Free act.33
8月23日。
コウは予定通り、午前中にヨークシンシティに着いていた。
「まだ人通りもそんなに多くないわね」
通りを歩きながら、コウはそう呟いた。
オークション開催に合わせて、この辺はかなり賑わう。
それの下準備に忙しなく動き回る店主も少なくはない。
もっとも、まだ込み合うとは程遠い物ではあったが。
「さて…目を奪われるようないい商品も並びつつあるけど…とりあえずクロロを捜すとしましょうか」
思わず声を掛けそうになった個展の店主から視線を外し、コウはくるりと路地を見回す。
道行く人の視線を集めていたことは知っていたが、あからさまにそれを逸らす人々にそっと苦笑を浮かべた。
流れる銀髪は風に揺れて、コウの頬を撫でる。
それを押さえる仕草一つも目を奪うには十分だった。
「ルシア、彼の居場所は?」
ルシアを見下ろして、そう問うた。
コウに問われると、ルシアは鼻を空へと向ける。
そして、答えとばかりに一声短く鳴いた。
「そう。じゃあ…案内よろしくね?」
微笑を浮かべて、コウはルシアにそう言った。
そして、ルシアは彼女の先に立って歩き出す。
市場の午後の賑わいを抜け、コウは市街地まで来ていた。
むろん、ルシアが闇雲に歩いているわけではない。
その事を理解しているコウは、自分の念能力で探査する事なく、ルシアに従っていた。
クロロの元へ進み始めて、小一時間。
ルシアの背に跨って30分ほど経っただろうか。
そこにはすでに主を失った廃墟が立ち並んでいた。
「…この辺り?」
コウがそう問うと、ルシアは答えの代わりに尾を振った。
それに頷くと、コウはふわりとルシアの背を降りる。
下に転がる瓦礫に注意しながら、廃墟の一つに入っていくルシアを追う。
コウは正面からその建物を見据えた。
「これ……崩れないんでしょうね…」
そんな事を心配しながら、再びルシアに続く。
時折ギシッと声を上げる床を踏みしめつつ、3階へと足を踏み入れた。
かなりの広さのあるそこには、瓦礫が山のように鎮座し、部屋の半分ほどを覆っていた。
「ここが今回のアジト?」
部屋の住人に向かって声をかける。
腰元に擦り寄りつつ甘えてくるルシアを撫でるコウ。
ルシアはお役目終了、とばかりに嬉しそうに目を細めて、尾をしきりに振っている。
その時、コウの腰のポーチからスノウが身をよじりつつ出てきた。
ピョンッとポーチから降りると、薄暗い部屋の中をもう一人の人物の方へと走っていく。
パタンッと分厚い本を閉じる音がして、その後に続いて小さく笑う声が聞こえてくる。
「そうだ。っと、本当にやんちゃだな、お前は」
コウは声の主の下へと足を進める。
柱の陰になっていた、小さな電灯がコウの視界を明るくした。
「お待たせ、遅かった?」
肩によじ登るスノウを撫でながら、クロロがコウに視線を向けた。
「いや、思ったより早かったな」
「そう、よかったわ。…スノウ、戻ってらっしゃい」
クロロの言葉に頷くと、コウはスノウに向かって手を伸ばした。
すぐにクロロの肩を飛ぶと、コウの腕を器用に上って定位置へと腰を落ち着ける。
「もう…猫じゃないのよ、あなたは…」
笑いを漏らしつつ、コウはスノウを撫でる。
「ここは分かり難かったか?」
クロロの格好は、幻影旅団団長の格好だった。
漆黒の髪をオールバックにまとめ、ファーの付いたコートを着込んでいる。
「分かり難くはないわ。現に、ルシアはすぐに見つけられたから。
問題があるとすれば……遠すぎね。車なしでは時間がかかりすぎるわよ」
本気で走ればわけはないけど、とコウは語る。
そんな彼女の言葉にクロロは考えるように手を顎に当てた。
「車で来ればよかっただろう。コウの能力ならすぐにでも出せるだろ?」
「んー……あんまり好きじゃない。ルシアに乗った方が気持ちいいから」
「なら、問題ない」
手の中の閉じた本を横に置く。
コウはクロロの真正面に位置する場所へと腰を降ろす。
「んで、私は何をすればいいの?」
横に座るルシアと肩の上のスノウを優しく撫でながら、コウはそう問うた。
「まぁオークション関連だって事はわかってるけど」
「ああ」
「今回は何を狙うの?」
コウは自分の記憶を探る。
年に一度と言う事で、かなりのモノが出品される。
「全部」
「…………………それはまた…」
半ば呆れたような、しかしそれでいて楽しそうな表情を見せたコウ。
そして「クロロらしいね」と微笑んだ。
「そこで、コウには事前に全てのお宝の情報を取って欲しい」
「どうせ必要ないくせに…」
「ないよりある方がいいだろう」
「はいはい。でも、シャルでもよかったんじゃないの?」
「コウの方が情報網的には上だ」
「それは…お褒め預かり光栄」
ふっと綺麗な笑みを浮かべると、コウはパソコンを取り出した。
正確に言うと、“作り出した”だが。
「いつ見ても便利な念能力だな」
「うん。荷物が嵩張らなくて楽」
カタカタとキーボードを叩きながら、コウはそう答えた。
「それはそうと……団長は世界中のマフィアを敵にまわすおつもり?」
「お前に限って怖いなんて事はないだろ?」
「まぁね。でも…必要以上の殺しはごめんよ」
これは、どうあっても殺しのみに生きるつもりのないコウの小さな拘りだ。
いつも必要最小限に被害を抑えることで、彼女はこれを守ろうとしている。
「元々宝の内容によってはコウの手助けは必要ない」
「じゃあ、マフィアの情報もいるね」
「出来るのか?」
「クロロの前に居るのは誰?」
プリントアウトされた紙をクロロに手渡す。
それに目を通すと、クロロは深く頷いた。
「問題ないな。コウにはここで待機してもらおう」
「そ。あと、適当に邪魔になりそうな組だけピックアップしとくね」
「ああ、頼む」
「了解」
コウがそう答えると、クロロは再び本を持ち上げて頁をめくる。
明るいとは程遠い部屋の中、キーボードを叩く音と紙の擦れる音のみが響いていた。
Rewrite 06.02.23