Free act.49
濡れた路面を車が走る。
異様なまでに緊張した空間がその中にあった。
「…さすがはコウだな」
クロロがそう呟いた。
彼の身体は幾重にも巻きついた鎖によってその動きを制限されている。
「先ほど言ったはずだ。発言には気をつけろ、とな」
再びクロロを打とうとした腕を遮るように、白い毛並みの狼がクロロのコートから飛び出した。
全身の毛を逆立てるようにして、クラピカに激しく威嚇する。
「な…っ!いつから…」
「俺を捕らえた時に気づかなかったのか?」
スノウはクロロを守るように彼の肩へと登り上がり、そこからクラピカを睨みつける。
いつの間にか侵入していた…もとい付いてきていたスノウに、彼は驚きを隠せなかった。
クロロに手を出せばいつでも反撃できる態勢にある、とばかりにスノウは低く唸り声を上げる。
「コウだけは気づいていたのか…。ルシアが言っていた怪しい気配と言うのはお前の事だったんだな」
自分の中で整理するかのようにクロロが呟く。
その時、運転中のレオリオがミラー越しに声を上げた。
「落ち着けよ、クラピカ。その狼…見覚えがあるぜ」
「見覚え…?」
よくよく見なくてもわかるほど珍しい毛並みと大きさの狼である。
不意に、スノウを見つめていたクラピカが思い出した。
「…コウの狼か…」
「わかったならこいつは殺すなよ」
念押しのような低い声でクロロが言い放つ。
スノウに固定されていたクラピカの視線が彼の方を向いた。
「貴様に指図される覚えはない。計画の邪魔になるなら…それも仕方ないだろう」
「こいつを殺せばコウも死ぬ。仲間の最愛の姉を殺したいのか?」
「なっ!」
何故知っているのだ、とでも言いたげな視線に、クロロは溜め息混じりに答えた。
「…あれだけ敵意むき出しの視線を送られれば馬鹿でも気づく」
苦笑に似た笑みと共に呟いた言葉は小さかった。
―― ピルルルル ――
フィンクス、フェイタン、シャルナークが合流してから数分後。
やっと事情の説明も一段落付いたと言う所でフィンクスのケータイが電子音を奏でる。
「団長のケータイからだ」
発信者を確認したフィンクスがそう告げる。
そして、ケータイを口元に当てた。
「もしもし」
向こうからの指示でパクノダがその場を離れて数分後。
彼女はフィンクスのケータイを持って皆の元へと戻ってきた。
そして、ケータイをコウに差し出す。
「…私に代われって?」
コウがそう問えば、パクノダは黙って頷いた。
安心させるように微笑むと、コウは彼女からケータイを受け取る。
「フィンクス、ちょっと借りるわよ」
「おぉ」
返事を聞くと、コウは自分のケータイに着信を転送してケータイをフィンクスに返す。
そして、自分のそれを持ってその場を離れた。
「クラピカね」
近くに人の気配がないことを確認して、コウがそう切り出す。
電話口の向こうで息を呑む声が聞こえ、やがて答えが返ってきた。
『…やはりコウは気づいていたのか…』
「少し考えればわかるわ。何年キルアの姉をしていると思ってるの?あの子の考えはある程度予測できるわ」
『そうか…。用件はわかっているな?』
「…スノウを呼び戻せってことかしら?」
コウの隣に控えているルシアの毛に指を絡めながらそう告げる。
電話口の向こうで、クラピカが肯定の意を示した。
「それは出来ない相談ね」
『…お前達のリーダーが生きて戻らなくてもいいのか?』
「まさか。そうなれば地の果てまででも追いかけて殺してあげるわ。楽に死なせない」
『―――っ!とにかく、スノウを呼び戻せ!いい加減に事の重大さを理解しろ!』
「いい加減にするのはあなたの方よ、クラピカ。嫌だと言ってるのがわからないほど子供だったの?」
コウの眼がどんどん冷めていく。
周囲に人がいたならば、その漏れ出した殺気に意識を飛ばす者すらいただろう。
「…埒が明かないわね。直接話すから場所を指定して。これからすぐよ」
『……………っ…リンゴーン空港だ…』
「了解。クロロに何かあった場合は…覚悟しておきなさい」
それだけ言うと、コウは一方的に電話を切った。
怒りでケータイを握りつぶさないように注意しながら先ほどのロビーへと戻る。
パクノダの姿はそこにはなく、メンバーが何やらもめている事に気づいた。
気づいたが…それを無視する形でコウもホテルを抜けようと歩きだす。
「どこに行くんだ、コウ」
ノブナガの声がコウを呼び止める。
コウは面倒そうに振り返った。
「鎖野郎の呼び出しよ」
「鎖野郎からの指示は全員がアジトに戻る事だ。てめぇもここに残れ」
「さっきの電話でそう言われたのよ」
「俺が聞いた指示はそうじゃなかった。大人しく残ってもらうぜ」
腰の刀に手をかけたノブナガを見て、コウは眉を寄せる。
苛立つ感情を抑える事なく表へと出した。
「例えあの男の指示があったとしても、私には関係ないわ。私にとって大事なのは旅団よりもクロロ」
周囲の気温さえ下げるようなコウの静かな感情に、思わずメンバーが息を呑む。
「それが出来ないなら、私は今すぐにでも旅団を抜ける。邪魔は…させない」
青い双眸がまるで見た事もない人のもののように見えた。
「遅かったわね」
ルシアにもたれる様にして立っていたコウが口を開く。
身体を雨から隠す事すらせずに真っ直ぐにクラピカに向き直る彼女。
声だけでもわかる彼女の怒りに思わず止めそうになる足を動かした。
「久しいわね、クラピカ。そしてレオリオ」
「もう一度言う。スノウを連れて帰れ」
「……じゃあ、もう一度答えてあげるわ。それは出来ない」
クロロを挟むようにして立つクラピカとレオリオに視線を向けてコウは答える。
とりあえずクロロの命に別状がない事を知ってその殺気を抑えた。
「パクが来るまでに話を済ませるんでしょう?場所を移すわよ」
レオリオがクラピカの方を見る。
クラピカは少し悩むように俯いた後、黙ってコウの傍へと寄った。
「…殺しはしないわ」
レオリオにそういい残すと、コウはクラピカを連れて彼らから距離を開ける。
「望みは一つ。クロロを解放して」
「無理だ」
「同胞の仇だから?大層な理由ね」
「っ!!コウに何がわかる!」
「そうね。わからないわ。だって…私よりも随分楽な思いをしてるんだから」
口角を持ち上げてそう言い放つ。
クラピカの眼が赤く染まりつつあった。
「私はリーダーを今すぐにでも殺せるんだっ!」
「それで全て終わり?」
「黙れっ!!」
コウの胸倉を掴むクラピカの緋の眼に彼女自身が映った。
「楽なものじゃないの。大切な人を奪ったのは赤の他人でしょう?私の大切な弟を殺したのは…実の親よ」
05.03.31
Rewrite 06.03.23