは彼に彼女を手渡した。
時々コウと情報の交換を行う事もあり、彼はよくこの屋敷を訪れる。
そのおかげか、クリスを抱き上げる彼の手つきは手馴れたものだ。

「クリスはシャルの肩が好きね」
「うん!シャル兄優しいもーん」

子猫宜しく、彼の後頭部に擦り寄る彼女は何ともいえず可愛らしい。
この年齢でもコウと似ていると感じるのだから、彼女も幼い頃はこんな風だったのだろうか。
その場に居た全員の脳裏にそんな考えが過ぎる。
それを確かめる術など持ち合わせていないが。















今回の宴会は、コウが偶々依頼人から極上の酒を大量に譲り受けたからだ。
一週間しか持たない上に、二人だけでは到底飲みきれない量のそれ。
どうしようかと考える間もなく、彼女は旅団メンバーに連絡を入れていた。
宴会が始まってすでに二時間。
流石に酒にも強い輩ばかりで、今のところ特に変わった様子は見られない。
子供二人が参加しているが、彼らは除け者にされる事無く…寧ろ、膝の上に乗せられたりと可愛がられていた。
そんな時、事は起こる。

「母さーんっ!」
「カイ、どうしたの?」

ぴょんと膝の上に飛び乗ってきた彼に、にこりと微笑みを返すコウ。
彼は満面の笑みを浮かべて、次なる行動に出た。

「あははははははははははははっ!!」
「…は?」

突然訳も無く笑い出すカイ。
自身と同じ銀髪はクロロの髪質を受け継いでいて、癖の無いストレート。
それを振り乱し、カクカクと頭を揺らし、彼はただ只管笑う。
思わず間の抜けた声が漏れるのも、決して無理のあることではない。

「…クロロ。何飲ませたの」

コウは、未だ笑い続ける彼を見下ろしていた視線を、先程まで彼が居た場所へと移動させた。
そこに居たクロロは、カイの変化に苦笑を浮かべている。

「酒」
「酒って……未成年も未成年、こんな子供に飲ませるような優しい酒じゃないでしょう!」
「いい酒の味を覚えさせようと思ったんだが………予想外なことに、笑い上戸だったらしいな」

未だ笑いっぱなしのカイに、クロロも苦笑を消すことが出来ないようだ。
自分とてこの年のころには酒を飲まされていたが、アルコール度数が違う。

「酒の味って…」
「母さん好きぃー!!」
「……あー、もう。どうするのよ、この子」

べたりと軟体動物の如く、コウの首に抱きつくカイ。
いつもよりも数倍高いテンションは、彼が明らかに酔っ払っていることを示していた。

「…酒に弱いみたいだね、カイは」
「マチ。カイの事気に入ってるって言ってたわよね。貸してあげるわ」
「遠慮しとくよ。酔っ払いの世話ほど大変なものはないから」

若干口元を引きつらせて断るマチに、コウは長い溜め息を吐き出した。
息が酒臭くなるほどに飲ませるなとクロロを怒鳴りつけたいところなのだが、膝の上に彼が居てはそれも出来ない。
ごろごろと喉を鳴らしそうなほどご機嫌に擦り寄るカイの頭を撫でつつ、彼女はハッと我に返った。
そして、慌てて首を持ち上げてクリスを捜す。
双子なのだから、彼女も酒癖が悪いかもしれない。
飲んでしまう前にと彼女を捜したのだが―――

「おーい。こっちでクリスも飲んでるぞ。ビン一本」

向こうのテーブルの並びで、フィンクスがそう声を上げた。
そう大人数でもないので彼の姿はすぐに発見できる。

「ビン一本!?それ以上飲ませないでね!」
「ほら、クリス。お母さんが怒るからそれで終わり」

一番近かったシャルナークが、次なるビンをラッパ飲みしようとしていたクリスの手からそれを奪う。
不満げに口を尖らせる彼女は何とも可愛らしいが、酒が入っているので何をするかと言う不安が先立つ。

「別に酒くらい問題はないだろう」
「いつの間にこっちに来たの?」

向こうのテーブルに居たはずのクロロが、いつの間にかマチに入れ替わって隣に座っていた。
むっとした表情を見せるコウの腕の中では、笑い疲れたのかすでに夢の中のカイ。
破壊行動に出ないだけマシと言うものだろう。

「酒くらいって言うけど…子供の時の飲酒は身体に良くないわよ」
「その点なら、コウの娘なんだから大丈夫だな」

そういう問題ではない、と言うべく口を開いたコウだが、彼女よりも先に声を発したのはクリス。
彼女はにこにこと溢れんばかりの笑顔でシャルナークに飛びついていた。

「あたしねー!大きくなったらシャル兄と結婚するのー!」
「いいよ。待ってるからいつでもおいで」
「フィン兄とも結婚するの!」
「おいおい。結婚は一人だぞ」
「うにゅ………じゃあ、シャル兄」
「あはは!振られたね、フィンクス」

隣に座っていたクロロが、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がる。
コウはその様子に苦笑を浮かべ、カイを抱きなおした。

「前言撤回。問題ありすぎだ」
「でしょう?」

つかつかと彼らの元に歩いていくクロロに、コウは楽しくて仕方が無いと言った様子で笑う。
娘と言うのは、幼い頃に「お父さんと結婚する」なんて可愛らしいことを言ってくれるものだ。
だが、クリスは未だそう言った発言をした事は無く…初めてはシャルナークに向けられた。
面白いところで親馬鹿を発揮してくれた彼は、シャルナークの膝の上からクリスを抱き上げる。

「…うわ…クロロがヤキモチやいてるよ」
「クリスはお嫁に行けるのかしら…」
「団長も大変だねー。クリス、大人になったら男が放っておかないよ」

小さな少女を奪い合う男性三人を眺めて、女性三人はこんな会話をしていた。
彼女らは酒を控えめに飲んでいる為に、男性陣ほど酔いは回っていない。
すでに発言に意味不明なところが出ているのだが、彼らは気付いていないだろう。

「いっそ、シャルとかが貰ってくれたら楽かもしれないわね」
「コウ。年齢差凄いから」
「んー…それもそうね…。20歳はちょっと離れすぎかぁ…」
「じゃあ、あの子達だ。ほら、ヨークシンで捕まえた子」

シズクが思い出したようにぽんと手を叩く。
コウは少し思い出すように首を捻り、そして「キルアとゴン?」と問いかける。
彼女が頷くのを見て、コウはゆるゆると首を振った。

「あの子達にしてもその差13よ。それに、クロロが猛烈に反対するわね」
「…ま、なるようになるんじゃない?あの子なら上手くやりそうだし」

どうやら予想通りにクロロがクリスを奪い取ったようだ。
すでに瞼が半分落ちている彼女を片腕に抱きつつ、彼はコウの元まで戻ってきた。

「クリスを寝かしつけてくる。カイも連れて行くから渡してくれ」
「この子完全に寝てるから危ないわ。私も一緒に行く」

そう答えてコウはカイを抱いたまま立ち上がる。
その反動で肩からずり落ちてしまいそうになった頭をもう一度肩に戻し、マチとシズクを振り向いた。

「この子達を寝かせてくるわ。もし疲れたなら、いつもの部屋を使ってくれていいから」
「あれ、どうする?」

テーブルクロスに沈んでいるフィンクスとシャルナークを指差し、マチが問いかけた。
少し悩んだ後、コウは苦笑交じりに「執事に頼んでおく」と告げる。
お子様二人の就寝を皮切りに、宴会はお開きとなった。






眠る双子の顔を見つめ、コウはクスクスと笑う。

「お父さんは心配性ね」
「何だ?急に」
「別にー?クリスはお嫁に行けるのかなって思っただけだから気にしないで」
「………少なくともあと30年は嫁に行かせない」
「…それだと行き遅れるわよ」

呆れたように息を吐き出し、カイの額に掛かった髪を脇へと払ってやる。
そして、そこに一度唇を落とし、クリスの額にも同様にキスを落とした。




スフィリア家は平和だった。
たとえ、幼い双子が初めての『二日酔い』に眉間の皺を深めて唸っていようとも。

The End.
04.06.27 ~ 06.06.27