水面にたゆたう波紋

003

年齢も性別も顔つきも違うメンバーがそこに集まっている。
共通しているのは、どの人もやや緊張した面持ちでコウを見ていると言うこと。
彼女は、居心地の悪さを感じながらも、持ち前の度胸で笑顔を浮かべていた。
この程度の人数の視線を集めたくらいで臆するようでは、一国の姫などやっていられない。
姫と言うと清楚で大人しく、一歩後ろに静かに控えるようなイメージもある。
同じ姫でも、それはコウには当てはまらない。
身体さえ弱くなければ、後継者として国を支える立場になっていただろう。
優秀であるからこそ、長く生きられないと言うことを嘆く家臣が多かったことを知っている。

「そうね…話はわかったわ。残念だけど、私もその国は知らないわ」

力になれなくてごめんなさい、と表情を曇らせる女性。
このメンバーの中では唯一女性である彼女は、同性として困っているコウを助けたいと思ったのだろう。

「私も残念ながら、そのような国は聞いたことがありません。おそらく、紋章の力で遠い国から飛ばされてしまったのでしょう」
「ビクトールはどうなの?あなたは旅の暮らしが長かったから、もしかすると知ってるんじゃない?」

女性が大柄な男にそう問いかけた。
ビクトール、と呼ばれた彼は、じっとコウを見つめる。

「…国の有無よりも、帝国のスパイだって可能性を考えるべきだろ。
サンチェスも知らないような国、本当にあるかどうかもわかったもんじゃねぇ」
「ビクトール!?」

何て事を、と女性が非難するように声を上げるも、男は睨みつけるような視線をコウから外さない。
コウはその視線を真っ直ぐに受け、やがて軽く目を伏せた。
彼の言い分が正しい。
帝国と彼らの関係はよくわからないが、恐らくは対立しているのだろう。

「オデッサ、お前は人を信用しすぎる。…フリック。お前もだ。
女だからこいつの言ってることを信じて、助けるのか?いつか寝首をかかれるぞ」
「全てを疑うなら、何のために私たちが立ち上がったのかわからないわ。
解放軍は、人を疑うためのものじゃない。救いたいから、苦しんでいる人たちを守りたいから、立ち上がったのよ」

解放軍、と言う言葉に違和感を覚える。
例え部屋の中に篭りきりだったとしても、外の情勢と言うのは聞こえてくるものだ。
悪政により民衆が武器を取った―――そんな話も、耳にしたことがある。
こんなごく普通の女性が解放軍を立ち上げたのだとすれば、恐らくメンバーは民衆だ。
そこから考えられるのは、帝国に対して所謂反乱を起こそうとしていると言うこと。

「だからってな…」
「やめてください。私の所為で仲違いなど…私にそんな価値はありません。
あなた方の立場を考えても、私を信用する理由などどこにもないはずです」
「立場…ほら見ろ。やっぱり帝国からの回し者だ。俺たちの立場なんて説明してないからな」
「…話していただかなくても、今までの会話から十分です。
帝国に対立した組織、あなたのような人がリーダーをする解放軍。
総合的に考えて、帝国に不審を抱いた人々の集まりであることくらい、考えるまでもありません」

冷静にそう説明する彼女に、ビクトールは口笛を鳴らした。
流れる水のように、一度も詰まらせることなくそう言ってのける彼女に、より不信感を深めたのだろう。

「なら、話は早い」
「ええ。ただひとつ尋ねることが可能ならば、教えていただきたい。タイクーンという国をご存知ですか?」
「……………いや、知らないな」
「そうですか。ありがとうございました」

そう言ってゆっくり腰を折ると、コウはくるりと踵を返す。
どこに行くの、と言う女性の声が背中を追ってきた。

「ご迷惑をおかけいたしました。ここから先は…一人でも大丈夫です」

コウはそう言って部屋のドアへと手をかける。
しかし、それを開こうとしても全く動いてくれない。
視線を上げれば、手袋に包まれた手がそれを押さえ込んでいた。

「フリック…さん」
「俺が保証する」

コウに向けられた言葉ではなかった。
フリックはビクトールを見たまま続ける。

「コウのことは俺が保証する」
「…そいつにオデッサが殺されたとしても、同じことが言えるのか?」
「コウはオデッサに…いや、俺たちに危害を加えたりはしない。俺は…信じる」
「フリック!」

声を荒らげるビクトールから視線を外し、フリックはコウを見下ろす。
その真摯な眼差しに、彼女は動きを止めざるを得なかった。

「信じるから…話してくれないか」
「な、にを…」
「君が隠している事を」

その言葉に、思わず口を噤む。
気づいているかもしれないとは思っていたけれど…本当に、気づかれていたのか。
隠しているつもりだったが、その僅かな綻びを見逃さなかったのだろう。
フリックの言っていることの意味がわからず、ビクトールらは口を閉じて二人を交互に見る。

「…頼む。話してくれ」

そう言って、彼はその表情を歪める。
彼にそんな表情をさせているのが自分だと言う事実。
それが、コウの胸を痛める。

―――本当に、彼は信じると…信じてくれると言うのだろうか。

冷静そうに見えるかもしれないが、彼女自身だって相当混乱している。
突然飛ばされ、目を開いたそこには知らない人、知らない世界。
知らない力が存在するその世界で、生きていかなければならない自分。
今までのように弱い身体だったならば、あと少しなのだからと諦める事もできただろう。
しかし、今の自分は健康そのものであり、これからの寿命を全うしなければならない。
常に死が隣に佇んでいた彼女には、己の命を己で絶つと言う選択肢はなかった。

「一度助けた人間を放り出すような奴にはなりたくない。力になりたい」
「―――…信じられない、話ですよ?」

ややゆっくりとそう言った彼女に、彼は頷いた。
コウは周囲の人物にも視線を投げる。
反応は人それぞれだが、どれも彼女の次なる行動を止めるものではない。
一度深く息を吸い、そして吐き出す。

「私は―――」
















世界の事、民衆の事、タイクーンの事―――魔法の事。
王女として生まれ、その時から弱い身体であった事。
少し前から不思議な声が聞こえていた事、そして…あの日、確かに感じた、自分の死の事。
そして、目を覚ましたそこは、見知らぬ国、見知らぬ世界だった現実。
コウは急ぐ事無く全てを語った。

「―――…ってことは、あんたは異世界の人間って事か?」
「はい」
「…信じられないな」

それも無理はない。
コウはビクトールにそう言われても、決して怒ったりはしなかった。

「あら、私は信じるわ。王女だって話も信じられる。だって…この子、あなたと違って気品があるもの」
「悪かったな、野蛮な人間で」
「それに…フリックが信じているから。彼がここまで入れ込んでいるのに、悪い子じゃないわよ」
「あー、はいはい。惚気は他所でやってくれ」

聞き飽きた、とばかりに頭を掻き、彼はオデッサからコウへと視線を動かす。
全てを見透かすような眼差し。
先ほどまでのように敵意の篭ったそれではない。

「…ま、リーダーが認めるなら、俺もこれ以上は何も言わねぇよ」

そう言ってから、ビクトールがその場を後にする。
オデッサは彼の後姿を見ながら肩を竦めた。

「もう、正直じゃないんだから」

そう呟くも、その表情は笑っている。
彼女はコウに向けてにこりと微笑んだ。

「この世界のことを知らないなら、知っていかなきゃいけないわ。コウの世話役はフリックが適任ね」
「な、何で俺が…」
「あなたが連れて来たんでしょう?放り出せないって言うんだから、最後まで責任を持たないと」

ね?と首を傾げる彼女の目は、引くつもりはないと物語っている。
フリックは肩を落とした。

「…あの、そんな手を煩わせることは出来ません。私は…」
「あなたがここから出て行ったら、フリックは責任を全うできなかった事になるわ」
「…ですから、そもそも責任なんてないんです」
「個人の気持ちや覚悟の問題よ。フリックを駄目な人間にするつもり?」

こう言われると、何も返せない。
コウはフリックを見上げた。

「…頑張るか」
「…宜しくお願いします」

こうして、コウはフリックに…ひいては、解放軍の旗本で世話になる事が決定した。

08.02.05