Free  act.45

パクノダとの話も終え、二人が戻ったのを確認してクロロは話し合いを再開させる。
それを瓦礫に腰を下ろして聞いていたコウに、ルシアがそっと語りかけてきた。

「誰かが見張ってる…?」

ポツリとコウが呟いた。
その声はアジト内の誰の耳にも届いていない。
ルシアが教えてくれなければコウでさえも気づかなかった。
旅団の皆は鎖野郎についての話を進めている。

「…牽制程度でいいわ」

言うが早いか、ルシアは駆け出した。
コウの肩に乗っているスノウがそれを見送る。
ルシアの姿はすぐにアジトから消えていた。
気まぐれな行動はいつもの事なので、メンバーも誰一人としてそれを気にしたりはしていない様子だ。

















「奴等がまだここをアジトにしてるって言う証拠でもある」

廃墟の一角で身を隠すようにして小声でケータイに話すキルア。
その声は緊張している。

「今だって、もし突然背後から奴等の声がしたらどうしようって心臓バクバクいってんだからさ」
『声……か』
「―――――っ!!!」

クラピカが受話器の向こうでそう呟いた時、電話口からキルアが息を呑んだのが伝わる。

『キルア?キルア!!』

自分を呼ぶ声に答えることもせず、キルアはケータイを下ろした。
神経を研ぎ澄まして辺りの様子を探る。
近づいてくる気配が大きくなったと同時に、キルアは地面を蹴った。
身体を冷たい汗が伝う。
出来るだけこの場から離れるようにと、ただ一心にキルアは走った。

――見つかった――

明らかに自分を追っている気配を察知しながら、それがどんどん近づいてきている事に気づく。
耳を澄ましている所為で、その息遣いまで聞こえてきそうだと思った。
そんなキルアの進行方向に、突然ザッと銀色の塊が飛び出す。
思わず叫びそうになった口を何とか閉じると、すぐさま警戒態勢を取るキルア。
銀色の塊を見やる。

「……ルシア?」

それは見覚えのある巨狼だった。
切れ長の眼が、睨むようにキルアを見つめる。
退路を断つ様にしてキルアの前に立つルシア。
喜びの感情を表すのではなく、追い詰めるように尾を揺らす。
見知っている筈のルシアが、恐いと思った。

「――――…っ」

何故この場にルシアがいるのか。
何故自分の居場所に気づいたのか。
何故獲物を見るような眼で自分を見ているのか。

疑問が浮かんでは消える。
だが、どれもキルアの頭の中に留まろうとはしなかった。
キルアは動物に感じた事のない、恐怖を感じていた。
唸る訳でもなく、牙を剥くわけでもない。
ただ見つめているだけなのに、身体を動かす事ができなかった。

「(嘘だろ…)」

速さには自信があった。
けれども、目の前のルシアから逃げられるとは思えない。
不意にルシアが後方を振り返る。

「…指笛…?」

耳を澄ませば聞こえてきた指笛。
それに反応するように、ルシアは踵を返した。
銀色の狼は瓦礫の山を足取り軽く超えていく。
そして、その姿はすぐに見えなくなった。
一気に緊張の糸が切れる。

「………っはぁー…恐すぎっ」

キルアがその場に座り込む。
全力疾走した後のように肩で息を繰り返すキルア。
息が落ち着いた頃に、ようやくケータイの存在を思い出した。

「クラピカ?」
『キルア!?無事なのか!?』
「ああ、こっちは何ともない。予定通りで大丈夫だぜ」

少しの間心配するクラピカを宥めると、キルアはケータイをきった。
雨の所為でどんよりと暗い空を仰ぐ。
















アジトの入り口でコウはルシアの帰りを待っていた。
建物の影から銀色の毛皮が見えると、その表情を緩める。

「お帰り、ルシア」

アジトの中へとルシアを招き入れると、用意していたタオルで濡れた毛を拭いていく。

「…そう。やっぱりキルアだったのね」

雨を拭いその毛にくしを通し終えると、コウは立ち上がってアジトの奥へと戻る。
もうすでに話し合いも終わっている頃だろう。
「あの子達がまだ旅団を狙っているとしたら…ますますクロロから離れられないわね」
そんな事を呟いていると、コウの前方から行動メンバーが歩いてきた。
先頭を歩くクロロが逸早く彼女に気づく。

「どうしたんだ?」
「何も?問題ないわ。これからどこへ?」
「ホテルベーチタクル。そこに鎖野郎がいる。行くぞ」
「ん。乗りな、スノウ」

コウの足元を行き来していたスノウに腕を差し出す。
肩に乗ったスノウが安定したのを見届けると、コウはルシアを引き連れてクロロを追う。








「昨日の名義の分はチェックアウト済みね。今泊まっている名義を全部調べる?」
「いや。そこにいる事は確実だからな」

クロロの答えに頷くと、コウはパソコンを消した。
初めこそパソコンを持ち歩いていたのだが…荷物になるので最近では念能力を大いに利用している。

「コウ」
「どうしたの?」

マチがコウを呼んだ。
コウが振り返ると、彼女は後方を指差す。
見れば、ルシアが一行よりも遅れたところで立ち止まっていた。

「放っておいていいの?」
「…大丈夫。あの子はちゃんと私の後を追ってくるから」

そう答えると、ルシアが思い出したようにコウに駆け寄ってきた。

「頭いいわね」
「ありがとう」

マチの言葉に嬉しそうに笑うと、コウは前を向いて歩き出す。
コウの隣を歩くルシアが彼女に何かを伝えていた。

「(……キルア…ね…。そろそろ潮時、か…)」

キルアに自分が旅団に入っていることを話していない。
どうせいつかはばれるとわかっていたが…。
ルシアに教えられた方向を振り返る。
遠く…双眼鏡を使わなければ本人とわからないような位置に、キルアを発見した。
コウからははっきりと確認できないが、視線が絡まる。

「コウ?」
「あ、ごめん」

クロロに呼ばれると、全員がコウを振り返って足を止めていた。
キルアから目を離すと、クロロの隣まで早足で歩く。
何か聞きたそうなクロロだったが、結局何も言ってこなかった。

















「嘘だろ…」
『キルア?どうしたの?』
「……ゴン、落ち着いて聞けよ」
『?』

電話口の向こうでゴンが困惑気味の声を返してきた。
それに気づかない振りをして、キルアは自身を落ち着かせるように一度息を吐き出す。

「あいつらと一緒にコウがいる」
『!捕まってるの!?』
「…違うな。そんな雰囲気じゃない。どっちかって言うと…」
『言うと?』

その時、一番後ろを歩いていたコウが振り向いた。
偶然振り向いた…と言う感じではない。
無駄な動きは一つもなく、明らかにキルアの方を向いた。

「――――っ!」

暫く眼が逸らせないでいると、コウが前を歩く黒髪の男に呼ばれたようだった。
他のメンバーも皆がコウを振り向き、足を止めている。
キルアから視線を外すと、そいつの隣につく。

『キルア?コウって仕事かな…?』
「…いや…多分、あいつらの仲間だ」

止まない雨が―――身体も…心も重くしていく。

05.03.16
Rewrite 06.03.17