Free  act.30

「久しぶりに夢に見たわね…」

傾き始めた夕日が差し込む部屋で、コウは目を覚ました。
ベッドの傍らに二匹が寄ってくる。
ルシアとスノウに優しい視線を送り、その頭を撫でた。

「もう二度と、あなたたちを失ったりはしないから」

乱れた髪を整えると、コウはベッドルームを出る。
すでに部屋の中で本を読んでいたクロロの存在に驚くような繊細な心は持ち合わせていない。
驚くでもなく呆れるでもなく、当然の事のように受け入れていた。

「もう話は済んでいたの?」
「ああ。聞いたとおりに機嫌は芳しくなかったな」

苦笑を浮かべるクロロに、コウは「でしょう?」と同じく苦い笑みを浮かべる。
ソファーに座る彼の背後からその背もたれに腕を乗せ、彼の手にある本の活字を読み取った。
どこかで覚えのある本だと思ったら、自分の部屋の本棚に並べてあるもののようだ。

「依頼はちゃんと断ったから安心しろ」
「それはよかったわ」
「それと…コレが“蒼い桜”だ」

本を自身の隣に置くと、クロロは宝石を背後のコウに向かって投げる。
それを危なげなく受け取ると、日差しに翳した。
透き通る宝石は、その視界を淡い青色に染める。

「ふーん…これが、ね」
「売ればこの島でも買える値がつくぞ」
「…結構するのね」
「世界に5つしかないらしい」

それを聞いて、コウが念を使う。
宝石をひょいっと真上に放り投げると、両手の鏡の間に映した。
青い方の鏡に手をかざすと、すでに手の中には同じ宝石が二つ握られていた。
そして、先ほど投げた宝石を拾う。

「コレで7つになったわね」

不敵な笑みを浮かべると、コウは3つの宝石の一つをクロロに投げて渡した。
彼はそれを難なく受け止め、彼女に視線を戻す。

「いらないのか?」
「二つあれば十分。もっと欲しかったら創るけど?」
「いや、一つで十分だ」
「そ。ルシア、そっちの部屋のポーチの中に入れといて」

それを聞くと、ルシアは宝石が傷つかないように丁寧に咥えて奥の部屋に戻っていく。

「…便利な能力だな。どんなものでもクローンを作ることができるんだから」
「結構面倒だけどね。こうやってゆっくり出来る時はいいとしても、戦闘中に創るのは大変」
「前もって創っておけば問題ないだろう?」
「念能力はそうもいかないのよ。念に関しては条件も厳しいし」

そう言うと、持っていた鏡を放り投げる。
鏡は空中で、音も無く消え去った。

「それに…クロロは念能力をくれないし」
「そう易々と使われても困るだろう」
「でしょ?ま、別に今ある分で十分だけど」
「じゃあ……そろそろ行くとするか…」

クロロが再びベランダに向かう。
コウはそれを見送るようにベランダに近づいた。

「今度は全員集合の時に行けばいいのね」
「そうだ。忘れるなよ」
「んー…努力するわ」

曖昧に答えたコウに笑みを浮かべると、クロロはベランダから姿を消した。
後を追うようにベランダに出ると、コウは柵にもたれかかって沈み行く夕日を見つめる。

「さて……どうせ暇だし…散歩でもしましょうか」

見上げてくる二つの目に笑いかけながらそう言った。
そして、ゆっくりと部屋から出て行く。



















敷地内の森に足を踏み入れながら、コウは幼い頃を思い出すように歩いていた。

「懐かしいなぁ…よくザキとルシアとスノウでこの辺走り回った」

肩に乗るスノウを優しく撫でる。
ふと、スノウがコウの肩から飛び降りる。
同時に、ルシアも森の向こうをじっと見つめていた。

「ルシア…スノウ?」

コウも気配を探ってみるが、その場に他人の気配はなかった。
そんなルシアがコウの服の裾を咥える。

「何…ついて来いって言うの?」

二匹の行動を不思議に思いながらも、コウは引かれるままに野道を進む。
そうして進むうちに、木々が開けた。

「……ここ、は…」

適度に整備された空間だった。
ふわりと花の香りが周辺に舞っている。
その中心部……そこには二つの墓があった。

「ザキ=スフィリア……ザキの…墓…?」

石に刻まれた名前を呼んで、コウはその場に座り込んだ。

「こっちは……母さん」

並ぶ二つのそれを見詰めるコウ。
墓の前には新鮮な花が添えられていた。

「これ…母さんの好きだった花…」

コウが家を飛び出して、約5年後に母親が死んだと聞かされた。
確かにこの容姿に生まれた所為で蔑まれた覚えはある。
しかし、きつい修行の後に自分の怪我を手当てしてくれたこともあったのだ。
死に目に会えなかった事を悔やまなかったわけではなかったが、飛び出した手前簡単に顔を出せるはずもない。

そんな想いが、コウの中で溢れる。
頬を伝う雫を止める術はなく、ただ時間だけが過ぎていく。
座り込んだコウを慰めるように、ルシアとスノウがコウの両脇に佇んでいた。

Rewrite 06.02.11