Free  act.03

「さっきやってたのは仕事かい?」

普通と呼べるのかわからない、恐らく他人が耳にすれば恐れをなすような言葉を交わすこと数分。
ヒソカが思い出したようにそう声を上げた。
コウはルシアの毛を撫でていた手を止め、未だ立ったままの彼を見上げる。

「ええ、仕事よ。終わったから、この地下から出たら飛ばすつもり」
「なるほど。と言う事は、少なくとも一次試験はこの地下から出るまでは終わらないんだね」

彼女の言葉の端からそう読み取ったのか、はたまた鎌をかけるつもりだったのか。
どちらにせよ、コウにとっては関係のないことなので頷いておく。
一次試験、どう転んでもヒソカが落ちると言う事などありえないのだから。

「他の試験内容も全部知ってるんだろう?」
「…最終試験以外はね。言っておくけど、教えないわよ」

先に釘を刺されてしまったヒソカは楽しそうに目を細め「残念」と答える。
その表情のどこが残念なのだと言ってやりたくなる気持ちを押さえ、コウは彼を見ていた。

「それより…私と居て楽しい?」
「もちろんさ。殺す価値もない様な人間ばかりだからね。ルシアだって一瞬で殺せる奴らばかり」

何故あえて挑発する必要があるのだ。
コウは思わず額を押さえて溜め息を漏らす。
周囲の視線に殺気が交ざりこんでいるのは気のせいではないだろう。
確かにこの場でコウとヒソカに好奇の視線を向けてくる輩はどれも雑魚ばかり。
言ってしまえばルシアだけでも十分なのは、間違いない。
だが、元々仕事以外では友好的に物事を進めたいコウはそんな彼らを挑発するつもりなど微塵もなかったのだ。
この目の前の男の所為で、自分まで要らぬ殺気を受けてしまったではないか。
そんな想いを篭めてヒソカを睨むが、彼はそれすらも心地よいとばかりに笑んだ。

「ルシアは随分修行したみたいだねぇ」
「お褒めの言葉ありがとう。可愛いでしょう?」
「うん。コウもまた綺麗になったんじゃないかい?」
「………その貼り付けた笑顔で言われても実感が湧かないわね…」

呆れたようにヒラヒラと手を振り、コウはヒソカの言葉をサラリと流してしまう。
実際に容姿に関して褒められる事は少なくはないし、自分でも人並み以上だと言う自覚はある。
それ故に慣れていると言う事もあるのだろう。
これのおかげで仕事が捗ることもあるのだから、こう生んでくれた両親には感謝できる所かもしれない。
両親、と言う言葉を脳裏に浮かべたコウはふと自嘲の笑みを零した。

「あんな奴ら…親と呼べるのかしらね…」

呟いた言葉は小さく、きっとルシア以外には届いていなかっただろう。















それから程なくして、コウが入り口の方を向いた。
その不自然な行動にヒソカが首を傾げる。

「イルミ」

小さく声を上げた彼女の表情は柔らかく、その名を持つ人物が彼女にとって大きな存在なのだと示している。
あの音量の声が聞こえたのか、今しがた入り口から顔を覗かせたばかりの彼がこちらに視線を向けた。
瞬間、驚いた表情を浮かべたことに気づいたのはコウのみ。
当たり前のようにこちらに歩いてくる彼に、コウは自身の口角を楽しげに持ち上げる。

「随分遅かったわね。300番台だとは思わなかったわ」
「これ、どう言う事?」

そう言って彼、イルミは自身のケータイを彼女の目の前に突き出す。
彼は自分で言っていたように、その顔を大きく変化させていた。
むしろ彼本来の面影すらない。
身体に何本と針が刺さり、それが何とも痛々しくて同時に不気味さを醸し出している。

「何って…その通りだけど?」

焦った様子もなく彼女はにこりと笑顔を浮かべる。
目の前に突き出された画面に書かれているのはこうだ。

―――――――
From:コウ
試験会場まで競争ね。負けた方が何でも一つだけ言う事を聞くって事で。
PS.このメールを受け取ったあなたに拒否権はありませんのであしからず。
―――――――

…何とも一方通行なメールだ。

「コウが負けるわけないと思うんだけど?」
「まぁ、当然よね。情報屋ですから」

にこにこと微笑んだまま彼女は答える。
そんなコウに、イルミは深々と溜め息をついた。

「よっぽど根に持ってるみたいだね。内緒で申し込んだの」
「それも当然よね。キキョウさんに「あんな野蛮な試験に行く必要ありません!」って言われて大変だったもの」

説得するの大変だったんだから、とコウは咎めるような視線を彼に向ける。
確かに仕事で必要になったからハンター試験に申し込んだ。
コウがとっていない事は知っていたし、持っていて困る物でもないからついでに彼女の名前で申し込んだ。
面倒だと言う理由で今後もハンター試験を受けないであろう彼女にとっては悪くない話だったはずだが…。
やはり、内緒でと言うのがまずかったのだろうか。
事後ではなく事前報告にしておくべきだったと、イルミは今更ながらに思う。

「…はぁ。わかったよ。試験が終わってから何でも言う事聞く」
「うん!やっぱり聞き分けのいい人は素敵ね」

屈託のない笑顔と呼べるそれだが、彼女が見せるそれはより美人さを際立たせる物だった。
偶然ながらもそれを見てしまった周囲の雑魚…失礼、受験者の顔に朱が走る。

「…あんまり無理は言わないように」
「………努力するわ」

彼女自身もかなりの、それこそ考えられないほどの高収入を得ているのだから金銭面のものではない事は確か。
内緒の行動としては高すぎる代価を支払わなければならないようだ。















イルミを加えて談笑…と呼ぶには何とも奇妙な三人。

一人は誰もが振り返るような端整な顔立ちの女。
一人は常に薄い笑みを浮かべ、顔のペイントや服装で奇妙な道化師を模している男。
最後の一人は…とにかく、金を積まれたとしてもお知り合いなどになりたいとは思えない男。

何とも危険すぎる組み合わせだ。
コウ一人ならば、ハンター試験の会場であることを忘れて声をかけてくる輩も居たことだろう。
しかし、彼らを傍に置く彼女には、幾ら屈強な奴でも近づけなかった。
本意か不本意かはわからないが、彼女は彼らのおかげで平穏を与えられていたようだ。






途中、ヒソカがぶつかってきた男の腕を切断するなど多少のトラブルはあったものの、時間は過ぎる。
そして、突然耳の心配をしたくなるようなベルの音が鳴り響いた。
第一次試験の幕が開ける。

Rewrite 06.01.04