Free  act.31

目尻に留まった涙を拭って、コウは立ち上がった。
そして、父ライドの部屋へと向かう。

「コウです」

重い扉をノックすると、中から低い声が返ってきた。
拒絶の言葉でない事から、コウは扉を押し開けて中へと入る。
変わらず窓の外へ視線を向けているライド。
重い扉が、音を立てて閉じた。

気づかなかった。
あの場所が、この部屋の窓から見下ろせる位置にあった事。
今……それが一つに繋がる。

「…ありがとうございました」

深く腰を折って、コウはそう述べた。

「何の事だ」
「ザキと…母さんの事です」
「……お前の為にしたわけではない」
「わかっています。でも、私の大切な二人を弔ってくれたのはあなただ。私はその事にお礼を言いたい」

下げた頭を上げ、凛とした声でそう言った。
ライドがこちらを振り向く気配はない。

「……ルシアとスノウ…だな」

コウの横に立つルシア。
そして、そのルシアの背に乗るスノウ。
今までライドの元を訪れる時には、連れて来ていない。
だが、今回コウは二匹を従えて、この部屋の扉をくぐった。

「はい」
「正確に言うと、ルシアとスノウのクローンだな」
「でも、これが彼らであることに偽りはありません」
「それがお前の念能力だろう?」

コウが二匹の毛に指を絡めながら話す。

「私は……もう二度と命を創らないと決めました。人を創るのは人間にとって不可侵の領域。
たとえどんなに強い想いがあったとしても…人の命を創るわけにはいかない」

真っ直ぐにライドの背中を見つめて、コウはそう言った。
ライドは態度を変える事なく低く答える。

「……そうか。お前がそこまで言うなら……この家にお前を縛り付ける事も無理だろうな」

自分に言い聞かせるような声に、コウは目を見開いた。

幼い頃は、絶対的な存在だった父親。
彼に逆らう事は、自分の場所を失う事に繋がると思うほど。

「私は……あなたの道具ではありませんから。それに、私の居場所はここではありません」
「そいつらを殺すと言ってもか?」
「………殺させません。それに……あなたはこの子達を手にかける事はしないでしょうから」

コウの声に迷いはなかった。

「もう行け」

最後までコウの方を振り向く事なく、ライドはそう言い放った。
その言葉に、コウは再度頭を下げる。

「ありがとう…ございました。あなたのおかげで、私はここまで強くなれた」

扉を押し開けて、コウは廊下へと出た。
そして、そのまま後ろを振り返る事なく屋敷を後にした。















飛行船に乗り込むと、コウはそのまま椅子に座りこむ。

「自由に…なれたのかな…」

離れていく屋敷を見つめて、コウはそう呟く。
結局、最後まで父親の心を知る事は出来なかった。
だが……。

「優しさを、見れたのかもしれないわね」

突き放すような言葉の裏に隠された、確かな優しさ。
それを感じずにはいられなかった。

「さようなら、父さん」

微笑みを浮かべて、コウはそう言った。
















小さくなっていく飛行船を見つめて、ライドは深く息をついた。

「最後まで、信じようとするなど…馬鹿な娘だな」

呟きを聞く者は誰も居ない。

「だが…アイツはそれでいいのかも知れんな。そうは思わないか?」

部屋の一角に向かって、ライドはそう言う。

「気づいてたんだ…さすが」
「イルミ=ゾルディックか…」
「俺がここへ来た意味は…わかってるよね?」
「依頼だろう?恨みを買うことばかりしてきたからな」
「それは俺の家も同じだけど…」
「どの道そう長くない命だ。大人しくやられてやろう」

ようやくライドが立ち上がる。
黒髪をなびかせるイルミを振り返り、不敵な笑みを浮かべた。

「遺産は全てアイツのものだ。名も知らん輩に狙われる前にコウに渡してやってくれ」
「わかった」
「それから…コウにこの事を伝える必要はない。俺は名前も知らんような奴に殺されたんだ」
「…わかった」

すっと目を細め、イルミは静かに頷く。
その答えに満足したのか、ライドは軽く笑みを浮かべて続けた。

「コウの事を頼む」
「………ああ」

イルミの返事を聞くと、ライドはクルリと後ろを向いた。

「あー…これをアイツにやってくれ。これで全部だな…。もういいぞ」

小さな箱をイルミに投げると、ライドはそう言った。
そして、部屋に血雨が舞う。



ゾルディック家に帰って数日後。
コウの胸にはスフィリアの家紋の入った琥珀色のペンダントが光っていた。

Rewrite 06.02.15