Free  act.32

――ピリリリリッ――

「――はい」

機械音を奏でるケータイ。
それを手に持つと、細い指で通話ボタンを押す。

『コウ姉?俺だけどさ』
「…新手のオレオレ詐欺かしら?」
『違うって!』
「冗談よ。久しぶりね、キルア」

向こうのキルアの様子を思い浮かべて、コウは笑みを零した。
そうして掛けてあったメガネを机の上に置き、彼女はケータイの方へと意識を向ける。
彼女の視力は両目共に矯正を必要とするものではない。
仕事用に特殊なプログラムで書き連ねた文章は、それを掛けずには読み取れないようにしてあるのだ。
メガネなしではごく普通のメールにしか見えない。
情報流出を防ぐために彼女が作り出したものである。

「どうしたの?何か問題事?」
『実はさ…姉貴に頼みたい事があるんだけど。時間いい?』
「今は部屋にいるから問題ないわ」
『んじゃ、さっそく。グリードアイランドって知ってる?』

ケータイからその言葉が出た。
それに、コウは真剣な表情を見せる。

「…知ってるわ。でも…半端なく高額なゲームよ?いくらキルアでも無理だと思うけど…」
『ああ、俺の方でも値段は一応見たんだ。確かに俺がどうこう出来る額じゃない』

それを聞いて、コウはケータイを肩で支える。
椅子を回して机に向かうと、パソコンをカタカタと打ち出した。

「それに、今は生産されていないみたいね。裏ルートか…もしくはオークションしかないんじゃないかしら?」

画面に出た情報を一通り読み取ると、コウはキルアにそう伝えた。

『…じゃあさ、何か心当たりない?』
「心当たりねぇ…私は電脳ネットの方は結構詳しいけど、ゲームに関しては通り一遍の知識よ?」
『そっか…そりゃそうだよな』
「ミルキの方が知ってると思うわ。それなりに電脳ネットの方も詳しいから」
『そうなんだけどさ…。アイツに頼むの嫌なんだよなー…アイツ、ケータイ出ないし』
「ああ、部屋に閉じこもってるからね」

話を続ける間にも、コウの指はキーボードの上を滑る。
とある情報が表示されると、彼女はそのページを映したまま彼に声を掛けた。

「あ、待って。一つだけ有力な情報があるわ」
『マジ?教えてくれよ!』

途端に明るくなる電話の向こうの声に、コウは微笑を浮かべた。

「オークションね。今調べただけだから個数まではわからないけど…ヨークシンのオークションに出品されるわ。
結構信頼の置ける情報源だから…多分間違いはないと思うけど」
『オークションか…』
「ねぇ…何で急にグリードアイランドに興味を持ったの?」
『んー…ゴンの父親が残したモノでさ……』

今までの説明をキルアから聞く。
その間、コウは黙って聞いていた。

「そう…」
『んで、とりあえずグリードアイランドに何か手かがりがあると思うんだよ』
「わかったわ。私の情報じゃ足りないかも知れないけど…頑張って」
『うん。ブタくんにも一応電話してみる』
「その方がいいかもしれないわね。今は……って言うよりもいつもだけど…自室に篭ってるわ」
『アイツが外出するわけねぇもん。んじゃ、さんきゅーな!』
「ええ。何かわかったらまた連絡するわ。ゴンにもよろしくね」
『ん。じゃあな』

プツッと向こうの電話が切れた音がして、コウもケータイを切った。
背もたれに身体を預けて、目を閉じる。

「ヨークシンのオークションに出品されるってことは……旅団が狙うかもしれないわね…。
とは言っても数百億の値段が付くでしょうから、あの子たちにはまず無理でしょうけど…」

窓から入り込む風が、白いカーテンを揺らした。
それは部屋の中を巡って、コウの髪を遊ぶ。

「ジンさん…あの子はきっとあなたまで辿り着きますよ」

閉じた目の裏側に、コウは幼き日の様子を思い出していた。














『嬢ちゃん、その歳で殺し屋か?』
『……いけないこと?』
『さぁな。人それぞれだな』
『あなた、だれ?』
『…俺はジンだ』
『じん…』
『殺し屋になるも、普通の地味な人生を全うするも、個人の自由だ。だがな……嬢ちゃんは今幸せか?』
『しあわせ…』
『楽しいか?』
『……………』
『首を横に振るって事は……迷ってんだな』
『どうすればいい?』
『簡単だ。思うように生きな。あと……自分の大事なモンは自分で守るんだ』
『だいじなもの…』
『そう言うことだ。んで、お嬢さんお名前は?』
『……コウ。コウ・スフィリア』
『スフィリアの子か…。元気でやれよ』
『……っ…。また…また会える!?』
『…ああ。今度会った時には、笑った顔を見せてくれよ。コウ』
















―― ピリリリリッ ――

「今日は千客万来ね…。はい?」
『俺だ』
「………何で私のところに電話してくる奴って名乗らないのかしら…」
『…クロロだ』
「わかってるけどね。…で、用件は?」
『二週間後に集合なのはわかってるな?』
「ええ。全員なんでしょ?ナンバーを持ってないんだから行く必要ないような気もするけど…」
『来いよ』
「わかってるわ。それで?今日はどんなご用件で?」
『コウには色々準備してもらいたい。一週間前くらいにはヨークシンに来て欲しいんだが…』
「一週間前ね…大丈夫よ。今週の仕事は全部ヨークシンの分だから。それ以外は引き受けてないわ」
『……用意がいいな』
「こんな時のためにね。ところで…今更だけど、電話でこんな話してもよかったの?後ろから刺されても知らないわよ?」
『刺されると思うのか?』
「……蚊でも無理だとは思うけどね」
『安心しろ。足が付かない場所でかけてる。それに…コウはゾルディック家だろ?』
「ええ。自室よ」
『なら、手を出したくても無理だろ?』
「そうね…。要らぬ心配だったわ」
『場所は…俺の念を辿ってくれればわかると思うが…』
「ええ。そうさせてもらうわ。23日でいい?」
『ああ、それで十分だ。じゃあな』

ケータイを机に戻すと、コウは溜め息をついた。
パソコンの隣に折りたたんだケータイを置き、椅子の背もたれにぐたりと背を預ける。

「……ヨークシンで一悶着ありそうね…」

手帳に予定を書き込みながら、コウはそう呟いた。

「キルアとゴンに被害が及ばなければ何も問題ないんだけど…そうも言っていられないかも知れないわね」

コウの心配が杞憂に終わるかどうかは、彼女の行動次第かもしれない。

Rewrite 06.02.15