水面にたゆたう波紋

036

「ドワーフ鉱山…。来たのはほんの数ヶ月前なのに、とても懐かしく感じるわ」

以前はフリックと共に進んだ道を歩きながら、そう呟く。
もう何年も前のことのように感じる。
ここ数ヶ月が、怒涛のように過ぎていると言う証なのだろう。

「そう言えば、コウはドワーフと会ったことがあるって言ってたね」
「ええ。火炎槍の設計図を受け取りに来た時―――フリックと、一緒に」

そう答えた彼女は、自分の言葉に肩を落とした。
レナンカンプを逃れて早数ヶ月。
依然としてフリックの足取りは掴めていない。

「伝えなければならないことがあるのに…」

出来ることならば口に出したくはないけれど、彼には…彼にだけは、何があろうと伝えなければならないこと。
恋人であるオデッサの死。
彼女の最期と、そして、彼女の想いを伝えなければならない。
一秒でも早く無事を確認したいからこそ、彼に会いたい。
けれど、彼に会えばオデッサの事を伝えなければならず…それが、苦しい。
相反する二つの感情がコウの中をグルグルと支配する。

「…フリックは、きっと無事だよ」
「え?」
「僕は彼をよく知らないけど…コウは、信じられる人なんだろう?」

当たり前のことだとばかりにあっさりと問うティル。
その言葉に、気付かされた。

―――信じられる…あぁ、そうだ。自分は、フリックを信じている。

信じているからこそ、彼を探す当てのない旅に出ることもなく、再会を待っているのだ。
それなのに、何を心配することがあるのか。
いずれ、時が来れば…彼との再会を果たすことが出来るはず。

「…ありがとう」
「お礼を言われることじゃないけど、どういたしまして」














久しぶりに会ったドワーフたちは、相変わらず高圧的でどこかこちらを見下していた。

「おや、そちらの娘は…」
「ご無沙汰しております、長老」

一人ずつに舐めるような視線を送り、エルフと人間が共にいる事に珍しいと呟くドワーフの長老。
彼の視線がコウを捉えた。
コウは人間と変わらぬように、彼に対して敬意を持った挨拶を交わす。

「ふむ。相も変わらず礼儀正しい娘じゃの」
「先の件では大変お世話になりました。…火炎槍の効果は…まだ、試していませんが」
「風の噂で聞いておるよ。解放軍のアジトが帝国に落とされたとな。お前が無事で安心したわい」
「ご心配をおかけしました」

あの時は「想像していたドワーフとは違うな」と言う程度の感想しか抱かなかった。
しかしながら、ドワーフ側はコウをいたく気に入っていたようだ。
不思議なものだな、と思いつつも対応を乱すことなく、コウは流れるように言葉を紡ぐ。
一頻り二人が会話を終えたところでコウが仲間を振り向いた。
何とも言えない微妙な視線。

「…お前、つくづく不思議な奴だな」

コウからすれば、ビクトールの言葉に全員が頷くのが不思議だった。






話を進めれば進めるほど、ドワーフとエルフの間に壁を感じてしまう。
種族の違いと言うのは、こんなにも不自由なものだっただろうか。
絶対的な自信を持っている長老に対し、ティル達は賢明な説得を試みている。
自分が一声添えれば、状況を打開することが出来るだろうか。
そう考えてみるのだが、口を開こうとする所でティルの視線が彼女を見た。
まるで、自分の発言を止めるかのような視線。

―――この程度の説得が出来ないようじゃ、解放軍のリーダーはやってられないからね。

そんな声が、聞こえた気がした。
彼がその気ならば大丈夫だろう。
コウは肩の力を抜き、傍観者に徹する決意をする。








そうして論議すること15分。
解放軍一行は、ドワーフの金庫から流水棍を盗み出すこととなった。

焦魔鏡の設計図が盗まれるはずがないとの自信を崩さないドワーフの長老。
それに対し、現実に盗み出されていて使用される寸前なのだと訴えるキルキスとバレリア。
金庫に保管されていた焦魔鏡の設計図が盗み出されたと言うならば、それを証明して見せよ。

―――事の顛末は、こんなものだ。

町を出て山裾にあるドワーフの金庫を目指す。
遠めにもわかるほどに大きなそれは、確かに町の中に作るのは無理だ。
金庫と言う言葉すら似合わない。

「コウってエルフにもドワーフにも受け入れられるんだね」

道中、ふとティルがそんな言葉を零した。
そんな彼を一瞥したコウは、視線を正面に戻して口を開く。

「この世界の人ほど、種族の違いを重んじていないからかもしれないわ」
「どういう事?」
「敵ではない相手には、礼儀を以って接すべき。私は、父からそう教えられた。
エルフであっても、ドワーフであっても…それは、変わらないわ」

生まれながらの意識の違いなのだろう。
種族の違いに目を囚われることなく、真っ直ぐに相手を見据える。
コウの中には、種族により相手を見下したりする、根本的なものがない。
もちろん、ティル自身も相手を見下したりはしていない。
けれど、心の奥底では違うものだと言う認識があった気がする。

「同じなのよ。この地面を踏み、この空気を吸い…この世界に、生きている。
見た目や生まれの違いのような微々たるものに惑わされてはいけない」

彼女の横顔を見て、あぁ、と理解した。
これが、人を統べる者の眼差しか。
解放軍のリーダーとはまた別の、人を惹き付けて止まない不思議な空気。
ティルはふと、オデッサの言葉を思い出した。

「コウは生まれながらの王族だったかもしれない。けれど、あの子は自分自身の出生に甘んじてはいなかった。
きっと、並大抵ではない努力をしてきたんだと思うの。病弱だなんて、関係なかったんでしょうね。
人を想い、人を愛している。だから、あの子は優しいのよ」


オデッサはそう言っていた。
幼い頃からの積み重ねがコウと言う人間を形成している。
それは、最早意識を完全に超越し、言えば本能的な行動なのだろう。
思うままに動くことが相手を惹き付ける。
異世界から来た彼女が、あまりにも自然にこの世界に溶け込んでいる理由は、そこにあるような気がした。

09.05.01