水面にたゆたう波紋

034

さて、何故このようなことになっているのだろうか。
不本意ながらもほとんど強制的にティルたちとは別行動を取る羽目になったコウは、心中で溜め息を吐き出す。
目の前で行われるお茶の用意を眺めながら、どうしようか、と悩む。

「さぁ、コウ様。お口に合うかはわかりませんが…」

差し出されたそれを笑顔で受け取ることが出来るほど、コウは図太くはない。

「それよりも…早く彼らと合流させていただきたいのですが」
「ええ、もちろん。しかし、折角女王の加護を受けた方と出会えたのです。今ひと時のお時間を…」

良心に語りかける言葉だ。
コウはエルフの長を前に、心中で苦虫を噛み潰した。
人間に対する敵意のにじみ出ているエルフだが…果たして、ティルたちは無事だろうか。















事の発端は、コボルトの村を越えた辺りで起こった。
突然やってきたエルフが一行の…いや、コウの前で恭しく跪き、頭を垂れたことがそもそもの始まりである。

「初めまして。エルフの長老より、あなた様をお連れするよう命を受けて参りました」

他のメンバーなどまるで眼中にないとばかりの態度は、少しばかりコウに不満を抱かせた。
少なくとも、ティルよりもコウを優先する事はあってはならない。
多くの者を束ねる将は、いつだってその存在感を失ってはならないのだから。
一言だけでも、と口を開こうとしたコウを止めたのは、他でもないティル自身だった。

「いいから。話だけでも先に聞いた方がいい」

小声でそう言われた彼女は、仕方なく口を閉じてエルフと向き合う。
後ろでキルキスが何かを言っているようだが、生憎それを聞き取れるほどに聴覚は優れていなかった。

「これより先は、僭越ながら私がお連れします」
「…わかりました」

エルフとの関係を良好に保つ為には、耐えることも必要だ。
コウは結構ですと答えそうな己をひっくり返し、真逆の答えを返す。
すると、やってきたエルフはパッと表情を輝かせた。

「では早速!…失礼します」
「きゃあ!!」

ひょいと抱えあげられたコウは、悲鳴にも似た声を上げた。
思わぬ行動にティルが制止の声を上げようと手を差し出し、コウがそれに気付く。
しかし、二人の視線が絡んだ時には、エルフは駆け出した後だった。
見る見るうちに遠ざかる二人、置いていかれる自分たち。
しん、と静まり返ったその場で、所在無く持ち上げられたティルの腕が寂しさを物語る。

「ぼ、坊ちゃん…」
「…キルキス」
「は、はい!」
「案内してくれるかな?」

大事な仲間を、半ば誘拐するように攫われたティルの心境は想像するに容易い。
ビクリと肩を揺らしたキルキスは、こっちです、と足早に歩き出した。














その後、コウはあっという間にエルフの村へと招かれ、現在に至る。
延々と必要のない昔話やエルフの話を聞かされても、正直今の状況では受け入れかねる。
普段ならばまた違った反応も出来ただろうが…仲間と別行動を取らされている彼女に余裕はない。
興味を惹く内容も、何度も読んでしまって台詞まで覚えている本について語られているのと同じだった。
それでも、コウは耐えたのだ。
キルキスから聞いていた状況はあまりに切迫していて、だからこそ、エルフとの関係を悪化させてはならない。
彼らを説得し、出来るならば協力せねばならない。
しかし―――温厚な彼女の堪忍袋の尾も、明らかに引き伸ばすことが目的の話の前には三時間が限度だった。

「あなた方の歴史はよくわかりました。女王の加護を受けた者としても、その志は理解し、心にとどめます」

適当に話をあわせることなど造作もない。
その後の行動は彼らの言葉に縛られるべきものではなく、コウが自ら考えて行うものだ。
正式な文書に捺印したわけではないのだから、そうですね、と頷くことには何の問題もない。
しかし、コウの返事に気をよくした長老は、更に話を続けようとした。

「おぉ、流石は女王が選ばれたお方!それならば―――」
「申し訳ありませんが、これ以上のお話に付き合う時間はないようです」
「…シルビナ!」

長はコウから視線をそらし、声を上げる。
呼ばれたのは女性のようだ。

「は、はい…」
「…コウ様を案内して差し上げなさい。必ずここまでお連れするんだ」
「わかりました…」

何かに怯えるように肩を揺らす少女に、コウは表情を歪めた。
こんな弱気な娘を見張りのようにつけられては、振り切ることは難しい。
どうやら、是が非でもコウを彼らと合流させたくないと考えているようだ。
それがどういった理由から来ているのか…それを見極める必要性を感じるコウ。

「…よろしく、シルビナ」

にこりと微笑んだコウに、彼女はまたもや肩を小さく揺らした。









長の家を出て、コウとシルビナは無言で道を進む。

「…さて、と。この辺りで大丈夫でしょう」

ふと、コウがそう言って足を止める。
適当に歩いていたのだが、目的である『人気のない場所』に無事辿り着けたようだ。
振り向いた彼女を見て、シルビナがまた肩を振るわせた。
怯えさせるようなことをしていないと言うのに、この反応―――覚えはなくとも、少しばかり良心が痛む。

「ごめんなさい。あなたを怯えさせたいわけじゃないの。でも…教えて欲しい。彼らはどこにいるの?」

この村に来ていながら、客人として扱われていない事は明白だ。
コウの予想が正しいならば―――彼らは、どこかに囚われている。

「私はコウ。あなたと同じ…エルフのキルキスの願いにより、この村に着たわ。
けれど、それはあなた達と敵対する為じゃない。共に助け合い、協力したいと思ったから」
「…あなたは、女王の加護を受けている。なのに、どうして人間の味方をするの?」
「味方と言う考えはあまり好きではないけれど…私が、人だから、と答えるわ」
「エルフの女王の加護を受けているのに?」

シルビナの目は純粋だ。
悪意も何もなく、ただ自分自身の疑問に正直なのだろう。
そんな彼女を前に、コウは苦笑いを浮かべた。

「私は…正直に言うと、加護と言うものがよくわからない。
女王のお蔭でここに居るのは否定できない事実だとは思うけれど、エルフになったわけではないから」
「加護は、エルフの一族として受け入れると言うものだよ。だから、女王に受け入れられたコウは特別」

シルビナは純粋にコウがエルフの一族に組することを信じて疑わない。
その真っ直ぐな眼差しが、コウには眩しかった。

「ごめんなさい。私はあの人の傍に居たいの。とても…大切だと思うから」
「…シルビナもキルキスが大好きだよ。それと同じ?」

首を傾げた少女の目に、恋い慕う感情が見えた。
あぁ、この子はキルキスを愛しているのか。
何となくそう理解し、そして悩む。
その感情と同じなのかはわからない。
しかし―――

「えぇ。同じ…なのかもしれない」

口は、意図していない言葉を紡ぎだしていた。
彼女の答えに納得したのか、シルビナがポケットから鍵を取り出す。

「じゃあ、コウ様も会いに行こう?シルビナ、キルキスに会いたいの」
「鍵…」

嫌な予感は的中したようだ。

09.01.04