水面にたゆたう波紋

032

少しずつ、仲間が増えていく。
確実に一歩ずつ進んでいく解放軍。
大まかな改装工事が終わったコウも、ティルと共に仲間集めに出ることが多くなった。
昨日も、仲間を一人増やして城へと帰ってきた彼らは、久しぶりに質の良いベッドで身体を休めることができた。
その翌日、食堂で少し遅い朝食を取っていたコウとティルは、船着場の方がざわめいている事に気付く。

「…騒がしいね。何かあったのかな」

ティルが不思議そうにそう呟いた。
出ていく必要があれば、声がかかる。
そう思っているのか、彼は立ちあがろうとはしなかった。
そんな彼の向かいに座り、食後のお茶を飲んでいたコウもまた、そちらに視線を向けた。
ここからでは何が起こっているのかは見えないけれど、何かあった事だけは確かだろう。

「坊ちゃん!」

向こうから走ってくる人影が、そう声を上げた。
その声に反応したように、ティルは湯飲みを机に置く。
走ってきたグレミオは、彼のすぐ傍で足を止めた。

「食事中すみません。船着場の方に来ていただけますか?」
「うん、大丈夫。行くよ」

ガタッと椅子を引いて立ち上がると、そのまま食器を手に持とうとする彼。
白い食器に手をかけた所で、コウがそれを止めた。

「私が一緒に片付けておくわ。行って」
「…ありがとう。コウも後から来て」
「わかったわ」

行ってらっしゃい、と手を振って彼を見送る。
それから、自分の分と彼の食器を重ねて持ち上げ、洗い場へと運んだ。

「船着場で何があったのかしら」

場所が場所だけに、想像が難しい。
食器を水に浸しながらぼんやりと悩むコウ。
しかし、ハッと我に返ると、急いで濡れた手をタオルで拭った。
そして、足早に船着場へと急ぐ。












コウは船着場へと向かう途中の廊下でティルと合流した。
彼の後ろを歩くグレミオの腕に抱かれているものに、軽く目を見開く。
上から下までずぶ濡れになっている、まだ若い青年だ。
尖った耳など、その特徴から考えて、エルフである可能性が高い。
森の奥地で暮らし、人間の前には姿を見せないエルフが、何故ずぶ濡れでグレミオに抱かれているのか。
疑問符を浮かべるコウに、ティルが足を速めて駆け寄ってくる。

「あぁ、丁度良かったよ。タオルをたくさん用意してくれる?僕はマッシュを呼んでくるから」
「それは構わないけれど…いいえ、わかったわ。ティルの部屋?」
「うん。後からちゃんと説明するよ。…って言っても、僕もよくわからないんだけど」

よろしく、と言い残した彼が、グレミオと共に部屋へと向かっていく。
それを見送らず、タオルなどの備品を置いてある部屋へと歩き出した。

「あ、コウじゃないか。急いでどこに行くんだい?」
「クレオさん」

背中から女性の声がかかり、コウは一旦足を止めた。
振り向いた先にいるのは予想通りのクレオで、その名を呼べば彼女もコウへと近づいてくる。

「よくわからないけれど、タオルが…いえ、タオルと、男性の着替え、それと温かい飲み物が要るようです」
「タオルと着替えと…?誰か溺れたのかい?」
「状況的には近いですね」

まさか船着場で服を着たままシャワーを浴びたと言う事はないだろう。
状況としてはクレオが言っていた『溺れた』と言う説が近い。
溺れたのか、泳いだのかは定かではないけれど。

「二度手間だね。私がタオルと服を用意するから、コウは飲み物を頼めるかい?」
「わかりました。ありがとうございます」

二か所に分かれているので、確かに時間がかかってしまう。
彼女の申し出をありがたく受け取り、タオルの方を任せることにした。
じゃあ、と互いに別々の方向へと歩き出す二人。
コウはその足で食堂へと向かった。
温かいお茶を用意しようかと、食器棚から湯飲みを取り出す。
城育ちの姫だが、この世界に来てから同じ扱いを受けているわけではない。
寧ろ、彼女自身は幼少期の病弱さにより、チャレンジ精神旺盛な人間だ。
色々なことを試すうちに、生活水準を一般的な所まで下げることも出来るようになった。
もちろん、持って生まれた資質や、芯まで叩き込まれている作法を忘失したりはしなかったけれど。
お湯を沸かそうと片手鍋を持った所で、鍋の中にスープが残っていることを思い出す。
それほど濃い味のスープではなかったから、そちらの方がいいかもしれない。
例えば軽い消化不良を起こしていたとしても、これならば問題ないだろう。
そうしよう、と思い、お茶の用意を片付けてスープを深めの皿に装う。
それをトレーの上に乗せ、ティルの部屋へ繋がる廊下を歩き出した。









ティルの部屋はドアが開かれたままだった。
一声かけてから部屋の中へと入れば、ベッドの周りを囲んでいたメンバーがこちらを向く。
コウが持っているものに気付いたティルが、小さく頷いた。

「ありがとう、コウ。クレオがタオルと着替えを持ってきてくれたんだ。丁度、着替えさせた所」

びしょ濡れになっている服は、部屋の隅の籠に無造作に入れられていた。
濡れた髪の下にはタオルが敷かれていて、とりあえずベッドが濡れて困るということはなさそうだ。

「気を失っているようですね」

彼女が通れるようにと、グレミオが場所を譲ってくれた。
コウはエルフの手首を取り、脈を確認しながら容態を診る。
彼女自身、身体が弱かったために、こう言った時の応急的な処置は頭の中に入っていた。
恐らく、一般的な人よりは医療面でも精通している。
一通り状態を確認したコウは、彼の額にそっと手を翳す。
身体の内側を流れる魔力を意識し、それの蓋を開けた。

「―――ケアル」

口の中でそう唱えると同時に、手の平から溢れ出た緑色の柔らかく温かい光がエルフに降り注ぐ。
彼の肌に触れると、その光は雪のように溶けたように見えた。
降り注ぐ光が彼に吸い込まれる度に、その顔色が良くなって来るのが目に見えてわかる。
頬に赤みが戻ってきた所で、コウは魔法の発動を止めた。
この程度回復しておけば大丈夫だろう。

「ありがとう」

メンバーを代表したわけではないだろうけれど、ティルがお礼を述べた。
眠っている本人はまだ起きない。
けれど、容態が良くなった事は明らかだ。
どういたしまして、と答えてから、一歩下がる。
この分だと、そう時間を置かずに目を覚ますだろう。
メンバーが見守る中、閉ざされていた眼が薄く開かれた。

08.11.24