Free act.24
『シルバさん、お願いがあります』
真剣な声でそう言ったコウ。
彼女は言葉が終わるが早いか、自身の深く腰を折った。
長い銀の髪が重力に従って肩から流れ落ちる。
シルバは少しばかり驚いた風に彼女の行動を見つめていた。
「キルアを、自由にしてあげてください」
その言葉は彼の予想内のものだったのだろう。
驚きはすでにその表情から消え、残っているのは彼女の動向を見守るような視線のみ。
彼はそっと顎に手をやってその続きを待った。
「シルバさんに言われたように、試験中のキルアの様子を見てきました」
初め…ゴンに出逢うまでのキルアは、家を飛び出した時とあまり変わっていなかった。
心の中では一時的とは言え彼が自由を手にした事を素直に喜んでいたコウ。
それ故に、変化を見せないキルアに僅かばかり落胆の色を自分の表情に浮かべたのは記憶に新しい。
「あの子は変わりました。もちろん、私には喜ばしい変化だと思います」
身体の中に闇でも飲み込んでいるかのように、いつも影を落としていたキルア。
それでも、彼は変わった。
たった一人、自分の領域に踏み込んだゴンによって。
「あんなに楽しそうな表情…本当に久しぶりに見ました」
「コウはどう思った?」
「私…ですか?私は………」
シルバの言葉にコウは口を噤む。
それを選ぶように視線を足元に彷徨わせ、紡ぐべきそれを視線と共に拾い上げる。
「ただ………嬉しかった、です」
恐らく彼は自分が義姉だと気づいているだろう。
それを差し引いても、真っ直ぐに笑顔を向けてくれた事。
それを向ける対象が、自分だけではなくなった事。
「…お前も変わったな」
口元に笑みを浮かべて「嬉しかった」と言ったコウ。
彼女の表情は、ここに逃げてきた頃とは別人のように柔らかかった。
「はい。私には、シルバさんたちが居てくれましたから」
「コウ、お前はキルアの能力をどう思う?」
「素直に言っても?」
コウの問いかけにシルバは構わない、と頷く。
彼女は少しだけ考えるように口を閉ざすが、それはほんの数秒の事だった。
「私の目から見ても、素晴らしい能力を持っていると思います。でも、彼の世界は狭すぎる」
「狭い、とは?」
「ハンター試験の最終試験、会長自ら受験者の能力値を他者と比べられる形で公表しました」
数字としてはっきりと出たわけではなかったが、優劣を知るには十分だった。
「キルアは同年齢の少年に劣っていました。受験者全員を見れば彼はそれなりの位置に居ましたが…」
濁した言葉の続きを、シルバは正しく読み取ったのだろう。
彼は数回頷くと口を開く。
「どうすればあいつの世界は広がるだろうな…。コウ、お前の意見を聞きたい」
「…己の内を広げるには、他の広さを知ることが一番でしょうね」
「…決まりだな」
シルバはそう言ってくっと口角を持ち上げる。
お咎め覚悟で言った言葉が、通った。
「ありがとうございますっ!」
勢いよく腰を折り、コウはそのお礼を口にした。
持ち上げた彼女の顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「キルアの穴は…」
「もちろん私が引き継ぎます」
「そうしてくれ。特に顧客も抱えていないからさほど増える事はないだろう」
そう答えるとシルバは「ところで」と話を切り出す。
コウも一旦キルアの話を打ち切るように表情を変えた。
「お前はいつになったら落ち着くつもりだ?」
「そうですね…まだまだ現役を続ける予定です」
「そうか。落ち着きたくなったら、こちらはいつでも歓迎するぞ」
彼がそう言うとコウはクスクスと笑って「了解しました」と告げる。
無理強いせずに己の意志を尊重してくれる彼の言葉が嬉しかった。
執事用の住まいは穏やかな再会ムードに包まれていた。
その部屋へと繋がる廊下を進む足音。
「ゴトーさん」
彼女が声をかければ、その廊下に立っていたゴトーが綺麗に腰を折る。
そして顔を上げると彼女の姿を捉えた。
「お伝えになるのですか」
「ええ。約束、でしたから」
もう気づいているでしょうけど、とコウは笑う。
ゴトーは彼女の行動の後を押すように微笑んだ。
「キルア様はコウ様から伝えられるのをお待ちです」
「…そうですね」
その笑顔に見送られ、コウは部屋の中へと踏み込んだ。
カツンと言う一際大きな足音も掻き消されるほど賑わっている室内。
しかし、そんな中で一人その音に気づいた者がいた。
「姉貴!!」
ゴンから目を逸らし、コウの姿をその眼に映す。
途端にパッと表情を輝かせて彼はコウに駆け寄った。
「俺!自由になったんだ!!親父がコウに礼を言っとけって」
ありがとうな!と笑顔でそう言ったキルアに、コウはその表情を綻ばせた。
「お礼を言われるような事はしていないわよ。でも、おめでとう。良かったわね」
その柔らかい銀糸を撫でてやれば、キルアは照れたようにそれでも嬉しそうに笑う。
ふと、彼は思い出したように顔を上げた。
その表情から、コウは次に続く言葉を悟る。
「約束、でしょう?」
「うん!友達が出来たら教えてくれるって!」
よく考えれば、今の今までよく名前を知られずに居たものだとコウは思う。
周囲の人が自分を呼ぶ時には大概「コウ」と言う名を呼ばれているのだが…。
二人の『約束』を知って、周りが気を使ってくれていたのだろう。
「まさか、気づいていないわけではないわよね?」
「………俺は、姉貴の口から聞きたい」
暗に、知っていると返事をするキルア。
彼の答えにコウは満足げに微笑んだ。
「コウ、よ。コウ=スフィリア」
「って事は…ハンター試験のコウは…」
その問いかけに頷く事で答えを返す。
やはり、キルアはちゃんと答えを見つけていたようだ。
スッキリした表情で彼は笑った。
「あと、もう一つ」
コウは視線を後ろで見守っていた三人にも向け、その口を開く。
「情報屋『ルシア』と申します。御用の際には是非お申し付けくださいませ」
営業スマイルを浮かべてコウは人差し指と中指で挟んだ名刺を渡す。
そこに書かれているのは名前と電話番号、そして『ルシア』専用メールアドレスだった。
「『ルシア』…。聞いたことがある。確か…表裏共に酷く名を広めている世界屈指の情報屋だ」
「その名前なら俺も覚えがあるぜ。アドレスを得る事が最低条件の情報屋、だったっけな」
「そんなに有名な情報屋が…コウなの?」
三種三様の声にコウは笑みを深めて頷く。
キルアも予想外だったらしく、驚いたように口を開いていた。
「依頼人以外に名刺を渡したのはこれが初めてよ。何かあったら遠慮なくメールして頂戴」
一度のウインクと共に、コウは迷いなくそう言った。
コウの優しい眼差しに見送られ、4人はゾルディック家を後にした。
「容姿端麗、頭脳明細、おまけに超がつく金持ち。本当に言う事なしな姉ちゃんだな!」
「確かに、あそこまで全てを持っている女性も珍しいものだな。まるで不可能を感じさせない」
「何か世界が違う人みたいだよね。コウ自身は凄く気さくだけど」
次々の飛び交う彼女を褒める言葉。
その一つ一つを聞きながら、キルアは口元を緩めた。
「いいお姉さんだね!キルア!」
ゴンは満面の笑みと共にそう言った。
「だろ?」
嬉しそうな表情と共に、彼は得意げに胸を張る。
Rewrite 06.02.06