水面にたゆたう波紋
015
「でも…よかったわ。これで、全てが解決する」
ほっと安堵したように肩の力を抜いたオデッサ。
彼女の言葉に、コウは少しだけ目を細めた。
その表情は、彼女のように満足そうなものではない。
どちらかと言えば、不満に近い表情が浮かんでいた。
彼女の心中を悟りながらも、オデッサは彼女の望むようには出来ない。
これからティルに頼む内容は、解放軍にとって大きな意味を持つのだ。
コウの考えた通り、ティルはオデッサの頼みを受け入れた。
オデッサと共に火炎槍の設計図を持ってサラディに向かう事になったのだ。
「私も一緒に行きます」
「コウ!?」
「ごめんなさい、フリック」
本当ならば、ビクトールとオデッサが行くならば、自分はフリックと共に残るべきだ。
そうしなければアジトが手薄になってしまう。
けれど…行きたい。
いや、行かなければならないと言う使命感にも似た感情に突き動かされていた。
「そうね。コウにも来てほしいわ」
止めるべく声を上げようとしたフリックを遮るようにして、オデッサがそう言ってしまった。
リーダーが認めてしまった以上、これ以上はただの我侭だ。
彼女の身の安全を考えてのことであったとしても、それは彼女の意思を無視している。
彼女自身が行くと言っているものを止める権利など、誰にもない。
「…勝手にしろ」
フリックはコウから顔を逸らした。
コウは、ごめんなさい、と小さく呟いてから、旅の準備のために部屋を出て行く。
足音が遠ざかったところで、彼がオデッサの方を向いた。
「どう言うつもりなんだ?コウはまだ旅に慣れていない」
「…だからよ。いつアジトを移す羽目になるかわからないわ。慣れているに越したことはない」
「だが、山越えになるんだぞ?」
「フリック…守るだけが全てじゃないわ。彼女は弱くはないの。彼女を弱く見せているのは、自信のなさが原因よ」
それさえなければ、彼女は強い。
確かにフリックに剣の技術で敵うとは言わない。
だが、それを差し引いても彼女には紋章術がある。
本気でしあったならば、どちらに軍配が上がるかは分からなかった。
「オデッサの言うことも尤もだぜ。少しは大人になってやれよ。コウは子供じゃないんだ」
ビクトールがフリックの肩を叩く。
何かを言おうと口を開き、数秒ほどおいて長い溜め息と共にそれを空気として吐き出した。
「…そうだな。少し…過保護すぎるか…」
「ええ、そうね。それがあなたのいい所ではあるけれど。世話役を任されたからと言って、全てを背負い込む必要はないのよ」
そう言う人がいることも大切だけれど。
オデッサはそう言って微笑んだ。
フリックの行動が、コウを思っての事だと言うことはよく分かっている。
話が一段落したところで、今まで沈黙していたティルが口を開いた。
「少しコウと話をさせてもらえませんか?」
彼の言葉に、オデッサはすぐに頷いた。
そして、出口の方を指差す。
「この斜向かいの部屋で準備をしていると思うわ」
彼女がそう答えると、ティルはそれに対して礼を述べ、部屋を出て行こうとする。
「坊ちゃん、私も…」
「グレミオはここにいてくれ。僕の代わりに旅の詳しい話を聞いておいてくれると助かる」
「え、いや…それはクレオさんでも問題ありませんよね」
なおも食い下がろうとする彼に、ティルはやれやれと溜め息を吐き出した。
ドアに手をかけたまま上半身で彼を振り向く。
「僕は大丈夫だ。クレオ、グレミオを頼んだよ」
そう言って、それ以上グレミオが何かを言う前にさっさと部屋を出て行く。
追おうとする彼を拒むように、バタンとドアを完全に閉ざした。
目の前で閉じられたそれに、グレミオががっくりと肩を落とす。
「野暮な真似はするものじゃないよ、グレミオ。二人で話したいところを邪魔しようなんて」
「そう言う問題ではありませんよ。コウさんだってここの一員なんですよ?もし坊ちゃんに何かあったら…」
「それは聞き捨てならないな」
傍目から見ても明らかに気を落としている様子のグレミオの声に、フリックが反論する。
その表情は険しく、隣に居たオデッサが彼の袖を引いて止めるも、意味を成していない。
「コウがあいつに何かするって言うのか?それを言うなら逆だろ?」
「坊ちゃんは女性に危害を加えるような非道なことはしません!」
「どうかな。あんた達は帝国側だからな。何をするかわからないだろ」
「反乱軍のあなた達に言われたくありません!」
「反乱軍じゃない!解放軍だ!!」
売り言葉に買い言葉とでも言うのだろうか。
お互いに相容れぬ思いを抱いているからこそ、譲歩が出来ない。
互いに大事なものを抱えているので余計だ。
今にもつかみ合いそうな彼らに、そろそろまずいだろうと仲間が止めに入ろうとする。
そこで、タイミングを見計らったようにドアが開いた。
「ティル!自分の荷物くらい自分で持つわ!」
「この部屋までだって。ほら、マントが歪んでるよ」
「これは慌てて用意させるから…って、何事ですか?」
揉め事と言うよりは、楽しげにじゃれあいながら部屋に戻ってきた二人。
ドアを開いて3歩は部屋の中の様子を見ておらず、そこで初めて状況に気づいた。
きょとんと首を傾げる二人に、室内の空気が毒気を抜かれる。
この二人の様子を見て、先ほどの話題を続けられるような人間はここには居なかったようだ。
「…すみません。少し熱くなってしまったようですね」
「いや、こっちこそ悪かった。ちょっと気が立ってた」
大の大人がなんて恥ずかしい真似をしてしまったんだろうか。
苦笑にも似た表情を浮かべ、フリックとグレミオはそう言った。
訳の分からないコウとティルは、二人で顔を見合わせる。
とりあえず、また自分たちの事で二人の意見が衝突してしまったのだろう。
「過保護ね」
「まったくだ」
そう言って笑いあう。
けれど、悪い気はしない。
過保護と言うのはそこに何かしらの優しい感情がなければ成り立たないものだから。
「それで?詳しい話は聞いておいてくれたのか?」
ティルの言葉に、グレミオがハッとそのことを思い出す。
そう言えば、それを頼まれていた。
その様子を見て全てを悟ったのだろう。
はぁ、と短く溜め息を吐き、ティルはオデッサの方を向く。
「詳しい話を聞かせてください。道中で構わないなら、それでもいいですけど」
「…そうね。出発して、道すがら説明するわ」
少し悩んでから、そう答えるオデッサ。
そこからは瞬く間に用意が進み、5分後には一行はアジトの外に居た。
そうして、オデッサたちはレナンカンプを後にする。
08.03.29