Free  act.07

コウの作った豚の丸焼きをブハラが平らげた頃、続々と受験者達が豚を抱えて帰ってきた。
その光景はどこか異様なものであったが、誰一人そんなことは気にしていないようだ。

「…これは…中々見れない光景よね…」

コウが顎に手を当てたままポツリと呟く。
ルシアが不思議そうに見上げたのに気づくと、にっこりと微笑んでルシアの頭を撫でた。
ブハラは次々に豚を食べていく。
後に残された骨は、ぺんぺん草も生えないほど綺麗に食べられていた。

――ゴォォォン――

「終――――了ォ――――!!」

メンチがドラを鳴らし、二次試験前半が終了した。
判定が甘いと文句を垂れるメンチに、コウは苦笑を浮かべる。

「さて…一筋縄ではいかない私の昔馴染みは一体何を作らせるつもりかしらね…」

コウが楽しそうに言った。
















二次試験後半、メンチのメニューは“すし”だった。
これならあんたでも知らないでしょう?とでも言うような挑発的な視線をコウに向けるメンチ。
そんな彼女に口角を持ち上げるだけで答え、コウはクルリと踵を返した。

「コウ、どこ行くんだ?」
「ん?こんな所に缶詰になってたって、いい案は浮かばないでしょ?散歩でもしてゆっくり考えるわ」

コウが出て行こうとしていたのに目ざとく気づいたキルアが、コウを呼び止めた。
その答えに納得したのかキルアは再びゴンの方に向き直る。
建物を抜け出すと、コウは真っ直ぐに川を目指した。
ただ、勘でそこを目指したのではなく…コウはすしを知っていたのだ。

「この間仕事で出掛けた時に食べたのよね」

残念、とこの場に居ないメンチに向けて呟く。
そして川から数メートル離れた所までくると、いつの間にか手の中にあったナイフを投げた。
そのナイフには柄の先に細い鎖が付いており、コウはそれを引き寄せてナイフを手の中に戻す。
ナイフの刃には、大小の魚が二匹、頭を貫かれた状態で引っ付いてきた。

「…こんなの食べてお腹壊さなきゃいいけど…」

コウはギョロッとした目の魚を見ながら、思わずそう呟いた。
















零れ落ちそうなほどに大きな眼でギロリと睨み、隙あらば噛み付こうと鋭い歯の並ぶ口をがちがちと鳴らす。
そんな超好戦的な魚を片手に、コウは建物へと戻ってきた。

「あれ?受験者達は?」
「知らなかったの?皆魚取りに行ってるわよ。どっかの馬鹿が叫んでたから」

メンチの不満げな声を聞いたコウは肩を竦める。
そして一番メンチらに近い調理台の端を陣取ると、彼女は包丁に手を伸ばした。

「へぇー…全然会わなかったわね」
「…アンタ、どこの川まで行ってたの?」
「ん?あっちの川」

そう言って包丁を持たない方の手をクイッと後方へと向ける。
頭の中で地理を思い浮かべたメンチが呆れたように口を開いた。

「……………何キロ走ったの?」
「さぁ?そんなに遠くなかったわよ」

コウは魚を捌きながらメンチとの会話を楽しんでいた。
ただでさえ異形の魚だと言うのに、コウは危なげなくそれを三枚に下ろしていく。
魚を見事に捌き終えると、コウはシャリと共に握った。
手の熱が移らないよう手早く進む彼女の作業に、メンチが感心したように頷く。

「へぇーやっぱり手際いいじゃん。アンタも美食ハンター目指せば?」
「うーん…美食ハンターも捨てがたいけど…やっぱり戦闘の時の緊張感には負けるかな」

二種類のすしを握ると、それをメンチの前に出した。
一つは素材そのままをもう一つは軽く下味をつけて握ったすしだ。

「お腹、壊しても私の所為じゃないからね」
「大丈夫だって!美食ハンターを侮るんじゃないわ」

ケラケラと笑いながらメンチはそのすしを見下ろした。
見栄えはプロ級と言っても過言ではない。
あのゲテモノから出来上がった料理とは思えなかった。
メンチはコウの握ったすしを口に運ぶ。
じっくりと味わうようにすしを飲み込むと、メンチはコウの方を見た。

「…作り方、知ってたの?」
「一応は。この間食べたばっかりだったから」
「美味しいわ。ばっちり合格ね」

少しは緊張していたのか、メンチの言葉にコウは表情を緩めた。
安堵の息を漏らして微笑む。

「本当?よかった…魚が魚なだけに、結構心配だったのよね」
「まぁ…見た目はゲテモノ以外の何者でもないからね」
「この分だと…他の受験者のはかなり酷いと思うけど…大丈夫?」

コウがそう言うと、メンチは少し引いたようだ。
場合によってはゲテモノがそのまま出てくるだろう。
もちろん、そんなものをメンチが試食するわけないが。
コウは余った材料で再びすしを握る。

「余り物で申し訳ありませんが…食べません?あ、もう無理だったらいいんですけれど…」

コウはメンチの横ですしを眺めていたブハラの前に、いくつかのすしの乗った皿を出した。

「いいの?ありがとう!!」
「………食べれるんだ?」
「さっきあんだけ食べたのにね…」

ぺろりと平らげてしまったブハラを見て、コウは驚いた表情を見せていた。
コウの横ではメンチが呆れている。
ふと、コウの足元で大人しく蹲っていたルシアが体を起こした
入り口の方をじっと見ているのを見て、コウもそれに気づく。

「ようやく受験者のお帰りみたいね」













受験者の一人がすしの作り方を暴露してからは酷い物だった。
メンチの不機嫌はすでに最高潮で、

「コウくらいに美味しいすしじゃないと食べないわ!」

とまで言わせてしまった。
彼女の美食ハンターとしてのプライドが妥協を許せない所まで来てしまっていたのだ。
結果、二次試験後半の合格者はコウ一人だけだった。
ハンター協会の会長、ネテロが来なければそのままだっただろう。






「下が川だからね…何人飛び降りられるかな…?」

コウはその様子を楽しそうに観察している。
ネテロの計らいによりメンチが出した課題は『ゆで卵』。
崖に作られた巣の中の卵で作る、と言うのが条件だった。
すぐに崖へと飛び降りた者、それが出来ずに見送る者。
受験者の反応はそれぞれだった。
ふと、後ろにネテロの気配を感じて、コウはゆっくりだが振り返る。

「ネテロさん…絶で近づくの、やめてくれませんか。間違えて殺しても責任取れませんよ?」
「そうじゃのぉ…君ならわしだとわかるじゃろう?」
「まぁ…知ってる人ならわかりますけど」

そう言う問題じゃないと言うコウに、ネテロは「君は参加せんのかね?」と話を逸らす。
彼女は肩を竦めて風の唸る崖の方を見た。

「だって…簡単すぎますよ」
「ふぉふぉふぉ…そうじゃの。君には簡単すぎるか…。まぁ、余興と思ってわしに見せてはくれんか?」

悪戯めいた笑みでネテロがそう言う。

「…この貸しは大きいですよ?」

そう言うと、コウは崖のふちに立った。
彼女の手には、どこから取り出したのか長く細い鞭。
卵を取りに降りることの出来なかった受験者が、不思議そうに見守る中…コウはその鞭を崖に向かって振う。
コウが再び鞭を引くと、その先には鶏の卵より少し大きめの卵がしっかりと付いてきていた。

「はい、これで満足ですか?」
「わしは下に降りてとって欲しかったんじゃがのう…」
「別に取り方を言われませんでしたから」

コウは鞭から卵を放すと、手の中で遊ばせるように転がしていた。

Rewrite 06.01.17