Free  act.16

「どうじゃ、コウ。おぬしは誰と戦いたいんじゃ?」

ネテロがコウにそう問いかけた。
コウは受験者全員に視線を向け、そして再びネテロに戻す。
そして……口を開いた。

「ゴン、お相手願える?」

















「ごめんね、借り出すような事をして」
「ううん。別にいいよ」

迷惑と言うよりは寧ろ楽しみと言うような表情で身体を解すように動かすゴン。
彼を見ながらコウはますますあの人の子だなと思っていた。

「ルールは同じじゃ。相手に「まいった」と言わせる以外に勝ちはないぞ」
「もし私が負けたらどうなるんです?」
「…ぬしの合格は決まっておる。委員会にも報告してあるんでの。ゴンの方は…その時点で合格じゃな」
「じゃあ、ゴンにも多少のメリットはあるみたいね」

ゴンとコウは部屋の中央に立った。
他の者は、二人からかなりの距離を取る。
今まで殆どコウから離れていなかったルシアだが、今回ばかりは彼女を離れてギタラクルの傍に佇んでいた。

「さて………じゃあ、始めようか?」

コウの纏う空気が、変わった。
ゾクリとゴンの背筋を何かが這う。















殆ど一方的な試合だった。
コウの速さはゴンとは比べ物にならない。
彼女の動きを目で追うことが出来たのは、ヒソカにギタラクルそしてネテロの三人。
かろうじて追うことが出来たのは、ゴンとキルア。
だが、それも断片のみだった。

「漸く眼が慣れてきたみたいね。じゃあ、もう少し速くするわよ」

まるで別人のように、コウの視線が鋭くゴンを射抜く。
すでにゴンは立つ事すら難しい状況だった。

「根性があるのはいい事だけど…時と場合によるのよ」
「それでも……言わない!」
「それなら…仕方ないわね」

タンッとコウが床を蹴った。
次の瞬間には、ゴンは向こうの壁に叩きつけられる。
その場にぐたりと倒れこんだ。
ブーツの踵で床を鳴らしながら、コウがゴンの傍まで歩いた。
横たわるゴンに手を伸ばす。

「いい加減にしろ!」

レオリオの叫び声にコウの視線が彼を振り向く。
その冷たさに思わず息を呑んだ彼の傍で、キルアが口を開いた。

「止せって。コウはゴンの急所は一度も狙ってねぇよ」

レオリオにもわかるんじゃねぇの?とキルアは逆に問いかける。
確かに医者を目指す彼にとって人体の急所がどこにあるのかは把握出来ている。
しかし、コウの速い攻撃は彼の視力では見えていなかった。
恐らくキルアがそれに気づいたのは、持ち前の動体視力と幼い頃からの訓練の賜物だろう。

「急所どころか、彼女は骨一本…ヒビすらいれないよう細心の注意を払って攻撃している」
「あの一瞬でそんな細かい事やってるって言うのかよ?」
「ああ。私も信じがたいが…目の前で易々とやってのける人物が居るのだからな…信じるしかない」

その声にコウは一瞬止めた手を、再びゴンに伸ばす。
どうするのかと全員が見守る中―――彼女はゴンの身体を起こした。
身体にダメージが加わらないように、優しく。
ゴンが気を失っていないのを確認すると、小さな声で話す。

「ここで私が「まいった」って言ったら合格だけど……言って欲しい?」
「……嫌だ」
「そう。でも、もう、動けないでしょ」

そう問うと、少しの沈黙の後コクンと頷く。

「私としてはここで勝たせてあげても何の問題もないんだけど…むしろ勝たせてあげたいし。
でも、ゴンは嫌なんでしょう?なら………道は一つしかないわよ」
「それも…嫌だ」
「……我が儘ね」

クスクスと笑いながら、コウはゴンの頭を撫でた。
その手の優しさに、ゴンは育ての母親のミトを思い出す。

「信念を貫きたいなら……強くなりなさい。
肉体的にも、精神的にも。時には逃げることも学びなさい」

そこまで話して一旦言葉を区切り、彼女はゴンの耳元に唇を寄せる。
そして、彼が漸く聞き取れるかと言うくらいの小さな音量で紡いだ。

「そうしないと、ジンには辿り着かないわよ」

コウの口から出た名前に、ゴンが驚いて顔を上げる。

「知ってるわ」
「…………………まいった」

微笑を浮かべながら「彼を知っている」のだと言う事を伝えると、ゴンは素直にその言葉を口にした。
二人の近くにいた立会人だけが、その言葉を聞く。

「素直でいい子ね。ジンの事、聞きたい?」
「自分で探すよ」
「……そう」

ゴンの笑みに、満足そうにコウが頷く。
そして、ゴンに手をかざした。
指には青い宝石のはまった指輪が光っている。

「“南を護りし朱雀よ。全てを癒す風を起こせ。癒風。”」

そう呟くと、ゴンを中心に風が起こる。
先ほど会話が聞こえていない受験生及び試験官は、その光景に目を見開く。
勝負がついたことなど知らない。
慌てて駆け寄ろうとするレオリオを、横にいたクラピカが止めていた。
ややあって、風が収まる。
名残すら残らぬそこには無傷のゴンがいた。
無数の怪我が、完全に癒えていたのである。

「迷惑料。この後も試合があるんだから…素直に受け取ってくれるわよね?」
「うん!ありがとう、コウ!!」

すっかり元気を取り戻していたゴンが、ピョンピョンと飛び跳ねた。
彼は笑顔すらその表情に浮かばせ、コウを見上げる。

「楽しかったよ!やっぱりコウって強いんだね!」
「…アレだけ一方的な攻撃を受けて楽しいって言えるなんて…大物ね、ゴン」
「うん!ヒソカの時とはまた違った楽しさだった」

また戦おうね、と言う彼に、コウは苦笑に似た笑みを浮かべて頷く。
そんな彼らに立会人が二人に近づいてきた。

「勝敗はこれでよろしいんですね?」

立会人の確認に二人は顔を見合わせ、そして同時に頷いた。
そして、コウの勝利が宣言される。

Rewrite 06.01.26