水面にたゆたう波紋
028
本拠地を得た解放軍は、いよいよ本格的な活動を始めようとしていた。
帝国と戦うのに、まず一番の問題となるのは戦力。
あまりにも差がありすぎていて話にならない現状を奪回すべく、まずは仲間集めが必要となった。
レパントという人物を仲間にすべく、その話し合いに呼ばれたティルを見送り、コウは城内を歩く。
はっきり言って、捨てられた古城だったこの城は、まだまだ本拠地と呼ぶには程遠い。
コウ自身は幼い頃から…いや、生まれた頃から城で暮らしていたために、これをそう呼ぶのだろうかと悩む。
彼女の知る城とは、こんな古びたものではなかったからだ。
「あ、こんな所にいたのかい」
廊下の向こうから声をかけてきたのはクレオだった。
彼女の声に、コウは足を止めて振り向く。
「よかった。すぐに出発しなくちゃいけないんだ。マッシュがコウを呼んでるよ」
「出発って、どこに行くんですか?」
「コウアンと言う町さ。レパントを仲間にしてくるよ」
レパントと言う人はコウアンにいるのか。
目を通しただけの地図を思い出し、その町の位置を思い出す。
この近辺だけは最低限覚える必要がありそうだな、と思った。
「気をつけて。何があるかわかりませんから…」
「あぁ、行って来るよ」
そう言って、クレオが手を振って去っていく。
どうやら、コウは今回は留守番らしい。
今になってマッシュに呼ばれたということは、そう言う事なのだろう。
窓の向こうに見える湖を見つめてから、コウは彼の元へと足を運んだ。
「コウです」
コンコンとノックをして、コウは部屋の中の人物に声をかけた。
入ってください、と言う声を聞いてから部屋へと入る。
「遅くなりました」
「いいえ、こちらこそお呼び立てして申し訳ない」
椅子に座るよう促されるままに、コウはマッシュの向かい側に腰を下ろす。
机の上に広げられた地図を一瞥してから、彼の言葉を待った。
「今回ティル殿に同行してもらわなかった理由は二つです」
「…はい」
「一つ、あなたにこの城の内装を考えて欲しい」
ひとつ、と指を一本だけ立て、マッシュはそう言った。
コウはその言葉に、この城を?とばかりに部屋の中に視線をめぐらせる。
「ここは、解放軍の人々が帰る場所です。
城と言うものに馴染みのない者が考えるよりも、生活したことのある者に任せたい」
「…承りました」
「ありがとうございます。二つ目は…これです」
マッシュの指が地図を叩く。
「今後、あなたの魔法に頼る機会も増えるでしょう。当然、ティル殿と行動していただく機会も多くなる」
「はい」
「あなたには、この世界を知ってもらう必要があります」
そう告げられ、コウはテーブルの上の地図を見下ろした。
この世界の一般常識や歴史などは、ある程度読んで覚えている。
けれど、地図の方はと言うと、まだ不安が残るのだ。
これは、コウとしても望んでいる事だった。
どの道、彼が長い遠征に出ることになれば同行せざるを得ない。
それだけが、彼女が生き延びる術なのだから。
「わかりました」
「…戦の場合にはもちろん共に行きますが…私は旅に同行することは難しくなるでしょう。
その際には、あなたがティル殿を支えてください」
「マッシュ…さん?」
戸惑いを浮かべるコウに、彼は安心させるよう笑みを浮かべた。
そして、くるくると丸めた地図を彼女に手渡す。
「手始めに、地図を覚えてください」
「―――…わかりました。内装の合間に覚えます」
「お願いします。何か必要なものがあれば声をかけてください」
地図を腕に抱き、マッシュに一礼してから部屋を後にする。
内装を任されるとは思っていなかった。
けれど…自分だからこそ出来ることがあるならば、頑張ってみようと思う。
まずは城の中を知る必要がある。
そう思い、コウは自分の足で城の中を歩いて回った。
それこそ、隅々まで散策していく中での発見は多い。
壁の丈夫さを確かめるように手で叩いてみて、自分の行動にクスリと笑う。
まるで技術者のような行動だが、コウにその手の知識はない。
見様見真似でそうしている自分の行動は、まるで子供のようだった。
「ティルが帰ってくるまで、長くて一週間くらい…かしら」
地図で距離を確認しながら、コウはそう呟いた。
テラスに使うことが出来そうな、広めのスペースの壁に凭れ、休憩中だ。
今まで足で確認した間取りを、持ってきていた紙に書き記していく。
人が集う場所として機能させるには、どうすればいいのか。
自分が過ごしてきた城や、訪問した先のそれを思い出しながら、内装を考える。
それが思いの外、彼女に合っていたらしい。
時間も忘れて手を動かしていると、時間は瞬く間に過ぎた。
最低限休むことの出来る部屋だけは二日目に完成しており、夜はそこで過ごす。
そして、目が覚めればずっと城内をうろうろと歩き回るコウの姿が見られた。
三日目の昼には大方の見取り図が完成し、マッシュにも確認してもらう。
問題なし、と言う太鼓判をもらい、今度は大工と打ち合わせだ。
ここからはコウが関わるべきではないのだが、持ち前の人の良さで、大工とは顔見知り以上に。
差し入れを持って様子を確認しにくる彼女が姿を見せると、自然と人が集う。
とりあえず完成しているテラスで談笑している面々を見て、マッシュは目を細める。
ティルとは違う。
けれど、彼女もまた、独特の空気で人を惹きつける。
導く力があるのかと考えれば、答えは否。
彼女は優しくも穏やかで、人が無意識のうちに求める空気を持っている。
例えるならば、親からの無償の愛。
優しく包み込まれるような空気は、異世界の者ならば誰もが持ち合わせているものなのだろうか?
そんな事を考え、マッシュはフッと首を振った。
もし、そんな空気の人間ばかりであるならば、彼女が話していたような争いはなく、平和な世界だっただろう。
争いがあるならば、そこには善悪がある。
彼女の空気は彼女自身のものなのだと、否応なしに理解した。
「あなたはティル殿にとって、大事な支えになる」
リーダーと言うのは、その責の重さに知らぬうちに心をすり減らしてしまう。
どんなに強い人でも、それは同じことだ。
いずれ、ティルにもそんな闇が迫るようになる。
その時に、彼女の存在は重要なものとなるだろう。
それは不確かではなく、確信を持てる未来だった。
08.08.17