Free act.22
広すぎる厨房の中を行き交うコック。
彼らの邪魔にならぬ位置を歩く女性が居た。
その手には今しがたオーブンから取り出したばかりの鉄板。
黒く光るそれの上に並べられた一口大のクッキーは香ばしく焼きあがっていた。
それを広いデーブルの上、先に置かれていた鉄板の隣へと置く。
その上に並べられているのは綺麗な形に焼き上がったマフィンだった。
「相変わらずプロ顔負けの腕前ですな、コウ様」
「素人の見様見真似ですよ」
そう言って微笑みながらテーブルの向こう側の窓を開ける。
そこでは小鳥達が今か今かと言う風に待っていた。
彼女の顔を見るなり小さな口を精一杯開いてピィピィと鳴き声をあげる。
コウはその様子にクスクスと笑い、少しばかり冷めたクッキーを指先で砕く。
窓から手だけを外に出して小鳥らの居る場所の傍にそれを置いてやる。
待ってましたとばかりに群がる彼らにコウは笑みを深めてその様子を見守った。
「あー、またこいつら来ちまってたんっスか?」
向こうから泡の乗ったスポンジを片手に近づいてきた男にコウは振り向く。
ここに来てもうすぐ一年になろうかと言う若いコックだ。
頭にタオルを巻いて腕を捲くっている辺りはその辺りの工事現場に居てもおかしくないような風貌。
ただ、着ている服は列記とした調理服なのでそれには該当されないが。
「また?」
「ええ。コウ様が前に餌付けして以来すっかり気に入っちまって。今では毎日せっせと通い詰めてますよ」
「あら、ごめんなさい。私の所為…ね、それは」
苦笑いへと表情を変え、コウは答える。
そんな彼女に彼はフルフルと首を揺らした。
「コックの先輩方も何だかんだ言って可愛がってますよ」
「そうなの?」
「こんな屋敷ですからね…。何か、ガラじゃないってわかってても…可愛く見えてきちまいますよ」
彼はそう言って部屋の大きさに比例するように大きめに作られたシンクの中に手を伸ばす。
水を張った中に浸かっていた食器類を持ち上げ、泡立てるようにスポンジを握りながら洗っていく。
「…そうかもしれないわね…」
そう答え、美味しそうに嘴でクッキーを摘んでは食べる鳥の一羽に手を伸ばす。
逃げるでもなく怯えるでもなく、小鳥はコウの指が己の喉を撫でるのを受け入れた。
「………コウ様、そろそろクッキーもいい具合に冷めたんじゃないですか?」
「あぁ、そうね」
思い出したようにテーブルの上に乗ったそれに視線を向けるコウ。
用意してあったラッピングにそれらを型崩れせぬように入れていく。
「場所提供ありがとう。残り物で申し訳ないけれど、お代はこれで」
そう言ってクッキーやマフィンの残りを皿の上に載せ、調理部屋中央のテーブルに置いていく。
じゃあね、と言って手を挙げた彼女にその場に居た全員が頭を下げた。
彼女が去るなり、彼らは再び各々の行動を再開させる。
「…ホンット、この屋敷の人間とは思えないっスよ」
残された店に出しても恥ずかしくないような菓子を一瞥し、彼は皿洗いを再開させた。
ルシアの背に乗って揺られるコウ。
そうして彼女がやってきたのはゾルディック敷地内にある己の屋敷だった。
一枚300Kgもある扉を易々と片手で押し開け、彼女はその中へと入る。
コウが一日のノルマとして与えていた特訓内容をこなしていた三人がその音に顔を上げた。
「お疲れ様。一旦休憩にしない?」
彼女は手に持っていたそれを広いテーブルの上に乗せて微笑む。
三人の眼がそれに輝くのを見届け、キッチンへと向かって紅茶の用意を始めた。
「これコウが作ったの!?」
「そうよ」
「そう言えばコウは2次試験唯一の合格者だったな」
完璧と呼べるそれらに目を落としたゴンがコウに問いかける。
コウはカウンター越しにカップを用意しながら答えた。
彼女の答えにクラピカが思い出したようにそう言い、隣に居たレオリオもそう言えばと頷く。
「コウって何でも出来るんだな」
「何でもって事はないけれど…そうね。まぁ、世間一般に出来るべき事は全て出来るんじゃないかしら」
そうじゃないと仕事的にも困るし、と心の中で付け加える。
情報屋とは言え、実際に様々な所に忍び込んでそれを得てくる場合もある。
その際にこれは出来ない、では済まされないのだ。
この職を選んだ時から、コウは全てにおいてプロと並ぶ位の実力をつけるように努力してきた。
元々の器用さや記憶力のよさも手伝い、今までどうしても出来なかった事はない。
「そう言えば…コウは試しの門を開けれるの?」
紅茶でティータイムを楽しんでいた時、不意にゴンが彼女に問いかける。
コウは唇まで運んでいた紅茶を一口飲むと、腕を下ろした口角を持ち上げる。
「口で言うよりも見てもらった方が早いわね。
…丁度いいわ。これを飲んだら、開けられるようになったかどうか…試しに行きましょうか」
少しでも勢いがついてしまえばテーブルを傷つけそうなほどに重いカップを慎重に置く三人。
そんな光景にコウはクスクスと笑う。
ゴンたちがコウの屋敷で過ごすようになってから2週間後の事だった。
「その細腕のどこにそんな力があるんだよ…」
鈍い音を立てて開いた試しの門。
それを開く者の力を示すかのように、それは3まで口を開いていた。
その光景は圧巻とも言える。
レオリオは大して必死な様子も見せずに門を開いてしまったコウにそんな感想を漏らした。
「キルアと同じところまで開けられるなんて…凄いや!」
「辛うじて1の門は開いてもおかしくはないように思うが…さすがにこの光景は信じられないな…」
「さて、と。私が門を開けられることをわかってもらったところで…あなた達にも挑戦してもらうわよ」
コウが少し手の力を緩めれば、それは勢いよく閉じる。
一度閉じてしまえば、それが本当に開くのかどうかも疑わしく見えた。
コウは門に片手を沿え、三人を振り向く。
「誰からいく?」
コウの力を見た後ですぐさま名乗りあげるには少々勇気が必要だった。
Rewrite 06.02.01