水面にたゆたう波紋

026

コウが一行に追いついたのは、セイカという小さな村だった。
村が見えたところで、疲れている馬を解放し、徒歩でそこへと向かう。
入り口に近づいていくと、そこで集まっている人の存在に気付く。
覚えのあるシルエットに、コウの足は自然と速度を増した。

「お、ようやく追いついてきたか。おーい!」

コウに気づいたのはビクトールが一番初めだった。
彼の声により、メンバー全員がこちらを向く。
ここまでの道のりで誰かと合流しているかと思ったけれど、増えているのは見覚えのない男一人だ。

「ごめんなさい。待ってくれてたの?」

そう言って彼らに駆け寄れば、ビクトールがいや、とそれを否定する。
気を使ったと言うことはないだろう。
ならばどう言う事なのか―――疑問符を浮かべたコウに、ティルが説明してくれた。

「これからの事を話していたところだ。彼…マッシュ・シルバーグが仲間になってくれたから」
「マッシュ…シルバーグ…。オデッサの?」

コウがそう問いかけると、本人が小さく頷いた。

「私はマッシュ・シルバーグ。オデッサの兄です」
「コウと申します。オデッサの事…助けられなくてごめんなさい」

そう言ってコウは深く頭を下げた。
顔を上げた彼女の目に悲しみを見たマッシュは、穏やかに微笑んで首を振る。

「あの子は自分の思うように生き、最期を迎えた。あなたが気に病むことではありません。
きっと、あの子もそれを望んではないでしょう。それより…」

ふと、マッシュがコウを上から下までじっと見つめる。
その視線に、彼女が居心地悪そうに身じろいだ。

「あなたは、王族の者ですか?」
「え?」

驚いたように声を上げたのは、コウだけではない。
事情を知る者は、何故、とマッシュとコウを交互に見た。

「…確かに、私は王族の出身です。けれど、帝国には属していません。何故…わかったのですか?」
「…王族には、気品と言うものが存在するものです。もちろん、全ての者がそれを得られるわけではない。
ですが稀に…生まれながらにして、それを持っている者がいる。あなたは、そんな一握りの人間だったのでしょう」

そう言ってから、彼は真剣にコウを見つめる。

「私も、問いたい。何故、王族であるあなたが解放軍に属しているのか」

コウは彼の問いかけに、即座に答えなかった。
代わりに、ビクトールの方を向く。

「この方は仲間になってくれたんですか?」
「あぁ。帝国も欲する名軍師だ」
「軍師…ならば、全てを説明する必要がありますね。話は、宿を取ってからにしましょう」
「…わかりました。それならば、まずはカクを目指しましょう。構いませんね、ティル殿?」

そうしてティルに確認するマッシュの様子を見て、コウが首を傾げた。
何故、ここでティルに確認する必要があるのだろうか。
そんな彼女の疑問に答えてくれたのは、ティル本人だった。

「コウ」
「何?」
「さっき、僕も解放軍の一員になったんだ」

よろしくね、と告げられ、コウは咄嗟に同じ言葉を返す。
しかし、それだけでは先ほどの疑問の答えにはなっていない。

「おいおい、ティル。解放軍の一員じゃなくて、リーダーだろ?そこをちゃんと説明してやってくれよ」

苦笑を浮かべてそう言ったビクトールの言葉に、コウは目を見開いた。
リーダー?彼が、オデッサの後を継ぐというのか?
驚いた様子の彼女に、ティルが困ったように笑う。

「一員である事に変わりはないよ。でも…うん。ちゃんと、説明しないといけなかったね」
「ティル…あなた、本当に…?」
「あぁ。もう…決めたんだ」

決意が宿る目に、もう止められないのだと悟る。

「帝国と戦うのよ?」
「あぁ」
「…あなたのお父様の考えが変わらない限り…剣を交える事になるわ」
「…わかってる。でも、これ以上帝国の好きにはさせられない。誰かが立ち上がらなきゃいけないんだ」

ぐっと皮の手袋を握る様子に、コウは唇を噛んだ。
肉親と敵対する事の辛さなど、味わった事のない自分にはわからない。
想像する事しかできないけれど、身を切るような思いがした。

「…なら、もう何も言わない」
「ありがとう」

ティルのお礼は、何に対するものだったのだろうか。














カクの町へと到着した頃には、すでに日も沈んでいた。
丁度空いていた部屋があり、宿を取ったところで、各自が自由に行動する。
コウは、マッシュと共にテーブルについていた。

「異世界…と」

全てを説明したところで、マッシュはそう呟いた。
信じられる話ではないと思う。
けれど、これが事実なのだから仕方ない。

「信じられないかもしれませんけれど、私がここにいると言う事は紛れもない事実」
「いいえ、疑っていませんよ。オデッサが信じたならば、そうなのでしょう。あの子は人を見る目には長けた娘でした」

そう言って、彼は酒を呷る。

「しかし…異世界からとは…。その魔法を見せていただくことは出来ますか?」

そう言われ、コウは目の前のグラスを見つめた。
氷が溶け、グラスの周囲に付いた水滴が垂れてテーブルを濡らしている。

「ブリザド」

小さく唱えれば、そのグラスがビシィッと凍りついた。
そこに出来上がった氷の塊に、マッシュが目を見開く。

「紋章もなく、このような力が…」
「…紋章と共に使えば、威力を向上させる事もできます。きっと…あなたの策の役に立てるでしょう」
「…そうですね。兵士100人の力が期待できるかもしれません。しかし…あなたは、それでいいのですか?」
「構いません。私の力で、平和を手に入れられるならば…喜んでこの力を使う。ティルが、そう望むなら」

そう言って、コウはそっと目を細めた。

「本当は…武器を取って戦いたい。自分が奪った命の重さを手で感じておきたいから」

それでも、勝つためには魔法を使うべきだろう。
自分の力は、クレオにも劣る。
誇れるものは、この高い魔力しかないのだから。

「けれど、勝たなければならないのだと理解しています。だから…今後、私は魔術師として紋章術を高めます」
「…あなたがそう決めているならば、私は何も言いません。解放軍の一人として扱います」

そう答えた彼の向こう側にある窓を見つめるコウ。
湖畔の中に浮かぶ、不気味な雰囲気を持つそれ。
明日は、湖をわたって彼処を目指す。
解放軍の新たな本拠地を得るために。

08.07.20