Free act.01
朝の柔らかい日差しが、カーテンの隙間から室内へと差し込んだ。
カシャンと言う音に反応して、ベッドの脇に伏せていた銀狼が首を持ち上げる。
その時、コンコンと言うノック音が部屋の中に届いた。
「はーい」
「準備出来た?」
部屋の住人の返事を聞き、ドアが開かれる。
そこから顔を覗かせたのはサラリと長い黒髪を揺らした長身の男性。
この屋敷の持ち主、ゾルディック家の長男で名をイルミ=ゾルディックと言う。
彼の言う準備と言うのはこの部屋の主も関係していることだった。
部屋の主の名はコウ=スフィリア。
丁度先月の頭に20歳を迎えたばかりの女性である。
銀色の髪は緩やかに波打ち、首の辺りで一つに束ねられて彼女の背中を流れた。
年頃の女性のような美しさよりも動きやすさを重視したパンツスタイルに、上は黒のタートルネック。
その上に胸より少し長い程度のベストを羽織っている。
彼女はウエストポーチをカチリと腰に装着した。
「あとこれだけ」
そう言ってコウは己の右の太腿にホルダーを嵌めるとその中に銀色に光る銃を押し込んだ。
その銃を愛しむように撫で、彼女は顔を持ち上げる。
耳の辺りに少し垂れた銀糸がふわりと泳いだ。
「お待たせ。行こうか?」
「父さんと母さんに会ってからね。コウを呼んでたよ」
「了解。ルシア、行くよ」
ドアに凭れてコウの準備が出来るのを待っていたイルミがゆっくりと身体を動かす。
彼の元に歩み寄りながら、彼女は部屋の真ん中辺りで伏せていたルシアに声をかけた。
寄り添うように彼女の傍らに立ったルシアの頭を撫で、コウはドアノブを回す。
「お早うございます、コウです」
とあるドアの前でコウはノックの後にそう声を上げる。
部屋の中から「入れ」と言う返事が聞こえてくると、コウは静かにそのドアを潜った。
パタンとドアを閉じるなり、彼女は部屋の中にいた男性と女性に深く腰を折る。
そしてかなり広さのある部屋の中心へと、歩き出した。
「お早う、コウ。昨日はゆっくりと休めたかしら」
「お早うございます。ええ、キキョウさん。久しぶりにしっかりと休ませていただきました」
コウは声を発した女性の方を向いて微笑みを浮かべる。
キキョウと呼ばれた女性はドレスに身を包み、顔の上半分を機械で覆っている。
しかし、口元には笑みが刻まれており、その表情を読み取るには十分だった。
「今日からハンター試験に向かうんだったな」
「はい。これからザバン市に向かいますので…そうですね、三時間後くらいには向こうに着いているかと」
「そうか…。気をつけろよ」
男性の言葉に、コウは一瞬目を見開き、そして嬉しそうに微笑んだ。
「はい、シルバさん」
「怪我しちゃ駄目よ、コウ。歯向かう相手に容赦は要らないわ」
逆に懲らしめてやりなさいな、と言うキキョウの言葉に、コウは苦笑に似た笑みを浮かべる。
「はは…了解しました。返り討ちにします」
それからコウが男性、シルバと二・三言葉を交わす。
それが終わるとキキョウが再び口を開いた。
「あぁ、忘れる所だったわ。試験が終わってからでいいのだけれど…キルを探して欲しいの」
「…ご依頼ですか?それとも私への願いでしょうか?」
「そうね…じゃあ、依頼と言う事にしておいて頂戴。依頼料は幾らでも構わないわ」
キキョウの言葉にコウはただ一度頷いた。
そして、考えるように暫し沈黙した後、彼女はキキョウの方へと目を持ち上げる。
「では、依頼料はキキョウさんとのティータイムと言う事で…いいですか?」
「…まぁ、随分と高い依頼料なのね。もちろん、依頼するわ」
「探すだけでいいんですか?」
「連れ帰って頂戴。あの子にはまだまだ覚えてもらわないといけない事が山積みなの」
どこで何をしているのかしら、と文句を紡ぎ始めるキキョウ。
そんな彼女に「了解しました」とコウは少しだけ腰を折った。
コウの反応を見て、キキョウはよろしくねと言葉を残して部屋を出て行く。
「キルアのことだが…」
キキョウとコウの遣り取りを黙ってみていたシルバがそう言葉を始めた。
ドアの向こうへと消えた彼女を見送っていた視線を振り向かせ、ソファーに座る彼へと向き直るコウ。
「アイツの様子を見てきてくれ。報告書として纏めてくれると助かる」
「わかりました」
「それから…『ルシア』への依頼だ」
シルバの言葉に、コウは静かに姿勢を正す。
一瞬のうちに依頼人と情報屋と言う関係に移り変わる彼女に、シルバは内心で感心の声を上げていた。
「別に急ぐ物でもない。試験が終わってからにするか?」
「…内容を先にお聞きしても?」
「ああ。リフェール=ザルヴィッシュの身辺情報を集めて欲しい」
「………ザルヴィッシュと言えば…ヨークシンの一マフィアの頭ですね」
記憶の引き出しから情報を引きずり出すと、コウは確認のようにそれを紡いだ。
満足げに頷くシルバに、己の記憶が間違っていないことを悟る。
「試験までに終わらせます」
「頼もしい返事だな。暗殺期日は一週間後だ」
脳内のメモにしっかりとその内容を刻み、コウは深く頷いた。
長い廊下を進むコウの靴音が響く。
玄関へと出た彼女の視界に、待ち合わせていたイルミが映りこんだ。
「キルアを連れ戻すのね」
「母さんに聞いたんだ?依頼?」
「さすがによくお分かりで。『ルシア』としての仕事よ」
歩き出すイルミに倣って、コウも玄関を潜る。
執事達の「行ってらっしゃいませ」と言う声に見送られ、外へと一歩踏み出した。
「私としては、キルアは連れ戻しても意味がないと思うんだけど…」
「何で?」
「だって…あの子は殺しに対して迷いを持ってしまったんでしょう?」
敷地の森の中を歩きながら、二人は話していた。
コウはそう言って暫し整理するように口を噤む。
「…迷いは隙となって、仕事に支障を来たすわ。あの子が危険よ?」
ターゲットを前にした時、一瞬の迷いは己の死と直結している。
窮鼠猫を噛むと言う東の方の言葉通りに、死を前にした人間はそれだけ危険なのだ。
「いつか、失敗してしまいそうで…恐い」
「…コウは本当にキルが好きだよね。そんなに可愛い?」
あんなに可愛げがないのに、とイルミは肩を竦める。
そんな彼を見上げ、コウは驚いたように首を振った。
「あの子、凄く可愛いわよ?弟みたいで可愛くって…つい甘やかしてしまうのよね」
過去を思い出したのか、コウはクスクスと笑いながらそう言った。
そして、ふと思い出したようにポンッと手を合わせる。
「そうそう。試験中は姿を変えるから」
「へぇー…」
「何よ、その気のない返事」
「俺と同じ事考えてるんだと思ってね」
そう言ったイルミにコウはきょとんと目を見開く。
「そうなの?」
何で?と首を傾げる彼女に、イルミは「色々とね」とだけ答えた。
それを追究することもなくコウは先程のイルミと似たような気のない返事をする。
そして、一つ目の分かれ道で彼女は立ち止まった。
「私はこっちの方から行くわ」
常にコウの傍らに寄り添ってきていたルシアの背に乗り、コウは目の前にある方の道を指す。
イルミはそれを一瞥して再びコウへと視線を戻した。
「じゃあ、会場で」
「迷子にならないでね」
「………誰に言ってるのかしら?イルミ」
「さぁ?じゃあね」
誤魔化すように口元に僅かな笑みをつくり、イルミはもう一つの方を進んでいく。
その背が見えなくなるまで見送り、コウはルシアの頭を撫でた。
「行こうか」
彼女の言葉にルシアが地面を蹴る。
Rewrite 06.01.02