水面にたゆたう波紋

018

魔法を使う時、紋章を使う時。
ふと、違和感を覚えた。
何がどうと言う説明は難しく、本当に感覚的な何かが、コウの一部を刺激したのだ。
最後の一匹が地面に伏し、戦闘が終わる。
皆が警戒心を解いた頃も、コウはその感覚の正体を探っていた。

「コウ?」

ハッと我に返った彼女は、心配そうな視線を向けてくるティルに気付いた。
なんでもない、と首を振っても、彼はそれで納得してくれない。

「…説明できないの。何か…わからないけれど、何かを感じていて」

言葉に出すのは難しい。
けれど、それが徐々に手の届きそうな範囲にまで近づいてきている事だけはわかった。

「…そっか。うん。その感覚は…何となく分かるよ」

そう言うと、彼はそのまま歩き出した。
その感覚は、誰かが掴ませるものではない。
自分で掴み取って初めて生かされるもの。
そして、自らの経験を元に語るならば…こう言う感覚を乗り越えた時、自分でも驚く成長が期待できる。
それを知っているから、彼女の言っている事がよくわかった。

「焦る必要はないよ。ふと…驚くくらいに自然に、自分のものにできるから」
「…不思議ね。ティルがそう言ってくれると、本当にそうなるような気がするわ」

コウはそう言って穏やかに微笑んだ。
そうして歩いていた二人は、一行の最後尾を進んでいる。
その時、前の方が騒がしくなっている事に気づく。
いつの間にか見知らぬ男が一人、オデッサの前に立っていた。
その事実に驚くコウだが、彼女のすぐ隣にビクトールが立っていることに気付くと、そっと小さく息を吐き出す。
彼が傍に居るならば大丈夫だ。
焦る必要はなさそうだな、と判断し、事の成り行きを見守っている小さくティルを呼ぶ。

「少しだけ戻ってみるから、そう伝えてくれる?」
「え?戻るって…」
「何か掴めそうな気がするの。大丈夫。魔力も十分に残っているし、この辺りのモンスターはそんなに強くないから」

お願いね、と告げる彼女に、ティルは肩を竦めた。
それから、彼女の手の紅を見下ろして口を開く。

「どうやら、これは僕達の想像寄り深い繋がりがあるみたいだから…何かあれば紋章が感じると思う」
「ええ、そうみたいね」
「だけど、気をつけるようにね」

念を押すようにそういったティルに頷き、コウは一人踵を返した。
山道を進んだ彼女の姿が見えなくなる。
それを見送り、彼は一行の元へと急いだ。
心配するばかりが仲間ではない。
時には、自由を与え、成長を見届けなければならないのだ。

「ティル、そこで休んでいく事になったから―――あら、コウは?」
「何か掴めそうだから、少し特訓してくるらしいです」

事も無げにあっさりとそう答えたティル。
驚いたように目を見開き、オデッサが唇を震わせた。

「そんな…!コウ一人なんて、危ないわ!すぐに…」
「大丈夫ですよ。体術は要努力ですけど、魔法はぴか一ですから」
「そういう問題じゃないわ!」
「…一人で悩みたい時もあると思います。あなたが迎えに行ってしまったら、コウは成長できない」

どうあっても通すつもりはない。
そんな意思を示すかのように、ティルはオデッサの進路から動かなかった。
見かねたビクトールが肩を竦めつつオデッサを止める。
そして、ティルに同意したのは、彼らにとっては意外なことにグレミオだった。

「坊ちゃんがこう言っているんですし…。それに、コウさんなら大丈夫ですよ」

第三者にまで止められてしまっては、これ以上声を上げるのは大人気ないように思えた。
何より、彼女を信用していないような気がしてしまう。
きゅっと唇を噛み、オデッサが戻ろうとするのをやめた。

「…わかったわ。休んでコウが合流するのを待ちましょう」

そう言って、宿屋に案内するルドンの後に続いた。





















熱を発し、燃え盛る炎をイメージする。
それに少しずつ魔力と言う名の種を注ぎ込み、魔法と言う形を作り出していく。
ボゥ、と掌に炎が生まれた。
ここまではいつもと同じ。

「…違う。こうじゃなくて…」

これだけならば、それこそ寝ていても発動できるのではと言うくらいに自信がある。
しかし、自分が成そうとしているのはこれではない。
直感的にそう感じ、コウは魔力に蓋をした。
急速に力を失った炎が、シュゥと空気を焼いて消える。
今度は少し意識を集中させ、使う魔力を変えた。
紋章術を使う際の魔力の流れを意識する中で、ふとその違和感の正体を悟る。

「2種類の魔力が混同してる…?」

魔法に長けていない者であれば、気付かないほどの微弱な流れ。
しかし、コウはそんな魔力の流れを感知する事ができている。
じっと掌を見下ろし、何かを考え込む彼女。
やがて、彼女は炎のイメージを脳内に浮かべた。

「―――ファイア」

そう詠唱すると、掌にゴゥと炎が巻き起こった。
先ほどの炎よりも、遥かに激しく燃え盛るそれ。
複雑に絡み合い、コウの中で苛立ちに似た感情すら残していた感覚が、綺麗に解けた瞬間だった。

「紋章と同時に使うと、魔力が大幅に増えるのね…」

違う世界の存在である二つを混同させる事が出来る事自体、信じられない事だ。
しかし…自分がここに存在しているだけで、すでに常識を逸脱しているのだ。
今更この程度の事で驚く必要もないだろうと思う。





その後、何度か同じように魔法を生み出しては消すと言う作業を繰り返したコウ。
魔力が大幅に減ってしまったけれど、得たものは大きい。
何度かはモンスターに対してもその魔法を使用し、効果も試した。
結論としては、普通に使う魔力と同じ量で、2倍程度の効果を期待できる。
つまり、普通の効果を求めるならば、使用する魔力が半分で済むと言う事だ。
旅の中では、魔力の回復手段も限られてくる。
これは、魔法を主とするコウには大きな効果だった。

「―――よし」

確かな手ごたえを掴んだコウは、グッと拳を握る。
そして、彼らの待つ宿屋へと急ぎ出した。

08.04.10