Free  act.04

受験者の集団の向こうから声が聞こえている。
それから察するに、コウはそれが知っている人物の物であると気づいた。
しかし、前まで行こうと思うのはかなり労力の無駄だろう。

「コウ」
「ん?何、ギタラクル」
「一次試験の内容は?」
「…さぁ?教えるほど優しくはないわよ、私は」

見惚れるような笑みを浮かべ、コウはギタラクルにそう答えた。
ギタラクルと言うのは、試験の間だけイルミが名乗る名前だそうだ。

「…まぁ、そんなに期待はしてなかったけど」
「よくお分かりで。あ、そう言えばこの試験。キルアも参加してるみたいなのよ」

思い出したようにポンと手を叩き、コウはギタラクルにそう言った。
彼は驚いた風でもなく頷く。

「知ってるよ。さっき見たからね」
「私は接触するつもりだけど…あなたは無理よね」

そう言ってコウは彼の全身を見やる。
いつもの容姿ならば決して悪くはないのに…今回ばかりはそう言えない所が何とも哀しい。

「キルの事はコウに任せるよ。俺は遠くから様子見」
「OK。ま、彼は私って気づかないでしょうけど」

コウは自嘲気味に微笑む。
彼女も彼と同じく姿を変えているのだから無理はない。
尤も、イルミのように人体操作は出来ないので変装に近いが。

「何か目立った行動があったら教えて。通信機は持ってる?」
「持ってるけど、出来ればケータイの方に連絡して。そっちなら受け取れるから」
「わかった。じゃあね」

それが最後とばかりにイルミが歩き出す。
コウはその背を呼び止めた。
振り向く彼に微笑み、口を開く。

「頑張ってね。一次試験、あなたならどう転んでも合格よ」

ヒラリと彼に手を振ったところで、受験者一行が奥へと流れ出した。
恐らく試験の大まかな説明が終わり、移動を始めたのだろう。
これが『一次試験』の開始だと言う事を、コウ以外の誰も知らない。















「面白くないわね」

初めの頃こそ真面目に走っていたコウだったが、半分も行かないところで試験の簡単さに呆れが出てきていた。
情報屋を営む合間にゾルディック家の仕事もこなす彼女にとって、この試験ほど面倒な物はない。
コウはルシアの肩に手を置くと、ひらりとその背に跨った。

「ただ真っ直ぐに…一番先頭のサトツさんを追っていけばいいわ」

コウはルシアの頭を撫でながら言った。
それに答えるように、ルシアが短く吠える。
自分の足で走る事を止めたコウに、周囲の受験者が非難に似た目を向けた。
しかし、試験官は着いて来い以外に何も言わなかったと思い出すと目を逸らして必死に足を動かす。
どの道体力、知力共に疲労によって低下している状態で彼女を責めている余裕などなかったのだ。

「メールか…。“漆黒の遠雷”の情報…?」

送信者を見れば、よく知った人物の名があった。
コウは慣れた手付きでそのメールに返事を返す。

「(漆黒の遠雷って、確か宝石だったわね…。三日後のオークションに出品されるって噂の。)」

中々有力な情報だったはずだ、とその品を思い出していると、手の中のケータイがわずかに震えた。

―――――――
情報だけでいい。今回は直々に盗りにいくつもりだ。お前も来るか?
―――――――
日程上無理ね。三日後のオークションに出品されるわ。
そんなに大規模なオークションじゃないから、警護はせいぜい5・60人くらい。
一応情報を操作して2・30人まで減らしておく。
―――――――
なら、計画通りでいいな。報酬はどうする?
―――――――
一緒に出品される“蒼い桜”っていう宝石を盗ってきて。それでいいわ。
―――――――
わかった。試験が終わったらアジトに来てくれ。
―――――――

最後のメールに「了解」と返すと、コウはケータイをポーチにしまった。
顔を上げると、前方の受験者がかなり減っていることに気づく。
どうやらルシアの足では先頭まで来てしまうようだ。
もっとも、これでも抑えて走っているのだが…。

「…折角だし、サトツさんに挨拶でもしておこうか。ルシア、前まで行って」

コウがそう言うと、ルシアはグンッと速度を上げた。
ものの数秒で先頭まで躍り出る。

「お久しぶり、サトツさん」
「…!あなたは…」
「何度かお世話になってますよね」

受験生としてではなく、仕事上の仮の受験生として。
ハンター試験は難易度が高いだけに、死人が出るのも決して珍しいことではない。
それ故に、ゾルディックの仕事の場合は試験の合間を使うことも少なくはないのだ。
もちろん、本気でハンターになるつもりはなかったのだから偽の申し込みを行った上で、である。

「前回はどうもお世話になりました」
「いえいえ。私も楽しかったですよ。今回も仕事ですか?」
「今回は真面目に取りに来ました。よろしくお願いしますね、試験官さん?」

小首を傾げて微笑みつつ、コウは彼に向かって手を差し出した。
それをしっかりと握り、サトツと彼女は握手を交わす。

「それでは頑張ってください」
「ありがとうございます。……一つ確認なんですけど、次の試験官は彼女ですよね?」
「……………さすがです。ハンター試験の情報まで得ているのですか」

サトツの言葉にコウは「もちろんですよ」と得意げに答える。
彼女自身もこの仕事に誇りを持っているのだ。

「じゃあ、次の試験で必要以上に不合格者が出そうですね。ところで、もう少し速くなりません?」
「すみません。これ以上速くすると脱落者が急増しますので…」
「あ、そうですね。わかりました」
「その子には悪いんですが」

彼はちらりとルシアの方を見てそう言った。
その視線に気づいたのか、コウは首を振って答える。

「あぁ、ルシアはこれ位ではバテませんよ。少し走りにくいだけですから。では、私は後ろに戻りますね」

ルシアが少し速度を落すと、並んでいたサトツが前に出た。
そのままサトツの背を見ながら走る。
その背中を見ながら、コウは一次試験で何人落ちるかな…などと考えていた。

「ねぇ、お姉さん名前は?」

そんな声が聞こえるまで。

Rewrite 06.01.04