Free  act.12

見張っているだけだったコウが漸く動きを見せた。
トンッと軽い足取りでその場へと降り立ち、彼女はにこりと人の良い笑みを零す。

「コウ」
「や、キルア。キルアのターゲットはこれでしょ?」

199番のプレートがコウの細い指の上でクルクルと回転している。

「「「!?!?」」」

三人は音もなく現れたコウに驚きを隠せないようだった。
そして、ウモリはイモリと同じように自分のポケットを探る。
しかしどこを探してもプレートは見つからず、彼女の持つアレが自身のものだと納得する他はなかった。

「ごめんなさいね。私、手癖が悪いの」
「折角遊ぼうと思ったのに…勝手に取るなよなー」
「別に問題はないでしょ?暇だったんだし」
「あ、兄ちゃん!!こいつだよ!!受験番号1番の女!!」

先程までキルアに怯えた様子すら見せていたイモリがコウを指さして叫ぶ。
彼女は三人の視線を受けてなお平然としている。
その腰辺りには確かに丸いプレートがあり、そこには『1』と書かれていた。

「あら。もしかしなくても私がターゲットなのかしら」

驚いた様子もなくコウはそう言った。
未だに彼女の指の上でクルクルと回るプレートは止まる所を知らないように球を描く。

「は!手間が省けたぜ。女!そのプレートを寄越しな!!」
「力ずくで取って御覧なさいよ。腕にはある程度自信があるんでしょう?」

挑発するようにそう言うと、コウはピンッとプレートを弾く。
それは真っ直ぐにキルアの方へと飛んだ。
パシッとそれを簡単に受け取った彼に微笑む。
キルアは心得ている、とばかりに代わりの198番をコウに向かって投げた。

「これで6点」
「俺も」

互いにターゲットのプレートを自身のそれの隣へとつけ、頷く。
それを見た三人が同時に動き出した。
プレートを奪い返すつもりだと言う事は明らか。
三方向からコウを取り囲む彼ら。
先程いとも簡単に198番のプレートを奪ったキルアよりは彼女の方が楽と考えたのだろう。

「あーあ…馬鹿じゃねぇの?」

キルアの呟きなど聞こえては居ない。
それを掻き消すように聞こえてきたのは獣の吠え声だった。
















「私に手を出したいならまずはルシアを何とかすることね」

自由を与えた所でルシアがコウの傍を離れすぎるはずはない。
主人の危機を察してルシアは独断で彼女の元へと戻ってきた。

まず、一番近くに居たウモリを飛びついた前足で地面にねじ伏せる。
そんな彼の身体を踏み台にしてアモリに飛び掛る。
彼の目の前で身体を反転させるとその後ろ足で蹴り飛ばし、その反動でイモリの方へと飛んだ。
為す術なくイモリも兄ら同様に地面へと背を打ちつける結果に終わる。
その間ものの数秒の出来事だった。

「ご苦労様」

自身を誇るようにその美しい毛並みを纏う尾を高く揺らし、ルシアはコウに擦り寄る。
甘えるようなその仕草の間さえも、ルシアは三人から警戒を解いていない。
自分達の実力では到底敵わないと、身をもって体感させられた瞬間だった。

「ルシアに負けるようではまだまだ甘いわね。私なら一瞬で殺せるわよ?」

先程までとは違い、敵に向けるそれへと変化した笑み。
血も凍るような感覚を受け、三人は伏した体を起こすことすら出来なかった。










「……で、これはどうしようか?」

ルシアを撫でる反対側の手の中には、197番のプレート。
どうやら199番と一緒に盗ったらしい。

「私は要らないから…キルアにあげるわ。好きにしていいわよ」

キルアに向かってそれを投げると、キルアは先程同様それを片手で受け取った。
彼はニッと口角を持ち上げてそれを見下ろす。

「じゃ、このいらないのは………」

そう言って腕を勢いよく引くと、思いっきり投げた。
プレートは驚くべきスピードで飛んでいって………やがて見えなくなった。

「よく飛ぶわねー…。じゃ、さよなら」
「あと5日あるしがんばって探しなよ。じゃね―――」

コウが踵を返し始めれば、それに付き従うようにルシアも動き出す。
その後を追うようにしてキルアも走り出した。
残された三人はルシアの肉食獣の殺気に中てられたらしく、動けるようになったのはそれから5分ほど経ってからだった。
















「で、何でついて来るの?」
「別にー?暇だしさ」
「…この試験にはプレートを取り返すチャンスがあるのよ?しっかり守らないと」
「知ってるぜ?それはコウも同じだろ?」
「………はぁ。スタート地点付近まで戻るつもりだけど…来る?」
「行く」

即答する弟に、苦笑に似た笑みを浮かべ、コウは頷く。
そんな彼女の隣を走るキルアは気づいていた。
彼女が自分に合わせるようにわざと速度を落として走っていると言う事に。

「何で速度上げないの?」
「…置いていって欲しいならそうするわ」

言葉から察するに、自分を置いて走ることくらい容易いと。
彼女はそう語っていた。
認めるのは癪なことだったが、限界間近まで速度を上げている自分と未だ余裕のコウ。
実力差は明らかだ。
ハンデを与えられているようにも思える彼女の行動が、何故か嫌だとは思わなかった。

「なぁ。コウの家名は?」
「………それを知ってどうするつもり?」

質問に答えるわけでもなく、寧ろそれを質問で返すコウ。
キルアは少しだけ悩んだ後「興味本位」と答える。

「そうね…スタート地点まで競争して、勝てたら教えてあげてもいいわ」
「マジ?」
「勝てたら、ね」

クスリと笑ったコウに、キルアは俄然やる気を大きくする。
先程自身と彼女の間に差を感じた事すら忘れているようだった。

「絶対だからな!」
「はいはい。んじゃ、1分ハンデね」

そう言ってコウは足の動きを緩くしていき、やがて彼らの距離は広がった。
それを機に一気に速度を上げるキルア。
彼の背中を見つめながらコウはクスクスと笑った。

「ごめんね。教えられないから…負けないわ」

1分後、コウは地面を蹴る。
次の瞬間に彼女の姿はなかった。

Rewrite 06.01.22