Free act.02
「ハンター協会ってのは何でこうも意地悪なのかしらね…」
コウはすぐ傍らにそびえる大きな建物を横目に、こじんまりとした定食屋に足を踏み入れる。
ルシアもコウに続くが、どうやら他に客はないらしく騒がれることはなかった。
「いらっしぇーい」
「おはようございます。奥の部屋に通してもらえます?」
「!!…ご注文は?」
「あぁ、“ステーキ定食”を“弱火でじっくり”焼いてもらえます?」
「こちらへどうぞー」
女性定員に案内されて、コウは奥の部屋に通される。
部屋の中にはすでにステーキの焼ける匂いが充満していた。
コウは部屋に入るなり、どこからともなくパソコンを取り出す。
ゆっくりと降下していく部屋の動きを感じつつ、彼女は組んだ太腿の上にそれを乗せた。
指を動かし、打ち込まれていく文字を見ながら、コウは横目にルシアがしきりに匂いを嗅いでいるのに気づく。
「食べたかったら食べてもいいよ。私はいらないからね」
そう言って箸を割ると、コウは大き目の肉を数切れ鉄板から拾い上げて皿へと載せてやる。
それをルシアの前に置くと、再度パソコン画面へと向かった。
数分間エレベーターのように部屋ごと降下したコウ。
行き着いた先は何とも広い空間だった。
「暗い」
その場に着いたコウの第一声。
パソコンを使って色々と仕事をこなす彼女からすればこの暗さは不愉快だ。
仕事が出来ないわけではなく、あくまでやり難いと言う程度の問題だが。
「どうもお疲れ様でした!こちらが番号札になります」
「あ、どうも」
コウとは正反対に身長が低く、肉付きの良い男性が丸い札を彼女に手渡した。
それをちらりと一瞥した後、コウは彼に向かって口を開く。
「まだ暫く始まりませんよね?」
「はい!試験開始はこれから約10時間後となっております」
10時間後、と言う言葉にコウは眉を寄せた。
何とも長い時間である。
こんな何もない場所で長時間待たせようとするハンター協会に僅かな不満が首を擡げた。
「それまでは自由よね?」
「ええ。ここから出た場合にはその番号札は無効となりますのでご注意ください」
「じゃあ、仕事をしてても問題ないわね」
「何の問題もありませんが…ここはかなり電波が悪いですよ?」
大丈夫なのか?と首を傾げてくる彼に、コウは得意げに口角を持ち上げて見せた。
「それこそ何の問題もないわ」
それだけを言うと、彼女は数十メートル向こうに見えている壁の方へと歩き出す。
こんな入り口で待っていれば絡んでくれと言っているようなものだ。
第一、毎回この遣り取りがあるとすると邪魔で仕方がない。
壁の前まで来ると、心得たりとばかりにルシアは何も言わずともその壁に寄り添うように伏せる。
そしてコウもルシアに凭れる様に座り込んだ。
「ありがとう、ルシア」
コウが優しく頭を撫でれば、それに擦り寄るようにルシアも首を動かした。
そんな反応に笑みを浮かべたあと、コウは先程の作業に戻るべくパソコンに手を伸ばす。
コウが到着してから二時間ほど経った頃。
彼女は漸く画面から目を離した。
んー、と腕を高く伸ばして身体の凝りを和らげる。
「完了、と」
パソコンに小さなチップを差し込み、その中にデータを移すとコウは満足げに笑った。
「さて、後はこれを届けるだけなんだけど」
そう言ってコウは奈落への口を開いているかのような闇の方を向く。
一次試験がどのような物かを知っているから、彼女は出口の方を向いたのだ。
「ここから数百キロはあるし…さすがに無理か…」
片手に持っていたチップを専用のケースに収め、ポーチの中へと収納する。
そしてふと、コウは自身の周囲…と呼ぶにはかなりの距離がある位置に人がいるのに気づいた。
ざっと見積もって、三百は越えているだろう。
「…あら、結構集ってるのね。いつの間に…」
「君が集中していた間にね」
独り言で終わるはずだったそれに上がった返事。
驚くでもなく、寧ろ迷惑そうな表情に切り替えてコウはその声の方を向いた。
無視すると言う手もあるのだが、この人物に限りその策は有効ではない。
「お久しぶり、ヒソカさん」
「…さん付けで呼ばれるのも中々いいもんだね。ぞくぞくするよ」
「ごめん。訂正するわ」
ヒソカの抑えた笑い声にゾワリと背筋を逆立てたコウ。
即座にそう言うと彼女は改めてヒソカと向き直った。
「ところで、番号を貰ってるんだよね?」
彼の言葉にコウは一瞬きょとんと目を見開き、そしてポンッと己の手を叩いた。
ポーチの中をごそごそと漁ると、そこから丸いそれを取り出す。
「ありがとう、すっかり忘れてたわ」
そう言いながら、コウはベストの裾にそれを付ける。
それに書かれている番号に、ヒソカが笑みを深めた。
「やっぱり君が1番なんだね」
「…ま、当然よね」
コウはその形の良い唇に弧を描かせ、指先でピンとプレートを弾く。
「世界屈指と自負する情報屋が負けるわけには行かないでしょう」
「僕は間違いなく、世界一だと思うけどなぁ」
「…さすがの私も自分で世界一って豪語するほど図太い神経は持ち合わせてないわよ」
呆れたようにヒラヒラと手を振ってコウはそう答える。
当然といえば当然の回答だろう。
ククッと喉で笑うヒソカに、コウは冷たい視線を向ける。
そして、今気づいたように彼の服装を見て眉を寄せた。
「…また随分と突飛な格好ね」
「似合わないかい?」
「いいえ。寧ろ似合いすぎて気味の悪さが倍増。顔はペイント?」
「もちろんだよ。僕が自分の顔に入れ墨でもすると思ったかい?」
ヒソカにそう問われ、コウは思わないと即答を返す。
彼女の反応にまた笑い、そして彼は猫のような視線をルシアへと向けた。
ルシアは警戒するように首を持ち上げる。
「…いいね。随分成長したみたいじゃないか…この間会った時よりも存在が濃厚になっているね」
「どうも。それより、その服…何とかならないの?周りの視線が痛いわ」
不貞腐れたように立てた膝に肘をつく。
ちらりと巡らせた視界に入ってくるのは、慌てて目を逸らす受験者たち。
だが、コウが目線を外せばまた好奇の視線を向けてくるのだ。
先程から幾度となく繰り返されるそれに、コウはそろそろ嫌気が差してきていた。
「…視線を集めているのは僕だけの所為じゃないと思うよ」
「あなたと一緒だから特に酷いの。お分かり?」
「手厳しいね」
そう言ってヒソカは笑みを深める。
そして、まるで獲物を捕らえるような眼でコウを見た。
銀の髪を一つに束ね、背中に流す美麗な女性。
その眼に宿る鋭気はサファイア色の瞳によって、どこか冷たく見せていた。
しかし、微笑めばその雰囲気は一変する。
そんなギャップは彼女らしさを引き立たせていた。
「ところで…どうして顔を変えているのかな?」
「………その質問は第一声として来るべきものよね」
呆れた風に彼女はそう言った。
ゾルディック家でイルミと別れた時よりはいくらか成長したと言う風に見える。
見た目が20代後半と言った所か。
一見しただけでは酷く良く似た人物と言う事になるだろう。
「色々とね」
「…ふぅん…色々、ねぇ…」
「気にしないで。仕事関係だから」
ふと、コウはどこからか視線を感じる。
その視線の方を見れば、一人の少年が驚いた様子でこちらを見ていた。
コウよりも色素の濃い銀髪を自由に跳ねさせた彼は、スケボーを片手に食い入るように立ち尽くしている。
そんな彼ににこりと微笑み、コウは至極自然にヒソカへと視線を戻す。
「なんだ…探す必要はなかったみたいね」
コウの紡いだ言葉の意味を知っているはずもないのだが、ヒソカはクスクスと笑う。
何が楽しいのかと問いかけても上手くはぐらかされるのが落ちだろう。
彼はそう言う人物だ。
時間つぶしには丁度いいだろうと、コウはヒソカとの雑談に花を咲かせることにする。
Rewrite 06.01.02