Free  act.27

「まさか……あなたの口からそんな事を聞くとは思いませんでしたよ…」

コウの表情はただ純粋な驚きに満ちていた。
しかし、彼女はそれを隠すようにして表情を『無』にする。
そんな表情のままに、彼女は問う。

「それで…あなたはどうしようというのです?あの人を生き返らせ、また私をここへ縛り付けますか」

口の端を上げて、固い表情を崩さずにそう言った。















「遅かったな。いや…思っていたよりは早かった、というべきか。命令を聞かなかったな」
「聞く必要はないでしょう。私はあなたのメイドでも執事でもない」
「ふん。…依頼内容に入る」
「どうぞ」

父、ライドはコウに背を向けて窓の外へ視線をやったまま言い放った。

「依頼内容は…お前の母親を生き返らせることだ。その念能力を使ってな」

それを聞いて、コウが大きく目を見開いた。
そして――――時は冒頭へと戻る。



















「私の念能力…ね。あなたたちのいい様に利用されたこの能力で、再び自身を傷つけろと?」

呆れたように、溜め息をつきながらコウはそう言った。

「“クローン”」

ゆっくりと呟かれた言葉に、コウがピクリと反応を示す。
そんな彼女の反応を読み取ったのか、彼はくっと口角を持ち上げて笑う。

「お前の能力だろう?」
「あなたがご存知ないとは思っていませんよ」
「それで作り出せ。簡単な事だろう。肉体の一部さえあればどんなものでも復元できるんだからな」

咽の奥で笑いながらライドがそう言う。
断るはずが、断れる筈がないと、彼はそう言いたげな視線で彼女を見た。

「俺が、その能力をお前に叩き込んでやった。便利だろう?」
「ええ。おかげであなたに奪われた命すらも再生出来た」
「その命、また奪われたくないなら依頼を受けろ」

彼は再び顔を窓の方へと向けた。
ガラス越しの鋭い視線が、コウを射抜く。
それに怯えを見せる事なく、彼女はただ冷淡な視線を返していた。

「お断りします」

予想しなかった答えだったのか、ライドは派手な音を立てて立ち上がる。
ガタンッと長いソファーが音を立てるが、そんなことを構う余裕はない。
怒りに揺れる目が、コウを真正面から見つめた。

「私が母を生き返らせれば、また同じ過ちを繰り返すのでしょう?ならば私の行動は意味を持たなくなる」
「意味が…わかって言っているのか」
「もちろん」
「ルシアとスノウ…どちらも簡単に握りつぶせる」
「出来るとお思いですか」

コウの視線が鋭さを帯びてライドを射抜く。
その眼にライドは思わず口を噤む。
涙を堪えながらも自身の命に従っていた頃の眼ではなかった。
幼き日、父親の視線に怯えていたコウの面影はどこにも見当たらない。

「あの頃の私と同じとは思わない方がいい。ルシアにも、スノウにも…指一本触れさせはしない」
「………っお前の母親に対する想いはないのか!?」
「想い…ね。ありますよ?育ててもらった恩はなくとも、産んでもらった恩くらいは。……その子供を私欲に使う為だったとしてもね」
「………今日はもういい。下がれ!」

忌々しそうに吐き捨てると、再びコウに背を向けた。
コウは軽く頭を下げるとそのまま部屋を出て行く。
廊下へ出ると心配そうに見上げる二つの視線。
それに笑みを返す。

「ごめんね、長い間待たせて」
「コウ様」

二匹に微笑み返して部屋へと戻ろうとすると、コウは後ろから呼び止められる。
顔に見覚えのある彼は、ライド側の執事ではなかった。
コウは安堵にも似た表情で微笑み、彼の言葉を待つ。

「お電話がかかっております」
「ありがとう。部屋に繋いで」
「はい」

執事は短く返すとそのまま廊下の端へと消える。
何を言うでもなかったが、ただそれがコウにとってはありがたい事だった。
監視する目でも、縋る目でもない…そんな視線が調度良い。

「珍しいわね……滅多に電話なんて通さないのに」

スフィリア家もゾルディック家同様に電話は殆ど家の者には通じない。
訪問者も皆無。
そんな中、態々コウを探してまで電話を繋ぐほどの人物。

「一体相手は誰なのやら…。ルシア、部屋までよろしく」

広すぎる屋敷の中を部屋まで戻るのはかなりの時間がかかる。
そう判断したコウはヒラリとルシアの背に乗った。
それと同時に走り出すルシア。
スノウを定位置である肩へと乗せ、その身体を支えた。















自室に入るなり電話の置いてあるベッドの方へと歩み寄る。
そうして柔らかい羽根布団を折りたたんで空いたスペースに腰を下ろし、コウは電話機に手を伸ばす。
それを持ち上げれば、電話は自然と相手へと繋がった。

「はい」
『俺だ』
「………切ってもいいですか?」
『構わないがまたすぐにかけるぞ?』
「じゃあ名前くらい名乗ったらどうなの…?」

コウは受話器を口の近くに寄せたまま、ため息混じりにそう呟く。
基本だろうと思うのだが、彼の性格を思えば当然の行動だと納得できる。

『……』
「もういいわ…で、用件は?」
『実はお前の屋敷の近くまで来たんだ』
「はい?」
『窓を開けておけ、と言いたかったんだが……今すぐ開けてくれ』

電話口から聞こえる声と同時にコンコンと窓を叩く音がコウの耳に届く。
酷く勝手な電話越しの相手に溜め息を漏らすと、コウはルシアに目配せした。
ルシアはその場から立ち上がると音のした窓へと移動する。
器用に鍵を開けると、カラカラと窓が開いて、その人物が部屋の中へと滑り込んできた。
それを見届けるなりコウは受話器を下ろす。

「ちょっとは考えてから行動して欲しいわ。私がここにいなかったらどうするの?」
「まさか。イルミから連絡を受けてわざわざここまで足を運んだんだ」
「イルミ…?」

怪訝そうな顔をしてその人物を見据える。
彼らの繋がりがよく見えないコウは首を傾げた。

「お前が心配だったらしいな」
「……イルミの信用がないのかしら?」
「逆だろう?信用しているからこそ、お前がこの場所でいることが心配なんだろう」
「……連絡を受けたからってこんな場所まで来るあなたも相当心配性ね」

苦笑いを浮かべながらコウが言った。
過保護だと言われれば確かにそうなのだが、彼らの場合は心配すべき所をきちんと弁えている。
全てから保護するわけでもなく、ここ一番の時に発揮されるそれは、どこか心地よいものだった。
イルミにしても、クロロにしても。

「こんな団長を持つと団員も苦労するわよね」
「嫌味か…?」
「ご想像にお任せするわ」

にっこりと笑うコウにクロロは溜め息を漏らした。
彼女はベッドから立ち上がると、窓際に設置されたテーブルへと彼を促す。

「で、用件は何?」
「ああ、8月30日の事だ。「暇な奴」改め「全団員必ず」ヨークシンシティに集合だ」
「へぇ…団長自らそれだけの用で?」
「……………幻影旅団の団長に依頼が舞い込んできた」
「依頼人はライド=スフィリアね。内容は私を頷かせる事。もちろん私とあなたの関係を理解した上で」

感情の消えた声でコウがそう言うと、静かに頷くクロロ。
彼の反応に、コウはやっぱり、と呟いた。

「そう言う奴なのよ。あの人は。で、その依頼を受けたの?」
「受けたと思うのか?」
「受けてないならここにいるのはおかしいじゃない」
「……受けてない」
「そう。…よかったわ」

コウがにっこりと笑みを浮かべる。
そして、次の瞬間には真剣な表情を見せた。

「わかっているでしょう?この件に関しては一切手出ししないで。私の…私だけの問題よ」

真っ向から見つめるその目は酷く真剣で。
それでいて弱さを見せていた。

「……それにしても、何でクロロが依頼を受けるの?仕事柄ってわけでもなさそうだし…」

湯気の立つカップをクロロと自分の前に置くと、コウはクロロの前に腰を降ろした。
テーブルに肘を着いて覗き込むような視線を送る。

「……ちょっと前に知り合ってな…。依頼と言うよりは頼まれた、と言う方が正しいか…」
「なるほどね。んで、イルミとはどういう関係で?」
「仕事関係だ。今度のオークションで仕事を頼んだついでにイルミに頼まれた」
「どっちが依頼してるのかわからないわね…」

はぁ、と溜め息をつくとカップに口をつけた。
部屋の端ではルシアとスノウが気持ちよさそうに日の光を浴びていた。

「しばらくここにいるのか?」
「そのつもりはないわ。依頼を受けるつもりもないし…初めから三日って言ってあるから」
「なら……あと一日か…」
「……そうなるわね」

視線を下に向けて、コウが小さく頷いた。
羽のピアスが頬を撫でるように揺れる。

「じゃあ、とりあえず依頼主に会ってくる」
「二つ上の階の一番奥よ。今機嫌が悪いと思うから気をつけてね」
「………お前の所為か…」

恨めしそうな視線を向けるクロロにコウはにこりと笑みを向ける。

「飼い犬だって噛み付くことくらいあるのよ。ましてや私は飼われた覚えなんてないから」
「…まぁ、大丈夫だろう」
「そ、じゃあいってらっしゃい」

組んだ手の上に顎を乗せてコウがクロロを見送る。
部屋を出て行ったのを見て、コウは再び溜め息をついた。

「……さて…どうしようかな……」

椅子から立ち上がると部屋の奥のベッドに倒れこんだ。
いつまでも見慣れる事のない天井を見上げる。

「今の孤独を生み出しているのは自分自身の所為なのだと…あなたはいつになれば気づくのでしょうね」

手で視界を覆って、コウが悲しげな声を発する。
ベッドの脇の机の上には一つの写真立てがあった。
その中で変わることのない笑顔を見せる二人。

コウと、そして写真の中の彼女同じくらいの年齢の少年。
金髪に琥珀色の眼。
ライドと瓜二つの容姿を持つ少年。
彼の隣で笑うコウは、今と同じ銀色の髪に青い眼をしていた。
だが、顔の造作は双子と言っても頷ける。

その写真に目をやると、コウの瞳は悲しみを写す。
それと同時に、優しい色を見せる目。






あの日、燃えるような夕日の下で。
私は誓ったんだ。
この家を出ると。

ザキが………弟がそう望んだように。

Rewrite 06.02.10