Free act.19
「コウ姉様…?」
小さなノック音と共に、カルトがドアの隙間から顔を覗かせた。
シャワーを終えたコウは、丁度着衣に袖を通し終えた所。
まだ濡れた髪をタオルで拭いながら彼女はドアを振り向く。
「カルト?珍しいわね、部屋まで来るなんて」
そういいながらも笑顔で手招きすると、カルトも珍しく笑顔を浮かべてコウに駆け寄ってきた。
「ハンター試験は終わったの?」
「ええ。さっき帰ったばかりよ」
「どうだった?」
首を傾げるカルトに、コウはにこりと微笑んでポケットからカードのような物を取り出した。
それはハンターであると言う証とも言えるライセンスカード。
コウはその扱いもぞんざいにカルトへとそれを投げた。
「おめでとう、コウ姉様」
カードの触感を確かめるように指を這わせながらカルトは言う。
そんな言葉に、コウはありがとう、と微笑んだ。
「そう言えば…ゼノさんは居る?」
「…今日は居たと思うよ。父さんたちも会いたがってた」
「ええ。試験の話もあるし…挨拶に行くわ。仕事の後になるって伝えてもらえる?」
もちろんだよ、と可愛くカルトが言った。
例えどのような環境で育っていたとしても、感情を出しさえすれば、可愛いものだ。
況してやコウにとっては幼い頃からコウ姉様と後についてきてくれていた子。
言動一つも愛情を動かすには十分で、コウはカルトの頭を撫でてよろしくと言葉を重ねた。
「カルト、後でまたあなたの部屋にお邪魔するわ。試験の話はその時にでもゆっくり、ね?」
そう笑うと、カルトは笑顔で部屋を出て行った。
――コンコン――
「誰じゃ?」
「コウです」
「入れ」
部屋の主からの了承を得て、コウは失礼します、と言って中へと入る。
「久しぶりじゃの」
「そうですね。ゼノさんもお元気そうで」
「わしは生涯現役じゃ」
「ふふ。相変わらずですね。仕事を持ってきましたよ」
そう言うと、コウはポーチからチップを取り出した。
最終試験の前の三日間の間に来ていた依頼の中に、ゼノからのものもあったのだ。
ちゃんとそれを片付けていたコウはその情報を引き出すべくパソコンを取り出す。
促がされるままにゼノの向かいの椅子に座ると、コウはそのチップを自分のパソコンに入れた。
画面を立ち上げると、即座に情報を取り出して創ったプリンターでコピーしていく。
上がったものをゼノに手渡した。
「ほぉ…仕事の速さは落ちとらんのう。ふむ、十分すぎる情報じゃ」
「ありがとうございます」
「どうじゃ?ここらで腰を落ち着けてみんか?」
「…いつもと同じ答えですよ。私はこの仕事が好きですから。“生涯現役”です」
「ふ、そう言うと思ったがな」
「もちろん、ゼノさんたちの恩を忘れたわけじゃありません。でも…仕事はやめられないです」
コウの言葉に満足したゼノは、ゆっくりと頷いた。
「腰を落ち着ける事は出来ませんけれど、その代わりにしっかりと役に立ちたいと思っています」
「そうじゃの。では、まだ暫くは役に立ってもらおうかの」
その言葉に喜んで、と答えるコウ。
そうして、しばらく話しこんだ後、コウはゼノの部屋を出た。
自分の部屋まで戻ると、すでに別の人物がその部屋の中にいた。
イルミが立ち上がって歩いていくのを見て、コウも二匹を連れて部屋を出る。
「どこに行ってたの?」
「ゼノさんのところ。仕事を渡しに行ってたの」
「父さん達が呼んでるよ」
「挨拶がまだだもんね」
ごめんね、と謝るコウにイルミは首を振り、「仕事?」と問いかける。
コウは彼の言葉に頷いた。
「うん。情報屋の方と旅団の方とね。ま、情報屋はこれで仕事納めだし」
「…やめるの?」
「あら、言ってなかった?ハンター証も取れたことだし、これからは心機一転しようかと」
「?」
疑問符を頭の上に載せたイルミに、コウはクスクスと笑った。
「今までみたいに情報を探すだけじゃなくて…何でも屋的に仕事を請けようかと思ってるの」
「ああ、そういうこと。父さん、俺。コウを連れてきたよ」
言葉を交わすうちにどうやら目的の部屋に着いていたらしい。
一際大きい扉の前に立って、イルミが中に声をかけた。
「入れ」
「失礼します」
シルバの声が聞こえると、イルミは無言で、コウは一声かけて中へと入った。
「こんにちは、シルバさん」
「…また強くなったな、コウ」
シルバがコウの横についている二匹を見て言った。
「そうですね。もう一匹いけるようになりました」
「仕事の方は順調か?」
「はい。ハンター証も取れたので、これからはもう少し仕事の幅を広げる予定です」
「まだ落ち着く気はねぇみたいだな」
「これが生きがいですから」
イルミが一通りの報告を終えるとその部屋を出たが、コウはまだ留まったままだった。
何気ない会話を続けていると、急に扉が開く。
「コウ。帰ってきていたのね。さっきカルトちゃんから聞きましたよ」
「キキョウさん…挨拶が遅れました。お久しぶりです」
「まぁ、そんな他人行儀な!私のことは本当の母親だと思ってくれていいのよ?」
「もちろん、いつでもそう思っていますよ。尊敬故のものなんです。見逃してください」
その声にキキョウは「嬉しいわ」と微笑みを見せ、彼女の滞在期間を尋ねた。
コウは少し悩んだ後、一ヶ月と答える。
「なら、一ヶ月は滞在なさい。ここはあなたの家なんですから…気兼ねしなくてもいいのよ」
「ありがとうございます」
「時間が空いたら私とお茶でもしましょう。では、用があるから失礼しますね」
まるで台風のように去っていくキキョウ。
コウは苦笑しながらその背中を見送った。
「相変わらずですね、キキョウさん」
「そうだな。時に、コウ。仕事を依頼してもいいか?」
「喜んで」
「サエビス共和国の大富豪、ルマンス=エビザエルの近辺調査だ。3日以内に頼む」
「わかりました。明日にでもお届けします。では、仕事が残っていますので失礼します」
「ああ。ゆっくりするといい」
お礼を言うと、コウはもと来た道を帰って行く。
廊下を歩いているときに、イルミが姿を見せた。
「どうだった?」
「ん?特に何もないよ?挨拶と…仕事の依頼。何、心配してくれた?」
「まぁね」
「ふふっ。イルミって優しいわよね」
そう言って微笑んだコウに、イルミはふいと顔を逸らす。
素直に照れない辺りはキルアとよく似ているなぁとコウは思った。
「そんな事言うのはコウ位だよ」
「それは光栄。婚約者の性格位は知っておかないとね」
「婚約者…ね。皆もかなり気に入ってるからね」
「うん。嬉しいよ。シルバさんもキキョウさんもゼノさんも…皆大好きだからね」
コウに合わせて少しだけ速度を落として歩くイルミ。
そんなイルミの顔を覗き込んで、コウが言った。
「イルミも好きだよ?ありがとね。仕事をさせてくれて」
「…その方がコウらしいからね」
「うん!わかってくれているからイルミ好きー」
イルミの腕に絡まって歩くコウを、イルミは振り払うことなく歩いていた。
「っと。クロロから仕事入ってたんだ。じゃね、イルミ!!」
「ほどほどにしときなよ」
「了解」
軽く敬礼のポーズをとりながら走り去るコウ。
彼女を見送ると、イルミは自分も部屋に戻っていった。
――ゴンたち到着まで、あと一日。
Rewrite 06.01.27