Free  act.21

「本来ならば脅すような前置きは必要なんてないの。ただ…一応ね」

コウはそう言って笑みをつくり、三人を見た。
ルシアに凭れるのを止めて真っ直ぐに彼らに向き直る。

「イルミ=ゾルディックは知っているわね?」
「キルアを連れ戻したあの人だよね」

ゴンは試験後の説明会を、クラピカとレオリオは最終試験をそれぞれ思い浮かべる。
場所は違えど、あまりいい印象を持っていない人物である事は確かだ。

「ええ。彼はゾルディックの長男で、そして私の婚約者」

彼らの表情からその心中を悟ったのか、コウは少しだけ困ったように微笑んでそう言った。
三人は聞こえてきた言葉を認識するのに暫しの時間を要する。
そして「「「婚約者!?」」」と三人声を揃えた。

「あ!って事は…キルアが話してためちゃくちゃ美人なお姉さんってコウの事!?」
「…何それ?」
「キルアが三次試験の最中にそう言って居たんだ。そう言えばコウと雰囲気が似ていると…」
「同じ人物なら似てて当然だよな」

驚きはしたものの、納得している様子の三人。
コウはキルアが言っていたと言う言葉に苦笑を浮かべた。
彼女はあの美人が自分かと問われて、はいそうですと答えるような人間ではない。

「それにしても…キルアの目を欺く必要がどこに?」

クラピカが尤もな質問をコウに投げかける。

「…最後まで彼に気づかれたくはなかった。仕事の問題でね」
「仕事ってのは…キルアを連れ戻すことか?」

若干トーンの下がったレオリオの声。
説明会の時の様子でわかっていたことだが、彼らはキルアをこの家に戻すことに反対だった。
それを仕事として請けていたコウを良く思わないのは当然。

「否定はしないわ」
「何で!?だって、キルアは…!」

コウを好いていたゴンにとって、そこは否定して欲しいところだった。
無理やりのようなやり方で自分の友達を連れて帰った彼らとは違うのだと。
そんな事を引き受けるはずがないと言って欲しかった。

「確かに私はキルアを連れ戻すと言う仕事を引き受けていた。でも、これだけはわかって欲しい。
私は…あの子に自由であって欲しい。試験中のキルアは、本当に楽しそうだったから」

義姉としてではなく、コウという一人の人間として。
彼を幼い頃から見てきたコウとして、キルアの自由を望んだ。
その事だけは否定したくはないし、己だけがわかっていればいいと思うつもりもない。

「でも、結果としてコウはキルアを連れ戻したことになる」
「ええ。私はイルミを止めなかっただけだけれど」
「それでもキルアにとってはどっちも変わんねぇだろ!自由になって欲しかったってのも嘘なんじゃねぇのか?」

レオリオの言葉にコウはその表情を翳らせる。

「それが偽りなら…あの子が家を出るのを見逃すはずがないじゃない」
「コウは…知ってたの?」
「知っていたわ。あの子が母親を刺し、もう一人の兄を刺して家を出て行ったこと。それを計画していたこと」

全て、知っていた。





『姉貴…。俺さ、家を出ようと思ってるんだ』

夜更けに突然部屋を訪れたかと思えば、彼は真剣な顔でそう言った。

『どうしたいとか、よくわかんねぇけど…。姉貴には話したかったから』

それを話された時に、コウは彼が躊躇う原因となっているのは自分なのだと気づく。
自分の元を離れることだけを彼が悩んでいるのだと。

『好きなようにすればいいわ。キルアがどこに居ようと、私の大事な弟だって事は変わらないから』

躊躇いを断ち切れるように。
コウは彼の背を押した。














「戻ってくることを望んでいたなら…背中を押したりしない」
「コウ…後悔してるの…?」

ゴンの言葉にコウは彼を見下ろした。
その表情は自身を気遣うようなもので、彼女は笑みを浮かべる。
哀しげな笑みだと、気づけない者はその場には居なかった。

「血の繋がりはなくても大切な弟だもの。ゴンのように生きて欲しい」

彼女の紡ぐ言葉が偽りであったならば、世の中の全てが偽りなのではないかと思う。
それほどに心を映すようなその声に、レオリオは自身の頭を掻いた。
今更ながら、自身の発言は彼女に向けるのはおかしいものだったと悟る。

「悪かったな。その…疑っちまってよ」

レオリオの謝罪にコウはきょとんと目を見開く。
しかし、すぐに首を振った。

「あの場面を見ていればそう思っても無理はないわ。寧ろ、憎まれる覚悟すらあったから」
「“あの場面”?」
「ゴンが倒れていたときの話よ」

あの状況下でイルミの側に居て、尚且つ彼を止めなかったとあれば彼と同じなのだと取られても無理はない。
本心がどうであれ、止めなかったと言う事実が変わる事はないのだ。















話が一段落ついたからか、一行は守衛室へとやってきていた。

「私はあなた達を歓迎するつもりよ。もちろん…この家のやり方に反対するまでは出来ないけれど」
「それで十分だよ!執事さんは全然話も聞いてくれなかったんだ!」

ゴンはその時の事を思い出したのか、少しばかりムッと表情を怒らせて言う。
そんな彼にクスクスと笑うコウ。

「それが彼らの仕事だもの。本来は私に取り次ぐことも許されていないのよ?」

そう言ってコウはちらりとゼブロを見やる。
彼は「はは…」と笑って頭を掻いた。

「まぁ、仕事の関係もあるから…私への連絡だけはゼブロさんの判断でまわしてもらうようにしてあるけど」
「本来ならばコウ様に連絡することも叱られちゃうんですけどね」
「それなら大丈夫よ。告げ口したりはしないから安心して」

コウの言葉にゼブロは助かります、と頭を下げる。

「所で、ゼブロさん。彼らにどこまで話してあるの?」
「それが…まだ殆ど話せていないんですよ。今から使用人の家に来てもらおうかと考えていたんですよ」
「それなら私の屋敷を使っても構わないわよ?」

コウの言葉に三人が首を傾げる。
その心中を悟ってか、コウは付け足すように口を開いた。

「樹海は広いからね。私も敷地を頂いて屋敷を建ててあるのよ」
「その歳ですでに屋敷を持っている…のか?」
「…稼ぎだけはいいからね」

クラピカの驚きにコウはその口角を持ち上げて答える。
荒稼ぎばかりしているわけではないが、依頼人の中には大富豪のお得意様なんかも居る。
職業柄、実力に比例した金額が入ってくるのは当然の事なのだ。

「コウ様の屋敷にお泊りいただいてもよろしいのですか?」
「構わないわよ。ちょっと待ってね」

そう言ってコウはポケットからケータイを取り出す。
それを手早く操作すると、耳に当てて電話を始めた。

「あ。ゴトーさん?ええ、コウです。私の屋敷の掃除と部屋の準備をお願いしても構いませんか?」

電話の相手はわからないが、コウが何やら準備を整えようとしていると言う事だけは理解できた。
それからいくつか頼むと彼女は草々に電話を切る。

「屋敷に着く頃には準備は出来てると思うわ。使用人の家で鍛えることを提案するつもりだったんでしょう?」
「ええ。そのつもりでした」
「だろうと思った。私の屋敷にも一式用意してもらったわ」

彼らの会話の端々に疑問は残るものの、一向に口を挟めない三人。
漸く話が纏まったらしく、コウはクルリと彼らを振り向いた。

「さて。試しの門の話は聞いたと思うけれど…これを開けられない人間は敷地に入る価値無し。それには私も同感なの」

そう言葉を始めるコウ。
一言も聞き漏らすまいと、三人は続く言葉に集中していた。

「ここで提案が一つ。私の屋敷で試しの門を開けられるまで特訓する気はない?」

三人の答えなど決まっていた。






コウの電話のすぐ後。
ゴトーは手の空いている執事にコウから伝言を言いつける。
それから半時間と経たずに、敷地内の彼女の屋敷には執事が用意した様々なものがあった。
部屋は客人を迎えるに十分すぎる程に綺麗に掃除され、客室三部屋はすぐに泊まれるよう準備されている。
そして、その他に用意されたものは、使用人の家から運ばれた生活用品一式その他諸々。
どれも半端なく重いもので、最低重量が20Kgであったと記しておこう。

因みにコウの屋敷の扉は全て300Kg。
実の所を言うと使用人の家よりもハードな生活を送らなければならないのである。

Rewrite 06.01.30