水面にたゆたう波紋
027
主なき古城に住み着いた、モンスター。
ゾンビドラゴンの咆哮に、コウが動きを止めた。
見た目だけでも、違うとわかっているのに…種族が同じだからだろうか。
その声が、兄弟のように育ったドラゴンと同じに聞こえた。
動く気配を見せない彼女に襲い掛かるゾンビドラゴンの尾。
「コウッ!!」
その声に、ハッと我に返った時には、それは眼前まで迫ってきていた。
焦りつつも地面を蹴って後方へと飛び、辛うじて直撃を避ける。
骨の一部がコウを掠め、腕から鮮血が溢れた。
「大丈夫?」
後ろに回ってコウを支えたクレオがそう尋ねる。
案じるようなその眼差しに頷くと、コウはモンスターを見た。
アンデッド系のモンスターだと言うことは明らかだ。
ここで効果的なのは、ファイアよりも―――
「魔法の詠唱に入るから…終わるまで、サポートを」
コウが前衛で戦う彼らに聞こえるようにそう告げる。
各々が頷いたのを見届け、コウは胸の前に手を寄せ、そこに魔力を集めていく。
「――――――アレイズ」
死者復活の蘇生魔法を唱える。
退いて、と言わなかったのは、この魔法が彼らには何の影響も与えないからだ。
一気に放出された魔法がゾンビドラゴンを襲う。
ゾンビ…生ける屍であるアンデッド系に、蘇生系の魔法は効果絶大。
即死効果をもたらすそれは、この世界でも同じ効果を得られるようだ。
殆ど体力を削っていなかったと言うのに、あっさりと消滅するモンスターに、一行が唖然とした表情を浮かべる。
そんな中、コウはケアルを唱えて自分の怪我の治療を行っていた。
「…一瞬…ですね」
ポツリと呟かれたグレミオの声に、コウが顔を上げた。
「アンデッド系はレイズに弱い。私の世界では、魔法学の常識ですから」
「…よし、お前ゾンビが相手の時は先鋒な」
ビクトールがコウの肩をたたきながらそう言った。
ゾンビは痛覚がなく、食欲だけで生きているのでモンスターの中でも性質が悪い。
痛覚は恐怖を呼び、本能的に逃げることを覚える。
アンデッド系にはそれがないので、相手にすると色々と面倒なのだ。
場慣れしているビクトールだからこそ、彼女の魔法はありがたいと、心からそう思える。
「別に構いませんよ。紋章ほどに回数が限られているわけではありませんし。
レイズ系でなくても、ケアル系統の魔法で大幅に体力を削れますから」
気にした様子もなくそう答える彼女が、酷く頼もしく見えた。
戦闘には参加していなかったが、同行していたマッシュはコウを見て「ふむ」と小さく頷く。
彼女の魔法と言うのは、もしかすると解放軍にとっては救世主となり得るものなのかもしれない。
ボス的なモンスターから解放された古城に、澄んだ空気が舞い込んでくる。
「おめでとうございます、ティル殿。今日、この日を新生解放軍の決起の日としましょう」
ところどころ崩れた城。
しかし、それでも建物本来の形は失っておらず、かなりの技術で建設されたことが窺える。
ここから、新しい解放軍の戦いが始まる。
この場所に、志を同じくした人々が集う。
少し薄汚れた壁に手を沿え、コウは瞼を伏せた。
皆の話が進む中、それは突如として現れた。
光の中から生まれたその人は、コウにとっても覚えのある人物。
「久し振りね、ティル」
そこに現れたのは、レックナート。
コウをこの世界に呼んだ声の主。
「ついにあなたは自分の道を自分で歩き始めました。今日はあなたに渡すものがあります」
そう言って、彼女は二つのものを残した。
一つは約束の石版。
もう一つは…物ではなく、者だった。
「…コウ」
全てが終わると、レックナートはコウへと向き直った。
無言で事を見守っていたコウは、静かに彼女の前へと移動する。
「お久しぶりです、レックナート様」
「本体を宿す者と出会えたのですね。良かった…。それだけが、心配でした」
そう言われて、「右手を…」と求められる。
コウは彼女にそれを差し出した。
「…紋章の力がとても安定しています。彼の元を離れてはいけませんよ」
「…はい」
「添星であるこの紋章のお蔭で、本体も落ち着いています。双方に影響を与えているのだと、忘れないように」
即答しないコウに、念を押すようにしてそう言ってから、レックナートが手を離す。
そして、話は終わったのか、コウからティルへと視線を移動させる。
彼と何かを話した後、彼女は再び光と共に消えた。
「コウ」
名前を呼ばれたコウがそちらを向くと、レックナートが連れて来たルックが部屋の隅を指した。
これからについて話し出したマッシュと、それを聞くティルたちの集まりから離れる。
「ある程度勉強はしてるみたいだね」
「…もちろんです」
「レックナート様から頼まれてるから…君に紋章術を教える。我流で学びたいって言うなら、止めないけど」
「いえ、教えてもらえるなら、その方が良いです」
よろしくお願いします、と頭を下げた。
彼はふん、と視線を逸らす。
「初心者に教えるのは慣れてないから、自分で付いてきなよ」
「はい」
彼女の返事を聞くと、彼は「もう行って良いよ」と言って彼女を輪の中に戻した。
指示を受けるためだろう。
マッシュの元へと歩いていく彼女の足取りは軽い。
それを見ながら、ルックは軽く溜め息を吐き出した。
前に会った時よりも、魔力が高まっている。
傍にいるだけで感じるほどに強くなっていたそれは、紋章のための物だけではない。
使い方を誤れば大惨事にもなりかねない、強い力。
帝国に目をつけられるのは、時間の問題だろう。
「面倒くさい…」
―――守ってあげるのですよ。あなたの弟子だと思って、助けてあげなさい。
レックナートの言葉を思い出し、ルックは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
08.07.24