Free act.18
規則的なエンジン音を聞きながら、コウは窓の外を見詰めていた。
眼下に広がる景色は小さく、自身が上空に居るのだと言う事を改めて認識させられる。
不意に、彼女の足元に座っているルシアがコウを見上げた。
その視線を感じてか、コウはルシアに微笑みかける。
「そうね。そろそろ出してあげてもいいかしら?」
コウはそう言うとポーチを開く。
薄く開かれたそこから、動物の鼻先が顔を出した。
「スノウ。出ておいで」
ポーチから顔を覗かせたのは、雪のように白い狼。
大きさはコウの肩に乗れるほど。
ポーチから抜け出すと、まるでリスの様にコウの肩へと上る。
「ごめんね。こんな狭い中に閉じ込めていて」
頬に擦り寄ってくるスノウを、コウが優しく撫でる。
右へ左へと肩の上を移動するスノウに、ルシアが立ち上がった。
ルシアが鼻先を寄せれば、スノウはすぐにルシアの上へと移動する。
「遊んできていいわよ。大分かかるから」
コウがソファーに身体を沈めながら言うと、ルシアはスノウを乗せたまま部屋を出て行った。
二匹が出て行くと、コウは長く息を付く。
「ふぅ…」
「さすがに疲れた?」
「イルミ」
後ろから声をかけられて、コウは座ったままの姿勢で首だけ反らす。
癖のない黒髪が視界に入った。
「疲れてはないわ。まだ大丈夫」
「あいつら、結構疲れるんでしょ?二匹も具現化してると」
「もう慣れたわね。これ以上増やすと……ちょっと辛いかな。まぁ、あと一匹くらいなら大丈夫」
そう言ってコウは椅子の背へと身体を凭れさせる。
ゾルディック家の飛行船と言う事もあり、細やかな所までお金をかけてあるようだ。
凭れた途端に包み込むような感覚を背中に受け、コウはいつの間にか傍に来ていたイルミを見上げる。
「家までだいぶかかるし……ゆっくり休みなよ」
「イルミ優しいわね。どうしたの?」
クスクスと笑いながら問いかければ、イルミは「別に」と答えて彼女の隣に腰を降ろす。
やや乱暴に、でも傷まない程度に彼女の銀色の髪を引き、己の肩へとその頭を凭れ掛けさせた。
「ありがとう」
「帰ったら早速仕事頼むから」
「………了解。しっかり休んでおきます」
苦笑いを浮かべたまま右手を軽く上げて、敬礼のポーズをとる。
それに頷くと、イルミはそれ以上何を話すつもりもないとばかりに持ってきていた本へと視線を落す。
覚えのないタイトルのそれに、新しく買ったんだなと思いながらコウはゆっくりと目を閉じた。
彼女が寝息を立てるまでそれほど時間はかからなかった。
「コウもう着くよ」
上から掛かった声に、コウはゆっくりとその目を開いた。
いつの間にか視界は横たわっていて、目に映るのは天井をバックに自身を覗き込むイルミ。
彼の長い黒髪が重力に従って肩から流れ落ちようとしていた。
「ん…。おはよ」
イルミが顔を覗き込むのを止めると、コウは横たえていた上半身を起こす。
確か寝る前はイルミの肩を借りていたはずなのだが…と言う目で彼を見た。
「寝心地が悪そうだったからね」
彼女の意図を察してか、イルミはそう答える。
その言葉にコウはありがとう、と返しておいた。
ある程度睡眠時間が取れたらしく僅かに強張った体を馴染ませるように伸びをして、コウは窓まで近づく。
すでに眼下には見覚えのある風景が広がっている。
ピョンッといつものように肩に飛び乗ってきたスノウを撫でると、コウは操縦席の横に座る。
「あとどれくらい?」
「10分」
「そ。じゃあ念の特訓でもしておこうかな」
そう言うと、コウは両手を静かにあわせる。
ゆっくりと開いた手の中には、二つの鏡があった。
片方は青、もう片方は赤色の装飾が裏面に施されている。
どちらも美しく目を引く装飾の鏡。
それをそれぞれの手で持つと、合わせ鏡の要領で鏡の面を向き合わせる。
その二つの鏡の間にハンカチを置く。
確かにハンカチが映ったのを確認すると、コウは赤い方を自分の膝の上に置いた。
青い鏡に手をかざすと、そのまま目を閉じる。
「“複製の鏡(クローンミラー)”」
コウがそう紡ぐと、鏡から先ほど映したハンカチが姿を現す。
「いつ見ても面白いね。コウの念能力は」
「役には立つけどね」
再び二つの鏡の間にハンカチを置くと、合わせ鏡にする。
音もなく、そのハンカチが消えた。
「落ち着いて使える時にはいいんだけど……忙しい時とかは結構骨が折れるよ」
「そう。あ、もう着くね」
「そうなの?じゃあ、荷物纏めてくるわ」
イルミの言葉に窓の外を見る。
すでに屋敷がかなり近くにあった。
コウは席を立つとそのまま操縦室を出て行く。
「お帰りなさいませ。イルミ様、コウ様」
「あら、ゴトーさん。最近は仕事が忙しくて中々会えなかったから…久しぶりね」
「はい。お久しぶりです、コウ様。お元気そうで何よりです」
「なるほど、硬いのは相変わらず…か」
そんな事を言いながらも、コウは終始笑顔だった。
一列に並んだ執事の横を通って、イルミとコウは自室へと戻る。
「じゃあ、父さん達に報告に行く時にまた来るから」
「了解。シャワーするからゆっくりしてくれてもいいよ」
コウの部屋の前で別れると、コウはさっさと中へと入る。
出て行った時のままの慣れた部屋に、自然と笑みが浮かぶ。
ルシアはスノウを乗せたまま、早々にベッドの上に乗った。
ベッドに伏せると、その組んだ前足の上に顎を置いて目を閉じる。
スノウもルシアと同じ状況である。
何とも微笑ましいその光景に一度笑い声を零し、コウは着替えを用意するとシャワールームへと足を動かした。
Rewrite 06.01.27