Free  act.25

背後から迫り来る闇。
それは酷く深くて………一度飲み込まれたら二度と出られないようなモノ。
身体を闇に囚われ、身動きの取れない私。
差し込まれた一筋の光に必死で手を伸ばした。
そして――――――。








「――――っ!!」

ベッドの上でシーツから跳ね起きるコウ。
激しい動悸を抑えるように、胸元のシャツを握り締める。
汗ばんだ身体に薄手のTシャツがへばりついて気持ち悪かった。
と、ベッドの脇で不安げに見つめてくる2対の目。

「ルシア…スノウ……ごめんね。起こしちゃって」

二匹に優しく声をかけて頭を撫で、コウはベッドから降りた。
カーペットの上を歩き、ベランダに向かう。
二匹はその背中を追っていたが、やがてカーペットへと蹲ると再び目を閉じた。
重いカーテンを少しだけ開けて、窓の鍵を外す。
少しだけ開いた窓の隙間から滑るように、コウはベランダへと出た。
夜独特の冷たい空気がコウの頬を流れて、髪を揺らす。
月明かりに、銀の髪が綺麗に光っていた。

「忘れては……いないみたいね」

自嘲気味にそう笑うと、コウはベランダに置いてあるベンチに腰掛けた。
真上より少しだけ傾いた月。
何度こうしてこの月を見上げたかわからない。
こうして夜中に目を覚ます事も一度や二度ではなかった。

「これの所為か…」

コウは小さく呟くとケータイのメール画面を見つめる。
差出人の名前に眉を中心に寄せた。
コウは片手でケータイを閉じる。
黙って目を閉じると、星の光る夜空を見上げるように顔を上げた。

『新着メールあり』

From:スフィリア

















「コウ…どうしたの?顔色がよくないわよ?」

朝一番に会ったキキョウにそう問われたコウ。

「寝不足かもしれません。昨日は寝つきが悪かったもので」

笑いながらそう答えると、コウは廊下を進んで中庭へと出た。
ルシアはスノウを乗せたまま中庭を走っていく。
その様子に笑みを浮かべると、コウは近くの木陰に腰を降ろした。
片腕に抱えてきたパソコンを膝の上に置いて画面を開く。

「……………メールは三件か」

一件目は仕事。
二件目は………。

「……いつでもメールしろとは言ったけど……まさか翌日にしてくるなんてね」

コウは思わず内容に頬を緩めた。

「天空闘技場ね……懐かしいなぁ」

内容は天空闘技場にいるという物。
後は近況報告だった。
昨日別れたばかりなのだからそれは必要なかったのだが……コウは嬉しそうだ。

「最後は………」

三件目を開くと、コウの目付きは鋭くなった。

「わざわざ追伸を入れてくるなんて……よっぽど信用がないのか、念を押してるのか…」

苦々しげにそう呟くと、コウはそれに短い返事を送る。
そして、パソコンを閉じた。
それを膝から下ろし、深く溜め息をつく。

――ピュイィィッ――

指笛を吹くと、10秒も経たない内にルシアとスノウが姿を見せた。

「仕事に行くわよ」

短く伝えて、コウは草の上から立ち上がる。
自室へと準備のために足を向けると、二匹が倣うようにそれに続いた。
















ゾルディック家とそう変わらない敷地を持つスフィリア家。
暗殺のみならず情報屋としても世界に名を轟かせていた。
見上げるような屋敷の前に立ち、コウは睨むようにそれに視線を送る。
肩にスノウを乗せ、ルシアはコウの横についていた。
心配そうに見上げるルシアに微笑むと、コウは玄関の扉を押した。
両開きの扉を完全に開くと、両側に並び頭を下げる執事達。

「お帰りなさいませ、コウ様」
「出迎えは必要ないと言ったはずだけど…?」
「ご主人様のご命令でしたので」
「私の言い分よりもアイツの命令の方が重要だものね」

嘲笑を浮かべてコウはそう言った。
そして、鋭い視線で執事らを一瞥する。
この場に並んで頭を下げているのは、どれも当主の息のかかった執事だ。

「さっさと仕事に戻らせなさい。案内も必要ない」

遮るようにそう言うと、コウは執事の間を進んで中央にある広い階段を上る。
その背中を見送って、執事達は仕事に戻っていった。

「……案内は必要ないと言ったはずよ。下がりなさい」
「コウ様を部屋までお連れするように言い付かっておりますので」

それを聞くと、コウはそれ以上何も言わずに廊下を進んだ。
数分ほど無言のまま早足で廊下を進み、とある部屋の前に止まる。

「ここまで監視出来ればいいんでしょう?下がりなさい」

ずっと後をついて来ていた執事頭にそう言うと、ぺこりと頭を下げて来た道を戻っていった。

「ルシア、スノウ。ここで」

肩のスノウをルシアの上に下ろすと、コウは二匹にそう言った。
そしてコウは二度扉をノックして中へと入る。
広い部屋には必要最低限のものしか設置されていない。
中央にある大きなソファーは扉に背を向けていた。
ソファーは壁一面の窓の方を向いている。
そこからはスフィリア家の敷地が一望できた。

「依頼内容をお願いします」

ソファーに沈む背中に、コウは冷たい声をかける。

「…挨拶くらいはしたらどうだ」

低い声が返ってきた。
苛立ちを隠そうともしないその声に、コウはふぅと溜め息を一つ。

「……ご依頼を賜りました『ルシア』です。多忙の身ゆえにご依頼を賜りましたら早々に失礼します」
「誰が仕事の挨拶をしろと言っておるのだ!!」

怒鳴り声を上げ、男が立ち上がった。
コウとは違う、金色の髪。
琥珀色の目。

「挨拶くらい出来ぬのか!!お前の父親に!!!」
「………あなたを、父と思った事など…ただの一度もない」

コウが冷淡な声で言う。
その表情は今まで見せなかったような、酷く冷たいものだった。

「依頼内容をお伺いします」
「貴様には育ててもらった恩という物がないのか!」
「育ててもらった…?面白い事を仰いますね。利用された覚えはありますが…」

ふっとコウが笑う。
いつもの優しさはなく、人形のように。

「……一週間ここにいろ。命令だ」
「誰もがあなたの命令を聞くとは思わない方がいい」
「ゾルディックに圧力をかける事など簡単だぞ?」

言葉の中に、断れば直接あの家に仕掛けると言う事を隠し、告げる。
そんな彼を前にしてコウはクスリと笑った。
この人に怯えていた過去の自分が、酷く懐かしく思う。
コウはふと表情に笑みを刻むと、ゆっくりと口を開く。

「この家の力を過信しすぎているのでは?ゾルディック家には勝っているとは思わない方がよろしいですよ」

そう言い終わるが早いか、クルリと振り向くと真っ直ぐに扉へと向かっていった。
父親の己を呼ぶ声だけが追ってくる。

「コウ!!」
「三日だけ、ここに滞在しましょう。ご依頼はお早めに」

扉が閉じる。
廊下で待っていたルシアがコウの傍に寄る。

「今更……どうやって父親だと思えって言うのよ、馬鹿馬鹿しい」

忌々しげにそう呟き、コウは足取り重く廊下を進む。

Rewrite 06.02.06