Free  act.50

『私の大切な弟を殺したのは…実の親よ』

冷たい視線が、クラピカを射抜く。
浮かんだ嘲笑は、柔らかく微笑んでいた彼女とはまるで別人のようだ。

「楽でしょう?赤の他人なら恨むのも簡単。憎むのも簡単。殺すのも…簡単ね」

緩んだ手を振りほどくと、コウがそう言った。
クラピカは先ほどのコウの言葉に驚きを隠せない。

「恨めなくて、憎めなくて。ましてや殺すことなんて出来ない肉親…それが私の仇だった」
「――――っ…コウと私では」
「失った者の数が違う?」

言葉を被せるように言うコウに、クラピカは口を噤む他なかった。

「数で価値を図れるようなものではない事…あなたが一番よくわかっているでしょう」

そのコウの儚げな視線は遠くを見つめていた。
ふと、ルシアの耳が動く。

「…タイムオーバーね」
「何が…」
「この後パクノダが来るんでしょ?もう時間がないわ」
「…私は…」
「言いたかった事は、これで終わりよ。弟を迎えに来てくれたあなたへの忠告」

微笑を浮かべてコウはクラピカにそう言った。
下手をすれば自分の命も危ういような場所にキルアを迎えに行った事はまだ記憶に新しい。

「でも………いいえ、これは言う必要はないわね。あなたならわかってくれると思うから」

ゆっくりと首を振ると、コウはクラピカに背を向けて歩き出した。

「コウ!」

その背中にクラピカの声がかかる。

「時間だと言ったはずよ?パクノダを待たせないで」

振り返ることのない背中を暫し見つめた後、クラピカは踵を返し始めた。
やがてその気配が完全に消え去ると、コウは彼の去った方を振り返る。

「…でも…それでもクロロを殺すと言うなら…私も自らの手を友人の血で染めることになるわ」

語ることの無かった言葉は空へと溶け込み、その役目を終える。

















「このままどうするかな…」

雨を含んだ髪を絞るように結い上げると、コウはそう呟いた。
すでに旅団とは関係が切れたも同然と彼女自身は思っている。

「ま、キルアとゴンもいることだし…行きますか」

コウがしっかりと跨ったのを確認すると、ルシアは雨の中を走り出した。
目指すはアジト。






「また緊迫した空気ね…」

アジトに着いたコウが放った第一声。
その声には、少なからず呆れの色も交じっていた。
瓦礫に半分ほど埋もれた薄暗い通路を進み、皆が集まっているであろう部屋へと足を運ぶ。
入り口から入ってきたコウに一番に気づいたのはシャルナークだった。

「あ、コウ。お帰り」
「お帰りー。パクよりも早く出て行ったのに遅かったね。仕事?」
「お帰り、コウ。っと…そんな事よりもこいつらに言ってやってくれない?」
「やっと帰ったのかよ」

シャルナークから始まり、シズク、マチ、フィンクスと言葉が続く。
いとも簡単に受け入れられてしまった…と言うよりは先ほどの雰囲気など全く引き摺っていない様子。
そんな彼らに、コウは珍しく驚きの表情を見せていた。

「お帰りって…私、旅団抜けたんでしょ?」

コウがそう言えば、今度はメンバーらがきょとんとする番であった。

「……何で?」
「え…だって…私、クロロよりも旅団を優先させるなんて出来ないから…」
「あぁ、その事?コウがクロロ最優先は今に始まったことじゃないでしょ」
「いや、マチ…そう言う問題なの?」
「そんな事大した問題じゃねぇよ。コウは実力もあって、いざとなれば一人でも団長を助け出すだろうが」
「それはそうなんだけど…」

こんなにもあっさりしていていいのかと、逆にコウの方が問いたくなってしまった。
そんな彼女の心情を察してか、パクノダが静かに口を開く。

「コウは仲間でしょう?」

当たり前のように、微笑みすら浮かべて告げられた言葉。

「ありがとう…」

そんな彼らに、コウは最高の微笑みを返して言った。
















「それよりも。問題はパクノダを一人で行かせるかどうかって事なんだよね」

コウの帰還によって暫しずれていた話し合いが再び舞い戻ってきた。
彼女も皆から事情を聞いているために何とも言えない表情を浮かべている。

「当然コウはマチと同意見だろうな」
「まぁね…。フィンクス達の言い分もわからなくはないけど…」

コウはそう言葉を濁すと、苦笑を浮かべて事の成り行きを見守ることにした。
そんな時、ふとパクノダが思い出したようにコウを振り向く。

「そう言えば…鎖野郎から言われたわ」
「あぁ?まだ何かあったのかよ?」
「もしコウがアジトにいたなら…私と一緒に連れてくるように。そう言っていたわ」

目に見えて機嫌を悪くしたフィンクスを無視する形でコウに内容を告げる。

「私を?んー……了解」

鎖野郎、ことクラピカの意図がわからないコウは首を傾げた。
だが、断る必要も理由もない故に素直に頷く。
そうしている間に話は進んだようだった。
いつの間にか雁字搦めにされていた鎖を引き千切って、ゴンがフィンクスを睨みつけている。
皆がそれぞれに言葉を発している間、コウはそれを黙ってヒソカの隣へと移動する。

「ねぇ、ヒソカどこ行ったの?」

音量をかなり落としてコウがヒソカにそう問う。

「…何の事だい?」
「とぼけても意味ないわよ。針なしで顔変えちゃって…バレたらどうするの?」

そう言って肩を竦めたコウに、ヒソカはやれやれと溜め息をついた。
彼らしくない行動である。

「何でコウにはわかるかな…」
「何年一緒に暮らしてると思ってるのよ。侮らないでちょうだい」

論争を繰り返している仲間達の方へと固定していた視線をヒソカの方へ向ける。
その表情には笑みが浮かべられていた。

「言わないでよ」
「もちろんよ。その代わり……自力で逃げてね」
「わかった」

そして、漸く論争に決着がついた。
コウからすれば血が流れなかっただけでも良しと言うところだろう。
そうして、コウはパクノダと共にゴン、キルアを連れてアジトを後にする。

05.04.01
Rewrite 06.03.23