水面にたゆたう波紋
013
ドワーフと言うのはコウが想像していたよりも少しばかり乱雑で、予想よりも友好的だった。
友好的だったのは恐らく、こちらが大量の金を支払う側であることが関係していたのだろう。
帰り道でそれを話したところ、フリックは「どんなのを想像していたんだ?」と笑っていた。
数枚に及ぶ設計図を持っているのは彼の方。
初めに持って帰るかと問われたけれど、コウは勢いよく首を横に振った。
そんな責任重大なものを持たされるのは困る。
必死の否定に、彼は苦笑しながら自分の懐へとそれをしまいこんだ。
「火炎槍…だったかしら」
「あぁ。素人の目に見ても凄い武器だ。解放軍にとっては大きな戦力になる」
マントの上からそれを押さえるフリックを横目に、彼女は目を細めた。
それが、多くの人の命を奪うのだろうか。
生きたいと願い、こうして死ぬ筈だった人生をやり直している自分。
そんな自分が、誰かの命を奪うのだろうか。
それは、とても恐ろしい事だった。
思わず肩を抱いた彼女の行動に気付いたフリックがその名を呼ぶ。
「寒いのか?」
そう言ってマントを外そうとした彼に、違うと短く否定しておく。
的外れな言葉だと思う反面、気付かれなくて良かったとも思う。
町で借りた馬の背中で、コウはそんな事を考えた。
「この調子だと日暮れまでにレナンカンプに戻れそうだな」
少し傾き始めた太陽の位置を確認し、そう呟く。
呟くと言うよりは、コウに向けた声だったのだろう。
「日数が掛かったから…あいつらもきっと居なくなってるだろうな」
意図して告げた言葉ではなく、ただの雑談じみたそれだったのだろう。
しかし、コウにとってはそれなりの効力と共にその鼓膜を揺らした。
あいつら、と言うのは、この旅の前に出会ったティルたちのことだろう。
「―――知り合いだったのか?」
不意に、そんな質問が飛んできた。
コウは俯いていた顔を上げる。
いつからこちらを見ていたのかは分からないけれど、フリックと視線が絡んだ。
いつの間にか、彼の跨る馬との距離が少し開いてしまっている。
「…知り合いではないわ」
「じゃあ、何で―――」
フリックの問いかけに、コウは少しだけ口角を持ち上げた。
そして、伸ばした指先を唇の上に乗せる。
「…秘密」
「―――なるほどな。便利な言葉だ」
そう言って肩を竦める彼。
本当は全てを話しておくべきなのかもしれない。
自分が、彼から離れて生きていく事ができない以上…いずれ、話さなければならないのだ。
彼らがレナンカンプを離れるといえば、着いていくことになるだろう。
折角手に入れたこれからの人生を、こんな所で終わらせるわけには行かないのだから。
離れては生きていけないと言う事実が、彼らに心配をかけるのでは、と考えてしまう。
今までの人生は、いつだって周囲に心配をかけ続けてきた。
「とにかく…今は問い詰めたりはしないが、いつかは話してくれよ」
彼はそう言って笑い、手を伸ばして彼女の頭を掻き混ぜた。
ごめんなさい、ありがとう、そんな想いが交差する。
兄が居たら、きっとこんな感じだったのだろう。
そう思わせるようなあたたかくて優しい彼の存在は、確かにコウの救いだった。
「フリック。解放軍は、いずれ帝国と戦争を始めるの?」
ふと、コウが唐突にそう質問した。
驚いたように振り向いた彼は、その問いの内容に軽く表情を翳らせる。
「今の帝国がずっと続くなら…そうなるだろうな」
「変わることなんて…ない、わよね」
戦争は避けられないのだろう。
もし、そうなったとしたら…彼らも人を殺すのだろうか。
モンスターはよくて、人は駄目。
命に良いも悪いもないはずなのに、人は人の命を奪う事を許さない。
「フリックは…何のために戦っているの?」
「…難しい質問だな」
苦笑を浮かべ、それでも彼女の質問の答えを探す。
うーん…、と暫く悩み、やがて彼は口を開いた。
「今の帝国のやり方が許せない。…恐らく、それだろうな」
「…そう」
「あとは…オデッサを守ってやりたい。解放軍のリーダーなんてやってるけど、根は優しすぎる女だからな」
その言葉を告げる時には、少しだけ照れるように頬を掻いた。
コウ自身も感じている事を、彼も感じていたようだ。
オデッサを守る事が一番に出てこないあたりは、とても彼らしいと思った。
けれど、同時にオデッサを守りたいといった彼もまた、彼らしいと思う。
彼にとって、オデッサと言う人はそれだけ大切な人なのだろう。
恋人としても、また彼女と言う一人の人間としても。
そして彼女自身もまた、フリックにだけは穏やかな表情を見せる。
彼女が一人の女性として生きられるのは、彼の傍なのかもしれない。
「二人は…とてもお似合いだと思うわ」
「な、何だよ、急に…」
「いつまでも仲良くしていてね」
自分にとっては姉と兄のような二人の仲が良いと言うのは、何よりも嬉しい事だ。
そう告げるコウに、フリックは慌てて視線を前へと動かした。
その耳の赤さが彼の心中を物語っているのだが、あえて追求はしない。
ビクトール辺りならば穴があったら入りたくなるくらいにからかい倒すのだろうけれど。
そんな光景が即座に頭の中に浮かび、コウはクスリと小さく笑った。
「私の国も、昔は戦争をしていたわ」
「戦争のない国なんてないだろうな」
「ええ。そう思う。でも、今までは無関係だった」
それこそ、絵に描いた餅のように、深窓の姫として生きてきた。
日陰の身と言うほどではないにせよ、そんな国同士の争いには関わらせてはもらえなかった。
だからこそ、今こうして解放軍として生活している事は、コウにとっては未知の領域だ。
「出来るだけお前みたいな子供を戦争に巻き込みたくはないんだがな…」
「私の国では、私は既に成人している歳よ」
子供と枠組みされ、守られている時代は既に終わりをつげている。
逃げるという選択肢もコウの前には存在している。
その中から彼らと行動を共にする道を選んだのだから、今更迷いなど持ってはならないのだ。
不安は…仕方ない事なのかもしれないけれど。
「でも、フリックたちに迷惑をかけたくないから…ちゃんと、指示には従うわ」
後方支援に徹しろと言われれば、それも甘んじて受け入れよう。
それを意味するコウの言葉に、彼は「そうか」とどこか安心したように頷いた。
08.03.12