Free  act.26

朝、カーテンから差し込む光に自然と瞼を開く。
視界に入ってきた見慣れない天井。

「そっか……あの部屋じゃないのよね…」

苦笑いを浮かべつつ、コウはシーツから出た。
足元に蹲っていたルシアとスノウが首をもたげる。

「もう少し休んでいていいわ」

そう言うと、コウはシャワールームへと向かう。











蛇口を捻れば程よい温度の液体が頭上より降りかかってくる。
それに身を任せるようにして夜の汗を流すと、コウは早々にそこを後にした。
バスローブに袖を通すと、計ったように部屋の電話が鳴り響く。
煩くない程度の音を止めるべく受話器を上げ、耳に当てる。

『お早うございます。お食事の用意が整いました』
「…部屋に持ってきて」

事務的な声で用件を告げる相手に、コウはそれが例の執事らの一人だと悟る。
途端に声を厳しくして彼女は答えた。

『ご主人様が食堂へ来るように申しておられますが…』
「食堂へ行くつもりはない。あの人にそう伝えなさい」

それだけ言うとコウはガチャンッと受話器を下ろす。
濡れた髪をタオルで拭きつつ、ベッドに腰掛けた。

「まったく……何考えてるのかしらね」

酷く不機嫌な声でコウが呟いた。
一通り髪の雫を拭うと、コウは鏡台の前に座る。
そこに置いてあったピアスを取って片方の耳に通した。
風を受ければふわりと揺れる、羽のピアス。
鏡の中の片方だけのピアスをコウは満足そうに、そして愛おしそうに見つめた。

――コンコン――

「コウ様。失礼してもよろしいでしょうか?」
「…どうぞ」

扉が開き、ワゴンを引いたメイドが一人コウの部屋へと足を踏み入れた。
彼女の姿を捉えるなり、コウは驚いたように目を見開く。

「シュレイヤ…あなたまだこんな所で…」
「お久しゅうございます、コウ様」

見覚えのあるメイド。
コウが家を出る前によく親しかったコウ専属のメイドだった。
10ほどの歳の差を持つ彼女を、コウは姉のように、母のように慕っていたのだ。

「他に仕事がないなら私が探すわ。…ここを出なさい」

真剣な眼で、コウはシュレイヤに語りかける。
だが彼女は微笑を見せるだけだった。

「いいえ。コウ様がお戻りになられた時に私が居なくてはお世話が出来ません」
「ここへはもう二度と戻らないわ。だから、あなたも離れなさい」
「それは、命令でございますか?」

シュレイヤが真剣な眼でコウを見つめる。
コウは首を横に振った。

「命令はしないといったはずよ。これは私からの忠告……いいえ、願いよ」
「……では、あなたが次に去る時に私もここを去りましょう」

シュレイヤがにっこりと微笑んでそう言った。
その言葉を聞いて、コウは安堵の表情を浮かべる。

「さぁ、ご朝食をお取りくださいませ。ルシア様とスノウ様の分もお持ちしましたが…要らぬ世話でございましたか?」
「いいえ。ありがとう」

コウは鏡台の前から立ち上がると中央に置かれた大き目のテーブルに移動した。
ルシアとスノウはその脇に控える。
コウの前に朝食が並べられた。
その時、コウはふと疑問を抱く。

「シュレイヤ……あの人がこれを許したの?」

そう問うと、シュレイヤはコウから目を逸らした。
それでコウは全てを把握した。

「……私一人の行動ではありません、コウ様。メイド一同あなたの帰りを心より喜んでおります」
「………あなたたちを放って行った私には勿体無い言葉ね…」
「私達はコウ様の自由を願っております」
「…ありがとう」

食事が終わるまでシュレイヤは部屋を出ようとはしなかった。
これまでの事を話した後、彼女は食器類をワゴンに戻して部屋を出る。
シュレイヤが部屋を去ると、コウは椅子の背もたれに背中を預けて天井を見上げた。

「自由……か」

バスローブから自分の服に着替えると、コウはベランダに出た。
爽やかな風が吹き、羽のピアスを揺らす。












――四日前――

「少しだけ仕事でここを離れます」
「……スフィリア家から連絡が入ったか…」

理由も告げないうちにそう呟いたシルバに、コウはまさかと表情を強張らせる。
あの父ならば、自分の利となるように彼に圧力をかけてきてもおかしくはない。
だが、彼女の表情を悟ったシルバは首を振って言った。

「コウ…お前がそれだけ切羽詰った表情をしていればわかる。何年お前を見ていると思っているんだ」
「……それなら…安心しました。はい。スフィリア家からの依頼が入りましたので…帰郷します」
「お前はここに戻ればいい。ここはお前の家だろう?」
「……はいっ!」

コウは一瞬驚きの表情を見せ、そして嬉しそうに微笑んだ。





シルバの部屋を出ると、コウはイルミと出会う。

「帰るんだ?」
「……ええ」
「ちょっと部屋に来てくれない?時間は大丈夫?」
「え?そうね…大丈夫よ」

そう言うと廊下を歩いていくイルミの後を追う。
イルミの自室に着くと、コウは少し待つように言われた。
そして彼自身は部屋の奥へと入っていく。

「ここで待ってろって……」

コウはどうしたものか、ベッドに座り込んだ。
やがて数分もするとイルミが小さめの箱を持って戻ってきた。

「はい」

その箱をコウの手の上に載せる。

「えっと……開けても?」

イルミが頷くのを見て、コウはその箱の紐を解いた。
中に入っていたのは――

「ピアス…?」

純白の羽のついたピアス。
持ち上げれば簡単に揺れるそれに目を奪われた。

「あげるよ」
「どうしたの、これ?」
「この間の仕事で貰ったから」

俺がつけるにはあんまりだしね。と言うと、イルミもコウの隣に座った。
彼の言葉にコウはその耳に手の中のピアスがあるのを想像し…ふっと笑みを零す。
確かに彼には似合わない代物だろう。

「じゃあ…ありがとう」

微笑みながらお礼を言った。
何度かその質感を確かめるように指でなぞると、徐にそれをイルミの前へと差し出す。

「…つけてくれる?」
「いいよ」

ピアスを渡すと、コウは自分の髪を邪魔にならないように手で掬い上げた。
元々ついていたピアスを外してそれをつける。

「軽いのね。殆ど邪魔にならないみたい。……ね、どう?」
「いいんじゃない?似合ってるよ」
「ふふ…ありがとう」

イルミの手から元々つけていたピアスを受け取る。
それを落さないように上着の裾に嵌めると、彼女は顔を持ち上げた。

「どうして片方なの?」
「ああ……何でも貴重な鳥の羽らしくてね。偶然手に入ったのが一枚だけだったらしいよ」
「ふぅん…何て言う鳥か、後で調べてみるわ」

興味を抱いたのか、コウはにこりと笑ってそう言う。
彼女の情報屋としての好奇心を刺激したらしい。

「それだけでも数億するらしいよ」
「数億…」

凄いわね。と、簡単に答えるコウ。
さほど驚いていない彼女も大概凄い。

「翼にはならないけど…でもコウは自由だよ」
「イルミ……?」
「眉間に皺。コウらしくないんじゃない?」

イルミにピンッと弾かれた眉間を押さえる。
そして、ふっと微笑んだ。

「自由か……なれたらいいね」
「だから、言ってるでしょ」
「そうね。ありがとう」

イルミの肩に頭を置いて、コウは目を閉じた。
時折感じる羽の動きが、流れる風に乗っているようで。
本当に自由になれるような、そんな温かい感じ。

「本当に、ありがとう」
「帰ってきなよ。ここはコウの家だから」
「…それ、シルバさんにも言われた。うん……ちゃんと帰ってくるわ」

コウは立ち上がると再度イルミに笑みを見せた。

「だから……“行ってきます”」
「うん。行ってきなよ」
















「ちゃんと自分なりのケジメをつけて帰らないとね!折角送り出してくれた皆に示しがつかない」

自分を叱咤するように気合を入れて、コウはその部屋を出た。
目指すは依頼主……父、ライド=スフィリアの部屋。

彼女の片耳に自由の羽が揺れる。

Rewrite 06.02.06